宇宙で最も重力が強く、光さえも飲み込むとされるブラックホール。しかし驚くべきことに、その至近距離から光速の数十%もの速さで外側へと吹き出す「風」が存在する。X線分光撮像衛星XRISMは、この「風」の正体をかつてない解像度で捉え、銀河の進化を左右するほどの巨大なエネルギーの起源に迫りつつある。

精神と時の部屋

2023年8月末日、種子島宇宙センター。打上げを数日後に控えたH-IIAロケット47号機のすぐ隣、数歩歩けば巨大な機体に触れられるほどの距離で、私はひたすら時が過ぎるのを見つめ、これまでの人生を振り返っていた。

XRISMに搭載されたResolve(リゾルブ)は、望遠鏡で集めたX線が到来することに伴う温度上昇を正確に測定することで、宇宙空間でこれまでにない波長分解能をもたらすX線分光器である。0.001Kという極微小な変化を検出するため、検出器自体を0.05K(マイナス273.1℃)という極低温に保つ必要がある。冷却は多段階で行われるが、この日は、検出器の入ったデュワー内を1.4Kに冷やすための液体ヘリウムを充填する重要な作業が行われていた(図1)。万が一の事態に備え、作業はワンオペ禁止が鉄則。私はクリーンウェアに身を包み、高所作業用のハーネスを締め、時計もスマホも本すら持ち込めないロケットの傍らで、ただただパイプ椅子に座っていた。それにしても、目の前にあるこの巨大な塊は本当に宇宙へ飛んでいくのだろうか。リアルとバーチャルの境界が溶けるような仄かな恐怖を感じながら、私は自分がなぜここにいるのかを思い出していた。

図1

図1:Resolveを冷やし続けるための液体ヘリウムを供給している様子。

天文学への扉と「派手」なブラックホール

天文学に魅了されたのは中学2年の時だ。理科の先生が配布した、星の誕生を描いた漫画(海部 宣男 著『あっ!星がうまれる』 の抜粋)がきっかけだった。星にも一生があり、いずれは死ぬ。そんな想像もつかないスケールの現象が、理論と観測によって「まるで見てきたかのように」解き明かされることに、当時の水本少年は文字通り人生が変わる衝撃を受けた。ちょうど我が家にインターネットが引かれたタイミングでもあったため、ネット検索で様々な天文写真を集めた。その後、進学した私が選んだのは、X線天文学によるブラックホール研究の道だった。ブラックホールの周囲では、強大な重力によって物質が高温・高速にかき乱される。一言で言えば「派手」な現象が起きているのだ。「どうせ研究するなら派手な方が楽しいだろう。」そんな直感に従い、大学院でJAXA宇宙科学研究所の門を叩いた。

※ 残念ながらずっと前に絶版となってしまった。

ブラックホールから吹く「風」の謎

幸いなことに、ブラックホールは人口に膾炙(かいしゃ)した言葉である。そのためどこで研究の話をしても大体ウケがいい。光でさえも抜け出せないほどの強い重力を持つ天体、というのがブラックホールのもっともよく知られた説明であろう。ほぼ全ての銀河の中心には非常に重いブラックホール(超巨大ブラックホール)があり、その周りでは吸い込まれる物質によって「降着円盤」とよばれる円盤状の構造が作られる。さて、面白いことに、降着円盤の表層にあるガスの一部が重力を振り切って外側へ超高速で「風」のように吹き出すという現象が観測されている。これが「超高速アウトフロー(Ultra-FastOutflow: UFO)」だ(図2 上)。決して未確認飛行物体ではない。X線スペクトルを見ると、本来見えるはずの波長(エネルギー)から大きくずれた位置に吸収線(スペクトル上に見られる凹み)が見られる(図2 下)。ガスが大きな速度で動いているため、光のドップラー効果によって波長がずれるのである。吹き飛ぶ速度は秒速10万kmに達し、銀河全体の進化を左右するほどのエネルギーを持つ。図2上

図2下

図2:上/中心にある超巨大ブラックホールの周りに降着円盤ができており、その表層から超高速アウトフロー(白色)が吹き出ている様子(作成者より譲渡)。下/従来の装置(ESAのX 線天文衛星XMM-Newton)によって取得された活動銀河核PG 1211+143のX 線スペクトル。本来であれば青い点線の位置に吸収線が作られるはずであるが、実際にはそれより大きくずれた位置に吸収線(青矢印)が作られている。このずれは光のドップラー効果に起因するものであり、吸収線を作る ガスが高速で吹き出していることを意味している。

超高速アウトフローの起源として、大きく輻射起源と磁場起源が考えられている。ブラックホールの周りから放射される強い輻射(すなわち光)によって、周囲のガスは輻射圧を受ける。降着円盤の中にあるガスは周囲のガスに遮られて光を直接受けないのでブラックホールへと降着していく。一方で円盤表層にあるガスには光が直接当たるので、輻射圧によって吹き飛ばされるのだ。特にブラックホールの質量に対して光度が高い天体では、この機構が有効に働くと考えられる。一方で超高速アウトフローという現象は質量に対して光度が低い天体でも見られることがある。この場合は輻射圧だけではガスを飛ばすことができない。そこで注目されるのが磁場である。たとえば太陽フレアのように「磁気リコネクション」と呼ばれる現象が起きて磁場のエネルギーが解放されるとそのエネルギーによってガス放出が起こると考えられる。両者のシナリオはこれまで多くの理論研究がされており、どちらももっともらしい一方で、観測からどちらの仕組みが働いているかを見分けることは難しかった。

XRISMが捉えた「風」の真実

2024年4月20日。XRISMが観測した近傍クェーサー「PDS456」のデータが届いた。この天体は質量に対して光度が非常に大きい天体であり、常に強力な「風」が吹いていることで有名だ。しかし、届いたスペクトルは、実におかしなものだった。これまでの衛星データでは、深く鋭い「吸収線」が1つ、堂々と鎮座しているはずだった。しかし目の前にあるのは、ぐじゃぐじゃとした汚いノイズのようなデータの羅列だ。直感的に「データ処理に失敗したか?」と感じた。観測が行われたのは運用の初期フェーズであり、すべての天体に対して検出器チームがデータチェックを行っていた頃であった。もし不具合であるならば、検出器チームの一員として早急に報告しなくてはならない。生データのスクリーニング、ピクセルごとの補正、あらゆる不具合を疑い、数時間にわたって見直した。しかし、どこにも間違いはない。呆然としながら再度スペクトルを見つめた時、稲妻が走った。「これはノイズじゃない。すべてが本物の信号だ」。ぐじゃぐじゃに見えたのは、極めて細い吸収線がいくつも重なり合っている姿だったのだ。これは「風」が単一の塊ではなく、複雑な速度構造(離散的な速度の重なり)を持っていることを示している(図3)。興奮で居ても立ってもいられず、部屋を歩き回り、独り言をぶつぶつ言いながら考えを整理した。UFOが離散的な速度構造を持つというのは数年前の論文で予言をしていたことであったのだが、ここまで細かく分かれるとは思っていなかった。離散的な速度構造は、UFOのガスが粗密構造を持っていることを意味しており、これは輻射駆動のUFOで期待される結果であった。結果は東大(当時)の萩野さんのリーダーシップのもと、一気に仕上がり、Natureに掲載された。私は責任著者の一人として、データの整理と解釈に関して貢献した。

図3

図3:XRISM/Resolveで取得された、PDS 456 の「風」による吸収線スペクトル。一番上 のグラフは観測されたスペクトルで、白線および白点は観測データ、赤線はモデルを表す。 下の5つのグラフは、光のドップラー効果によって、異なる速度のガスが異なるエネルギー の吸収線として観測されることを示している。観測された吸収線プロファイルは、少なくと も5 個の弾丸のような風から作り出されている。下の各ゾーンで最も深い吸収線は、電子 を2個だけ持つ鉄イオン(ヘリウム状鉄)による吸収を示す。

では、質量に対して光度が小さい天体ではどうだろうか。別の天体「NGC 3783」の観測では、全く異なる姿が見えてきた。XRISMによる10日間の連続観測により、天体が明るくなるにつれて「風」がリアルタイムで加速していく様子が捉えられたのだ。増光直後は15,000km/sであったUFOが、3日かけて90,000km/sまで加速されていた。加速度は最大で600m/s2に達したが、光で説明ができるのはこのうちたった3m/s2のみである。これは、磁場によるUFO駆動の初の直接証拠であった。増光に伴って磁場が変化し、磁気リコネクションが起きて突発的なUFOが吹いたと考えている(図4)。

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図4:NGC 3783で起きた磁気リコネクションによりUFOが噴出する様子の想像図。 ©️ESA

すなわち、明るい天体では輻射が、暗い天体では磁場が支配的になっているのである。わかってしまえば単純だが、このような研究ができるようになったのはXRISMあってこそのものであった。

夢の続き

XRISMの成果によって、ブラックホールの「風」の駆動機構がようやく見えてきた。しかし、夢はこれで終わりではない。XRISMで見ることができるのは近傍の宇宙に限られる。より遠方、宇宙の初期段階でブラックホールがどう成長し、銀河を形作ってきたのかを知るには、さらに巨大な有効面積を持つ次世代のX線カロリメータミッションが必要だ。2026年現在、これを実現するためのミッションが欧州と米国で動き出そうとしている。XRISMで得た知見を手に、私はさらに深い宇宙へと乗り込みたい。ブラックホールのすぐそばで起きている派手な現象を、文字通り「見てきたかのように」語れる日を目指して、今日も私は、福岡・宗像のデスクで、遠い宇宙の欠片(データ)と向き合っている。

【 ISASニュース 2026年6月号(No.543) 掲載】