地球防衛?
2000年代後半、「はやぶさ2」の立ち上げに奮闘していた頃、スペースガードを「はやぶさ2」の目的に含めようとしたところ、"そのようなものは「はやぶさ2」の目的に入れるべきではない" と言われました。当時は、まだ「プラネタリーディフェンス」という言葉は広くは使われておらず、「スペースガード」と呼ばれていましたが、その重要性はあまり認識されていなかったのです。スペースガードもプラネタリーディフェンスも意図することは同じで、小惑星や彗星のような太陽系小天体の地球への衝突問題を扱う活動です。JAXAでは分かりやすいように「地球防衛」と呼んでいます。
それから約20年が経った今、はやぶさ2 拡張ミッションではプラネタリーディフェンスが重要な目的の1つとして掲げられ、そして小惑星トリフネの超近接フライバイに成功(2026年8月号 ISAS事情 参照)するという、プラネタリーディフェンスとしてもすばらしい成果を挙げるところまで至ったことに、個人的には非常に感慨深いものがあります。
さらに、1990年代の初めの頃まで遡りますと、その頃、日本でスペースガードの活動が始まりました。当時、筆者は小惑星の軌道計算を研究テーマとして博士課程を修了したところでしたが、国立天文台におられた故 磯部 琇三先生にスペースガードの活動に誘われました。そして、2000年から観測が開始することになる美星スペースガードセンターの設立に参加することになります。当時は一般財団法人日本宇宙フォーラムの所有だった美星スペースガードセンターですが、2017年にJAXAに移管され、今はJAXAの施設として活動しています。JAXAでは、2024年4月にプラネタリーディフェンスチームが設立されました。国立天文台で始まったスペースガードからJAXAの地球防衛へ、不思議な縁を感じます。
天体の地球衝突による災害
では、我々が天体の地球衝突を気にする必要はあるのでしょうか。最近の事例としては、2013年2月15日のチェリャビンスク隕石があります。この隕石は衝撃波を生じ、100km以上にわたって建物の壁や窓ガラスが壊れ、約1,500人が負傷したと言われています。地球大気に突入する前のこの隕石の大きさは、NASAの推定で約17mです。また、1908年6 月30日にシベリアで起こったツングースカ大爆発という現象では、約2,000km2の森林が被害を受けました。その原因は60m程度の大きさの天体の衝突であると考えられています。このような小さな天体の衝突でも地域的には大きな被害を受けることになります。
天体衝突の影響として有名な話に、約6,600万年前の恐竜絶滅があります。約6,600万年前に恐竜を含む多くの生物が絶滅し、地質年代が中生代から新生代へと大きく転換することになりました。この恐竜絶滅の原因としてはいろいろな説がありますが、最も有力な説は直径が10km程度の天体の地球衝突です。衝突した場所は、メキシコのユカタン半島付近で、地下に直径180kmほどのクレーターが確認されています。この衝突により、地球全体の環境が変わってしまい、その環境に耐えられなかった恐竜など多くの生命が絶滅しました。ただし生き延びた生命もあります。その1つが哺乳類の祖先でその後繁栄し、人類の誕生・進化に繋がった、ということになります。
つまり、この説によると10kmほどの天体が地球に衝突したために、現在、人類が存在しているということになるのですが、その真偽はさておき、もし今、同じような天体衝突があれば、今度は人類が滅亡してしまうのでしょうか・・・。
地球防衛で行うべきこととその状況
地球防衛でまず重要なことは地球接近天体(NEO=Near Earth Object)を発見して追跡観測を行い、その天体の軌道を正確に推定することです。軌道が正確に推定できれば、その天体が地球に衝突するかどうか、衝突するとしたらいつどこに衝突するかを天体力学の計算で知ることができます。NEO軌道の推定精度にもよりますが、今後50年ないし100年間くらいは予測可能です。つまり、天体衝突という自然災害は、十分、予見できる災害なのです。現在、小惑星の観測が非常に進展しており、155万個余りの小惑星の軌道が推定され、そのうちのNEOは4万2千個余りになっています(図1)。![]()
図1:小惑星と地球接近小惑星の2026年8月1日の分布。赤色が地球接近小惑星で灰色がその他の小惑星である。Minor Planet CenterのWebから2026年5月の時点で発見されていた小惑星のデータを取得して描いた。座標軸の数値は太陽からの距離を天文単位で示す。
発見・追跡観測の次に重要になることが、NEOの物理的性質を知ることです。相手のことを知らなければ、地球への衝突の回避をどのように行ってよいか分かりません。NEOの物理的性質を知るには地上からの望遠鏡の観測では不十分で、探査機を接近させて詳しく調べる必要があります。これまで、約10個のNEOに探査機が送られました。日本も「はやぶさ」と「はやぶさ2」によって、小惑星イトカワ、リュウグウ、トリフネという3つのNEOを詳しく探査しています(図2)。探査によって得られた知見で最も重要なことは、小さなNEOでもその構造はラブルパイル(瓦礫の寄せ集め)になっているということです。これは、まさに「はやぶさ」によるイトカワ探査で最初に分かったことでした。
図2:日本の小惑星探査機「はやぶさ」と「はやぶさ2」が探査をした小惑星イトカワ(右上)、リュウグウ(左)、トリフネ(右下)。いずれも、地球接近小惑星である。各小惑星の大きさの比率がほぼ正しくなるようにイメージの大きさを調整してある。
NEOを発見しその性質も理解した後で重要になることが、地球に衝突するNEOが発見されたときにどのように対応するかということです。もちろん、最も好ましいのは地球衝突を回避することです。そのために、映画やSFで描かれるように爆弾やミサイルでNEO を破壊するのは適切な方法ではありません。仮に破壊できたとして、NEOは多数の破片に分裂するだけで、その破片のほとんどは、ほぼ元の軌道のままで地球に衝突しますから被害の回避にはなりません。NEOを破壊せずに軌道をずらす方法が好ましいのですが、実際、米国が2022年にDARTという探査機を小惑星に衝突させる実験を行い、小惑星の軌道を変更できることを実証しました。このような探査機を衝突させる「インパクト法」以外のやり方についても、現在、検討が進められています。さらには、地球衝突が回避できない場合にどのように対応するかということも重要なテーマで、議論が行われています。
そして最も重要と言ってもよいことが、地球防衛の活動は国際協力で行うべきであるということです。大きな被害が生じるような天体衝突は、全地球で数十年に1回程度です。頻度は低いですが、実際に起これば大きな災害となります。どこに天体が衝突しようとも、世界が協力して対応するという体制を作っていくことが非常に重要です。そのために、プラネタリーディフェンスの議論は国連の下にあるグループで行われているのです。
今後の展開
最近の大きな進展は、最初にも述べましたが「はやぶさ2」のトリフネフライバイ成功です。小惑星トリフネは、コンタクトバイナリーと呼ばれる2つの天体が連結したように見える天体でした。これは惑星科学的に興味深いものですが、トリフネフライバイはプラネタリーディフェンスとしても重要な成果をもたらしました。その1つは、小惑星の中心から約744mのところを相対速度5.3km/sで正確に通過することができたことです。米国のDARTのように日本も小さな小惑星に探査機を衝突させる技術を獲得したと言えます。
もう1つの成果は、別目的で打ち上げられた探査機を用いて、小惑星をフライバイ探査できたということです。これは、"緊急探査" (英語で、fast reconnaissance concept)と呼ばれるもので、トリフネフライバイはその1つの実証実験となりました。地球に衝突する天体が発見された場合、その対応のための時間が十分に取れない可能性があります。そのときに、すでに打ち上げられている探査機を利用してどこまで対応できるかが重要になりますが、まさに「はやぶさ2」が1つの可能性を実証したのです。
今後の展開としては、2026年11月にディディモス-ディモルフォスに到着するESAのHeraミッションがあります。ディディモスは、DARTが衝突した天体であり、衝突後の状況をHeraが詳しく調べることで、インパクト法の有効性がより詳しく判断できることになります。JAXAはHeraに熱赤外カメラを提供しています。
さらに大きな展開として、2029年4月13日(金)の小惑星アポフィスの地球接近が挙げられます。接近距離は、静止衛星の高度よりも近い地表から約32,000km。アポフィスの大きさは340m程度と推定されており、これだけ大きな天体がこの至近距離を通過することは観測史上初めてのことです。今後もしばらくはこのようなことは起こらないかもしれません(図3)。地球には衝突しないので心配する必要はないのですが、果たして何が起こるのか。このアポフィスの地球接近に向けて、JAXAはESA(欧州宇宙機関)と協力して非常に面白いミッションを計画しています。
2028年、JAXAはDESTINY+とRAMSESをH3ロケットによって相乗りで打ち上げます。DESTINY+ の目的は小惑星フェートンのフライバイ探査ですが、その前にアポフィスをフライバイ探査します。その後、ESAとJAXA の共同ミッションであるRAMSESがアポフィスにランデブーするのです。そしてRAMSESはアポフィスと一緒に地球に接近して、アポフィスがどう変化するのかを調べることになります。アポフィスが地球に接近した後には、米国のOSIRIS-APEX(OSIRIS-RExを延長したミッション)がアポフィスにランデブします。このように日米欧で協力してアポフィスを調べるわけです。国連は、アポフィスが地球に接近する2029 年をInternational Year of AsteroidAwareness and Planetary Defense(小惑星認識と惑星防衛の国際年)としています。
図3:小惑星の地球接近の様子。縦軸が地球中心からの距離を示しており、一本一本の縦線が小惑星が地球にどこまで接近したかを示す。赤線は小惑星の絶対等級が19等より明るいもので、アポフィスと同等かそれ以上に大きい小惑星を示す。アポフィスほどの大きさの小惑星については2029年のアポフィスの地球接近がいかに珍しいかがわかる。また、この計算は、2024年初めの時点で発見されていた小惑星のデータに基づいて行われている。2000年から2024年にかけて多数の小惑星が地球に接近しているが、これは、2000年くらいからプラネタリーディフェンスのための観測が活発になって地球に接近する小惑星が多く発見されているためである。このような状況は2024年以降も継続している。
さいごに
地球防衛の活動によって、大きさが10km以上で地球に接近する小惑星はすべて発見されたと考えられており、それらの軌道も分かっていますから、実は、人類滅亡のような天体衝突が近い未来に起こることを心配する必要はありません。しかし、地域的な被害をもたらすようなより小さなNEOについてはまだ未発見の天体の方が多いのです。今後、地上およびスペースからのNEOの観測がどんどん進むことで、地球接近天体の全貌が見えてくることを期待します。そのために、JAXAでも地球防衛のための活動をますます進展させていく予定です(図4)。
図4:JAXAプラネタリーディフェンスのロゴマーク。中央のオオカミは、強いリーダーシップのもとで各国と連携して地球を守る象徴であり、地球の未来を見守っている(Watching Over Life's Future = WOLF)のである。
NEOは単に地球に衝突する悪者なのではなくて、太陽系や生命の起源を探る鍵になる天体ですし、人類が資源などで利用できる天体になる可能性もあります。NEOが地球に衝突する場合には国際協力で災害を回避しますが、そうでなければ科学や資源で利用する、そのような時代になって欲しいと思います。
【 ISASニュース 2026年8月号(No.545) 掲載】
