近年、AIは文章を書き、ソフトウェアを実装し、画像や音楽まで生成するようになった。人間の創造性や専門性に支えられてきた作業の一部が、日常的な道具としてAIに置き換わりつつある。この変化は、宇宙科学・探査の研究開発にも及んでいる。宇宙ミッションに欠かせない軌道設計、すなわち探査機の「飛行ルート」を計画する仕事も、AIに置き換えられるのだろうか。本稿では、2021年3月号の「宇宙科学最前線」を執筆してから過去5年間、筆者が取り組んできた機械学習を用いた軌道設計研究を通じて、その可能性とAI時代の軌道設計の専門家の役割を考える。
一機で多数の小惑星へ:小惑星フライバイサイクラー軌道
AI・機械学習が軌道設計に役立つことを確信するきっかけになったのが、深宇宙探査技術実証機「DESTINY+」のために取り組んでいた、多数の小惑星を探査するための研究である[1]。太陽系では150万個を超える小惑星が発見されているが、探査機が直接訪れた小惑星は20個程度に限られる。小惑星の多様性を統計的に理解するには、1つの小惑星を深く調べるサンプルリターンだけでなく、より広範囲な小惑星を高頻度に訪れる探査方式が必要になる。DESTINY+では、小惑星の近くを高速で通過しながら観測する「フライバイ」が用いられる。フライバイ探査では長時間観測や試料採取はできない一方、到着時に減速する必要がないため、次々と小惑星を訪れる余地が生まれる。ただし、複数の小惑星を順にフライバイする軌道を見つけるのは容易ではない。候補天体は数万個以上に及び、どの小惑星をどの順番で訪れるかを決めるだけでも組み合わせ数は急速に増え、現実的な時間ですべての軌道最適化を解くことはできない。従来は、理学的価値やサイズなどで候補を100個未満に絞り、進化計算等で軌道最適化を解いていた。しかし候補を限定すると必要な軌道制御量が大きくなり、燃料リソースの限られた探査機では採用しにくい。
DESTINY+では、ふたご座流星群の母天体とされる小惑星Phaethonのフライバイ探査を主ミッションとして掲げている。当初計画では、大部分の燃料が地球重力から脱出するための軌道制御に用いられるため、拡張ミッションで別の小惑星を訪れるには、より効率的なフライバイ軌道が必要だった。そこで着目したのが、探査機が地球と小惑星を交互にフライバイする「小惑星フライバイサイクラー軌道」である[2]。これは、地球重力を活用したスイングバイを定期的に行い、各スイングバイで軌道を大きく変えながら、「もう一度地球に戻ってこられる」ことと「特定の小惑星をフライバイできる」ことを同時に満たす軌道である。NASAの「Lucy」ミッションでも同様の考え方が採用されているが、あらかじめ候補天体を限定して設計されており、燃料消費は大きい。探索対象を数万個に広げられれば、より効率的な軌道を見つけられるはずだと考えた。
そこで筆者らは、時間のかかる軌道最適化の結果を深層ニューラルネットワークで近似し、有望な小惑星の組み合わせや必要な軌道制御量を高速に評価する研究を進めた[2]。これは、専門家が経験的に見ていた「このあたりに良い軌道がありそうだ」という感覚を、計算機が扱える形に写し取る試みでもあった。課題は、訓練データとなる軌道データベースの構築に時間がかかることである。そこで、最適性条件を満たす「擬似」小天体を利用し、1つの軌道最適化結果から、追加の最適化を行わずに多くの訓練データを作る手法を考案した。こうした技術により、小惑星フライバイサイクラー軌道を大幅に効率化でき、従来より一桁以上少ない燃料消費量で小惑星をマルチフライバイできる軌道を設計できるようになった(図1)。
図1:深層ニューラルネットワークを用いた探索で設計された小惑星フライバイサイクラー軌道の例(各赤〜橙色の軌道は宇宙機の軌道、灰色の軌道は小惑星の軌道、画像の中心の青点は地球を表す。AI技術により、地球と小惑星を効率的に往還する軌道を複数生成することが可能)
当初、この軌道は、DESTINY+が小惑星Phaethonをフライバイした後の拡張ミッションで使うことを想定していた。しかし、DESTINY+は2024年に計画変更があり、欧州宇宙機関(ESA)の「RAMSES」ミッションとともに、H3ロケットで直接惑星間軌道へ投入されることとなった。さらに、RAMSESの目的地でもある小惑星Apophisをまずフライバイし、その後に主目的地Phaethonをフライバイする計画へ変更され、複数小惑星のフライバイは拡張ミッションではなく主ミッションに格上げされた。結果として、小惑星フライバイサイクラー軌道が採用されることになった。また、RAMSESとの2機同時打上げを決断する際にも、事前の研究があったことで、軌道成立性の初期評価を速やかに進めることができた。
軌道を「生成する」研究へ
小惑星フライバイサイクラー軌道設計において、深層ニューラルネットワークは、軌道最適化結果を高速に評価する道具、いわゆる「識別モデル」であった。識別モデルとして深層ニューラルネットワークを用いる研究は、軌道設計業界でも長らく取り組まれてきたが、実ミッションへの応用先が限られるため、その業界へのインパクトは限定的だった。その意味で、先述の研究は、深層ニューラルネットワークが実ミッションの軌道設計に貢献した数少ない例である。
実ミッションの軌道設計は、軌道力学の知識を活用しながら、まず「初期予想軌道」という草案を作り、それを用いて数理最適化により「軌道最適化」を行うプロセスで進められる。後者は定型化された部分が多く、多少のテクニックは必要でも自動化しやすい。一方、前者の初期予想軌道を作る過程では、必要な知識が多岐にわたり、解きたい問題によって使うべき手法も異なるため、専門家が最も頭を使う。つまり、「初期予想軌道を機械学習で生成する」ことができれば、利用できる場面は一気に広がり、軌道設計業界にも大きなインパクトをもたらす。過去5年程度で生成AI技術が著しく発展してきたことから、筆者らは研究室の学生とともに「拡散モデル」[3]や「トランスフォーマ」*1 [4] 等の生成モデルを軌道設計へ応用する研究に取り組んできた。
代表的な手法の1つが、画像生成でおなじみの「拡散モデル」である。これは、データにノイズを加えて崩す過程と、その逆にノイズを取り除いて構造を復元する過程を学習する生成モデルである。画像生成では、ほとんど意味を持たないノイズ画像から出発し、少しずつ形を浮かび上がらせていく。軌道設計に応用すれば、ランダムな状態から、軌道力学的にもっともらしく、与えられた入力条件を満たす軌道候補を生成できる。初期予想軌道作りの難しさは、同じ入力条件を満たす軌道が複数存在する点にある。例えば地球から月へ向かう軌道にも、短時間で到達する軌道と、時間をかけて燃料消費を抑える軌道がある。拡散モデルは1つの入力条件から複数の軌道を生成できるため、この課題に適している。
筆者らは、この拡散モデルに軌道力学の物理制約を付加したモデルを考案し、月を複数回スイングバイする軌道設計への適用を試みている。宇宙機が地球の重力のみに支配される場合は、軌道力学の諸公式を用いて準解析的に解くことができる。一方、月を複数回スイングバイする軌道では、地球の重力に加えて太陽や月の重力の影響を無視できず、従来は膨大な計算時間をかけて数値的に探索してきた。提案した拡散モデルでは、学習後であれば、図2に示すように、複数候補の月スイングバイ軌道を瞬時に生成できる。拡散モデルやトランスフォーマの研究を通じて、基盤となる生成モデル作りは大幅に進展した。今後は、多様な軌道設計に応用できるよう、学習のための大規模データベースを構築することが重要な課題である。
図2:拡散モデルが生成した月スイングバイ軌道群[3]。飛行時間(TOF)、太陽-地球-月角度(SEM)等の様々な条件において、橙色の実際の最適化軌道と青色の拡散モデルの軌道が概ね一致しており、また拡散モデルが多様な解を出力していることがわかる。
約5年前に機械学習研究に取り組み始めた頃と比べると、AI技術を活用した軌道設計研究の現在地はかなり明確になった。宇宙版Googleマップのように誰もが容易に軌道設計できる世界へ近づいたと感じる側面と、解くべき課題の大きさが見えたことで、むしろ遠ざかったと感じる側面の両方がある。いずれにしても、次の5年程度で基盤となる生成モデルはおおむね完成し、10年以内にはシスルナ領域、すなわち地球から月軌道周辺において、「軌道生成AI」が実用的なレベルになるのではないかというのが、筆者個人の見立てである。
AI時代、軌道設計の専門家は何をするのか
こうした機械学習研究は、筆者らの研究スタイルの変化とも重なっている。ChatGPT やGoogle Geminiのような対話型AIサービスを用いて調査し、GitHub Copilot やClaude CodeのようなAIツールでソフトウェアを実装することは、研究の日常となっている。そうした環境の変化を受け、軌道設計の専門家としての在り方も変わり始めている。
研究の現場では、「機械学習を使った軌道設計」や「不確定性を考慮した軌道設計」など、従来より計算負荷の高いテーマが増えている。そのため筆者は学生に、高速かつ並列計算が容易なJulia言語を勧めており、スパコンや高性能ワークステーションを使う機会も増えた。また、これまで開発してきた軌道設計ソフトウェアにMCP( Model ContextProtocol)サーバー*2を整備すれば、ChatGPT等からそれらを実行できるようになりつつある。ある意味では、AIが軌道設計をする時代に、すでに突入していると言える。そして、先述した軌道生成研究が発展すれば、1本の軌道を設計する作業自体はAIで置き換わりうるだろう。一方で、その軌道を用いてどのような宇宙ミッションを構想し、ミッションの価値・要求・成立性を総合的に判断するミッション・デザインには、引き続き人間の創造性が必要である。地球周回衛星のミッション・デザインでは、軌道設計が高度に体系化され、専門家が個別に深く関与しなくても設計を進められる場面が多い。深宇宙探査でもAIや設計ツールが成熟すれば、専門家の役割は、個々の軌道を作ることから、適切な問いを立て、全体を俯瞰したミッション・デザインを担うことへ移っていくだろうと考えている。
研究者としては、AI技術が発展した先に、いまはまだ想像もできない新しい宇宙科学・探査の世界が広がっていくことへの期待がある。一方で、AIがもっともらしい答えを容易に示す時代だからこそ、研究者には、答えをそのまま受け取るのではなく、その妥当性を見極める判断力と、本質的な問いを立てる力がこれまで以上に求められる。学生や若手研究者の育成においても、AIを単なる便利な道具として使うだけでなく、自ら考え、疑い、選び取る力を育てることが重要になるだろう。AI時代の軌道設計に必要なのは、俯瞰的な視野と幅広い知識をもって、誰も思い付かなかった宇宙科学・探査ミッションを構想する力である。AIと人間の創造性が補い合うことで、これまで手の届かなかったミッションが現実となり、次の宇宙科学・探査の可能性がさらに広がっていくことを期待している。
参考文献
[1] Naoya Ozaki, Takayuki Yamamoto, Ferran Gonzalez-Franquesa, et al., "Mission Designof DESTINY+: Toward Active Asteroid (3200) Phaethon and Multiple Small Bodies,"Acta Astronautica, Vol. 196, pp.42-56, July 2022.
[2] Naoya Ozaki, Kanta Yanagida, Takuya Chikazawa, et al., "Asteroid Flyby CyclerTrajectory Design Using Deep Neural Networks," Journal of Guidance Control andDynamics, Vol. 45, No. 8, pp. 1496-1511, August 2022.
[3] Hirotaka Okada, Naoya Ozaki, Yosuke Kawabata, et al., "Physics-Guided Diffusion forPseudospectral Moon-to-Moon Tour Design in the CR3BP," AAS/AIAA AstrodynamicsSpecialist Conference, AAS/AIAA Astrodynamics Specialist Conference, Whistler, BC,Canada, July 26-30 2026.
[4] Akira Hatakeyama, Shota Ito, Toshihiko Yanase, Naoya Ozaki, "A Prefixed Patch TimeSeries Transformer for Two-Point Boundary Value Problems in Three-Body Problems,"AAS/AIAA Space Flight Mechanics Meeting, AAS 25-374, Kaua'i, Hawaii, January 19-23, 2025.
*1 現在の生成AI(ChatGPTなど)のベースとなっている技術。文章全体の文脈を一度に効率よく理解できるのが特徴で、自然言語だけでなく、様々な分野の「時系列データ」の予測・解析手法としても応用される。
*2 ChatGPT等のAIモデルに、外部システムやツールとの連携能力を追加する共通接続規格に準拠したサーバー。
【 ISASニュース 2026年7月号(No.544) 掲載】
