暗い宇宙で太陽電池は広がりたい

太陽電池は、太陽に照らされてさえいれば持続的に電力を発電し宇宙機を動かすことができる、いわば宇宙機の心臓です。しかし万能に見える太陽電池にも、実は弱点があります。それは太陽の光が十分に届かない、太陽遠方の惑星への探査です。例えば木星は、地球-太陽の距離の約5倍太陽から離れた距離にあり、昼間であっても太陽光強度は地球の約4%しかありません(土星に至っては約1%)。そんな暗い宇宙への探査はどのように行えば良いでしょうか? 1/100の光量であれば、単純に考えると100倍の面積の太陽電池を使って、タイヨウデンチマシマシ、たくさん光を受け取る物量作戦が有効そうです。

実際に、米国の木星トロヤ群小惑星探査機Lucyや、欧州の木星氷衛星探査機Juiceは、小さく太陽電池を折りたたんでロケットに搭載し、宇宙へ打ち上げてから大きく広げる、展開型の太陽電池パドルを搭載しています。暗い宇宙で太陽電池は広がりたいのです。現在の展開型太陽電池パドルは、パタパタとパネルを開く構造が主流ですが、究極的に大きく広げたい場合、レジャーシートのような薄くて柔らかい、ペラペラの太陽電池を気球のようにフワッと広げたくなります。

私の研究では、そのような宇宙で広げるための「ペラペラな」太陽電池に向けて、厚さ約1ミクロン*1(食品用ラップの1/10)の極限に薄いプラスチック基板上へ作られた太陽電池の開発を行っています[1]。本稿では、世界最薄のペラペラ太陽電池の宇宙応用に注目し、最先端の研究内容を紹介したいと思います。

髪の毛より薄い、世界最薄の太陽電池

太陽電池とは、主に単結晶シリコン太陽電池に代表される、ウェハを主体とする分厚い「結晶」太陽電池と、ガラスやプラスチックの支持基板上へ薄膜を成膜する「薄膜」太陽電池に大別されます。私は気づけば10年以上、ペラペラな薄膜デバイスの研究を続けていますが、数「ミリ」メートル厚の支持基板は、基板上へコートされる数100「ナノ」メートル*2 厚の薄膜デバイスと比較すると、非常に分厚い世界なのです。

そんな薄膜太陽電池は、様々な支持基板上へデバイスを作製することができるため、特にプラスチック基板上へ作製することで、軽くて曲げられるフレキシブルで軽量な宇宙用太陽電池として注目されています(図1a,b)。例えば、シャープ株式会社にて開発された三接合薄膜太陽電池、薄膜軽量SAP(Solar Array Panel)[2]は、小型月着陸実証機SLIMにおいて宇宙機表面へSAPを張り付けることで徹底的な軽量化を実現し、2024年1月の月面ピンポイント着陸の成功の立役者となりました。

近年の研究では、さらにプラスチック基板の厚さを従来の1/ 100まで薄くした、全厚約1ミクロンの超薄型な太陽電池が注目されています[3,4]。基板を超薄型化することによって、従来のフレキシブル太陽電池を超えた「超フレキシブル性」を有することができます。例えば、デバイスの曲げ剛性は基板膜厚の3乗に比例するため、曲げに対して非常に強く、くしゃくしゃにしても壊れることがありません。また、フレキシブル太陽電池の基板重さの比率を飛躍的に低減できるため、従来の100倍から1,000倍の出力重量比(W/g)を持ち、極限に軽い、深宇宙においても大電力発電が可能な展開太陽電池パドルを実現できます。

しかし、超薄型太陽電池の宇宙電源化には未だ技術的な課題が存在します。その1つがデバイスの宇宙放射線に対する耐性です。超薄型な太陽電池は、プラスチック基板の厚さを極限まで薄くすることで超フレキシブル性と軽量性を実現できる一方、従来の太陽電池のように分厚い基板やガラス保護膜が存在しないため、温度変化・紫外線・放射線といった宇宙特有の環境ダメージを直接デバイスが受けることになります。特に放射線による損傷は、陽子線・電子線・重イオン粒子といった宇宙に多数存在する放射線によって、結晶欠陥・蓄積電荷によるデバイスの電気的劣化を引き起こします。そのため、超薄型太陽電池の宇宙応用では、放射線に対してデバイス自体が強い薄膜太陽電池の開発が求められています。私たちは、次世代太陽電池として注目されているペロブスカイト太陽電池が有する高い耐放射線性に注目し、ペロブスカイト太陽電池を超薄型基板上へ作製することで、宇宙用電源に最適な超薄型ペロブスカイト太陽電池が実現できると考えています。

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図1:厚さ1ミクロンの極薄プラスチック基板を用いた超薄型太陽電池。(a)薄型基板による軽量化の概念図。(b)超薄型化することで、従来衛星(左模型)と比較し、大きく柔軟に展開する太陽電池パドル(右模型)への応用が期待される[1,4]

*1 ミクロン:マイクロメートル(10-6 メートル)の略称。
*2 ナノメートル:10-9メートル。

宇宙がお好きなペロブスカイト太陽電池

ペロブスカイト太陽電池とは、有機小分子・重金属・ハロゲンによって構成されたペロブスカイト結晶を用いる、次世代の薄膜太陽電池です[4]。2009年に日本で発明された後[5]、世界中で研究が進み、驚異的な効率改善が行われた結果、現在では薄膜太陽電池の最高効率(26.1%)を達成しています。一方でペロブスカイト太陽電池は、水にとても弱いという、やっかいな特徴を有しています。であれば、水が存在しない宇宙の環境は、ペロブスカイト太陽電池に絶好の環境と考えられます。そのため、JAXAではペロブスカイト太陽電池の宇宙・成層圏応用に以前から注目し、開発を進めてきました[6,7,8]。特に、ペロブスカイト太陽電池は、陽子線や電子線といった宇宙放射線に対して非常に安定であることがわかり[6]、超薄型太陽電池の作製技術と組み合わせることで、既存のSAPを一新するような次世代の宇宙用太陽電池の開発が期待されています。

実際に、私たちが実現した超薄型ペロブスカイト太陽電池の構造と特性を図2 aに示します。ペロブスカイト太陽電池の高効率化のためには、約150℃の加熱プロセス(主に酸化物層の結晶化促進のため)が重要です。ポリエチレンテレフタラート(Polyethylene Terephthalate:PET)に代表される従来の透明なプラスチック基板は、熱に対する耐性が低く、デバイス作製時の加熱プロセスにてプラスチックが変形してしまう課題がありました。私たちの超薄型ペロブスカイト太陽電池は、高耐熱・透明なプラスチックとして、パリレンC(ポリパラキシレン)/SU-8(エポキシ樹脂)の積層プラスチック基板を用いています。パリレンC/SU- 8積層構造を用いることで、パリレンCの持つ高耐熱性と、SU-8の高い表面平坦性を両立することができ、加熱プロセスを含むペロブスカイト太陽電池を高品質に作製できる超薄型基板を実現しました。さらに、太陽電池の透明電極としても、従来硬い材料として知られていたITO(酸化インジウムスズ:Indium Tin Oxide)を極薄プラスチック基板向けに柔軟・非晶質に作製することで、曲げに強く、柔らかい透明電極の実現に成功しています[9]。図2 bでは、超薄型基板・従来のガラス基板、それぞれに作製したペロブスカイト太陽電池の太陽電池特性を示しています。作製されたペロブスカイト太陽電池は、ガラス基板上において変換効率19.0 %、超薄型プラスチック基板上で18.2 %を示し、ガラス基板と遜色ない高効率を実現しており、この値は、発表当時における超薄型太陽電池の世界最高効率となっています[1]

これまでの超薄型ペロブスカイト太陽電池は、飛行機 [4]・ウェアラブルセンサ[10]・ドローン[11]と、地上から空中まで軽量電源として応用が提案されています。一方で過酷な宇宙環境における実証はハードルが高く、未だ報告例は限られます。JAXAは観測ロケット、ISS実験棟、気球といった、様々な宇宙迅速実証のプラットフォームを持っています。JAXAの有する宇宙実証に対する高いアクセス性を活かし、私たちは既存宇宙機の設計デザインを一新するような超薄型ペロブスカイト太陽電池の世界初の宇宙実証に挑戦しています。

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図2:私たちが開発を進めている超薄型ペロブスカイト太陽電池[1]。(a)デバイス構造図と太陽電池特性。(b)超薄型太陽電池の電気特性曲線(インセット:剥離時のデバイス写真)。

ペラペラ太陽電池を身に纏う

超薄型の太陽電池を用いた新時代の宇宙機は、どのようなデザインになるでしょうか?地球を周る周回衛星を考えてみましょう。打上げ時にはクシャクシャに畳まれ、宇宙空間で太陽電池が膨らむ気球のようなデザインになれば、10 cm角の小さな衛星が通信や気象観測に役立つようになるかもしれません(図3 a)[12]。ロケットの一度の打上げで100-1,000個の衛星が一斉に軌道投入され、地上から見える星のように多数の衛星が宇宙を飛び交う、そんな未来も想像できそうです。

超薄型の太陽電池は、宇宙探査プロジェクトにおいても鍵となる技術要素です。これまでEQUULEUS、OMOTENASHIなどで培われてきた超小型探査機技術と、ソーラーセイル技術を駆使した展開型薄膜太陽電池パドルを組み合わせることで、土星圏以遠の外惑星探査を実現する探査機プロジェクトOPENS- 0が計画されています。OPENS-0ミッションでは、蝶ネクタイのように展開する太陽電池パドルを持つ超小型探査機を土星圏へ送り込むことで、土星リングを構成する環の高速フライバイによる直接観測を計画しています(図3b)[13,14]。超薄型太陽電池の開発が宇宙機搭載レベルまで成熟すれば、OPENS- 0以降のさらに大電力が必要な外惑星サンプルリターンといった探査プロジェクトの実現が期待されます。

超薄型ペロブスカイト太陽電池の宇宙応用に向けて、取り組むべき課題は未だ多く存在します。宇宙環境は、高温低温の熱サイクル、極紫外線(300nm以下の紫外線)を含む太陽光、ダスト衝突に対する機械的な強靭さ、熱変形の抑制など、宇宙放射線の耐性は解決しなければいけない課題の1つにすぎません。これらの課題を一つ一つ解決し、次世代の宇宙機のデザインを一新するようなペラペラ太陽電池の開発を進めています。超薄型ペロブスカイト太陽電池によって、宇宙機たちが惑星ごとのドレスコードに従って衣服のように様々な太陽電池を身に纏う、そんな自由な宇宙機開発が実現できるよう研究を進めています。

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図3:超薄型太陽電池によって実現されうる次世代小型宇宙機。(a)気球のように広がる地球周回衛星[12]。(b)土星リングを直接観測する超小型外惑星探査計画OPENS- 0[13,14]

参考文献

[1] H. Jinno, et al. Adv. Mater. 36, 1-9 (2024).
[2] 豊田, ISAS ニュース2017 年8 月号 437, 1-3 (2017).
https://www.isas.jaxa.jp/outreach/isas_news/files/ISASnews437.pdf
[3] H. Jinno, et al. Nat. Energy 2, 780-785 (2017).
[4] M. Kaltenbrunner, et al. Nat. Mater. 14, 1032-1039 (2015).
[5] A. Kojima, et al. J. Am. Chem. Soc. 131, 6050-1 (2009).
[6] Y. Miyazawa, et al. iScience 2, 148-155 (2018).
[7] S. Kanaya, et al. J. Phys. Chem. Lett. 10, 6990-6995 (2019).
[8] 宮澤, ISAS ニュース 2022 年5 月号 494, 1-3 (2022).
https://www.isas.jaxa.jp/outreach/isas_news/files/ISASnews494.pdf
[9] T. Yokota, et al. Sci. Adv. 2, e1501856 (2016).
[10] H. Jinno, et al. Nat. Commun. 12, 2234 (2021).
[11] B. Hailegnaw, et al. Nat. Energy 9, 677-690 (2024).
[12] O. Malinkiewicz, et al. Emergent Mater. 3, 9-14 (2020).
[13] 兵頭, 日本惑星科学会誌32, 4-15 (2023)
[14] 尾崎, 超小型衛星利用シンポジウム2024, 4-4 (2024).

【 ISASニュース 2024年9月号(No.522) 掲載】