はじめに

「ルララ 宇宙の風に乗る」
スピッツのロビンソンという歌にある、この一節をご存知の読者は多いのではないだろうか。なんとも幻想的で、想像を掻き立てられる歌詞である。では、宇宙の風とはいったい何だろうか?作詞の草野氏が生み出した、空想の産物なのだろうか -- 否、宇宙に「風」は実在している。そして、この「風」に乗り宇宙を自由に飛び回る船が存在するのである。本稿では、この宇宙帆船について日本が世界に誇る技術と、その最高難易度とも呼べる軌道設計に関して筆者が取り組んできた研究成果を紹介する。

光の力で進む船、ソーラーセイル

帆船とは、帆に風を受けて推進力を生み出す船のことである。そして宇宙にも、大きな帆を広げて燃料を使わずに推進力を生み出す帆船が存在する。しかし、宇宙空間には大気が存在せず、また大気がなければ風など吹かないことは周知の事実である。では、この宇宙帆船が受ける「風」とはいったい何だろうか?それは、太陽の光である。アーサー・C・クラークの「The Wind from the Sun」を始めとして、この太陽の光を原動力とする宇宙帆船は数多くのSF小説にも登場している。こうした話を聞くと、まるで夢物語のように感じられる方も少なくないであろう。しかし、この概念は研究者や作家の空想などではなく、既に実在し活用されている技術なのである。

高校物理を学んだ読者であれば、光が波動と粒子の2つの性質を持つという話を思い出していただきたい。この光の粒子は光子(photon)と呼ばれ、運動量をもって空間を飛行する。そして光子が物体に衝突すると、運動量交換に伴う圧力が生じる。この原理を応用し、宇宙空間で巨大な帆を広げ、太陽の光の圧力を浴びて推進力を生み出すのが、宇宙帆船=ソーラーセイル*1である 。そして、この光子加速による惑星間飛行に世界で初めて成功したのが、JAXAが開発したIKAROSである。IKAROSは2010年に種子島宇宙センターより打ち上げられ、宇宙空間で約14×14mのソーラーセイルを広げ、そして実際に光の力を使ってその軌道を変えてみせた。

*1 こうした説明において、しばしばソーラーセイルの動力源を太陽風と混同されることがあるが、これは誤解である。太陽風とは太陽から吹き出すプラズマ(電離した荷電粒子)のことであり、ソーラーセイルが受けるのは質量を持たない「光」そのものである。なお、太陽風、すなわちプラズマとの相互作用を利用する推進方法は別に存在し、磁気セイルやE-sail が挙げられる。

日本独自の技術であるソーラー電力セイル

IKAROSが実証した技術は、実は光子加速だけではない。IKAROSのソーラーセイルには、紙のように薄くしなやかな薄膜太陽電池が多数貼られており、これを使った太陽光発電も同時に行った。ソーラーセイルの「薄くて大きい」という性質を活かすことで、軽量ながらも大電力発電が可能という第二の機能を持たせたのである。このコンセプトはソーラー電力セイルと呼ばれ、日本が独自に考案した、ソーラーセイルの発展形態である。

ソーラー電力セイルによって初めて可能となるのが、太陽から遠く離れた領域におけるイオンエンジンの運転である。イオンエンジンとは、電気エネルギーを利用して高速で推進剤を放出する電気推進の一種であり、弱い推進力ながらも非常に優れた燃費を誇るという特徴がある。「はやぶさ」、「はやぶさ2」はイオンエンジンを用いた探査機の代表例である。イオンエンジンは莫大な電力を消費するため、運転可能な太陽距離に制限がある。そのため、従来の太陽電池パドルを用いた探査機では、火星から木星の間あたりを限界領域としていた。しかし、太陽電池の面積/質量効率を劇的に向上させるソーラー電力セイルを用いれば、木星〜土星圏においても大電力イオンエンジンの運転が可能となる。

JAXAではIKAROSの成果を継承しつつ、ソーラー電力セイルを使って本格的な探査に臨むOKEANOSの検討を進めてきた。OKEANOSは、ほぼ全面を薄膜太陽電池で覆った約40×40 mのソーラー電力セイルを広げ、高比推力イオンエンジンを用いて木星トロヤ群小惑星の探査を行う構想である(図1)。OKEANOSはオプションとして木星トロヤ群からのサンプルリターンも可能であり、現代でこれを実現する技術はソーラー電力セイルの他にない。

図1

図1:ソーラー電力セイル探査機OKEANOS

超小型ソーラー電力セイルが拓く新しい探査

IKAROSからOKEANOSへ、そしてその将来像において、ソーラー電力セイルの構想は大型化の道を辿ってきた。一方で、ソーラー電力セイルは超小型宇宙機においても極めて有効な手段となり得ることが、特に最近の研究で判明してきている。一般に、宇宙機は小型化すればするほど、推進剤や電源といった搭載可能なリソースに厳しい制約が課される。同様の理由で、超小型宇宙機用のイオンエンジンも、大型クラスのそれと比較して性能が低い傾向にある*2。そのため、超軽量なシステムで大きな電力と推進力を生み出すことのできるソーラー電力セイルは、超小型宇宙機と相性が良いのである。低コスト・短期間で開発可能な超小型宇宙機に優れた推進力と燃費を付与し、その到達可能領域を拡大することは、高頻度な深宇宙探査による持続的宇宙開発や、多数の超小型宇宙機群を用いた新たな探査方式の開拓といった発展性が期待される。筆者を含む研究グループでは、この超小型ソーラー電力セイルによる新しい世界の開拓を目指した研究開発に取り組んでいる。

一例として、50kgの超小型ソーラー電力セイルによって、ケンタウルス族と呼ばれる木星以遠の小天体への軌道設計を行った例を図2に示す[1]。現在において50kg以下の探査機で近地球領域を脱した前例がないことからも、ソーラー電力セイルがいかに強力な手段となるかお分かりいただけるだろうか。なお、この研究ではOKEANOSと同様に、イオンエンジンのみを推進力として用いている。次節からは、さらにソーラーセイルによる光子加速も併用した、より発展的な研究成果について紹介する。

*2 燃費の指標を表す比推力について、「はやぶさ」以上のサイズの探査機では3,000〜7,000 秒ほどの性能が実現可能だが、超小型宇宙機では1,000 〜2,000 秒程度が一般的である。

図2

図2:50kg超小型ソーラー電力セイルによるケンタウルス族探査の軌道例。2回の地球スイングバイによる増速と、木星スイングバイによる軌道傾斜角変更を経て、約20年かけて小惑星2019 JZ 5へランデブーする。なお、最新の研究では11年以下で到達可能な解も見つかっている[2]

ソーラーセイル×イオンエンジンによるハイブリッド推進

IKAROSはイオンエンジンを搭載しておらず、光子加速のみを主推進力としていた。一方、OKEANOSが訪れる外惑星領域では太陽光の圧力は極めて微弱であり、実質的にイオンエンジンのみを推進力として用いる設計であった。実際、これらの推進方式はそれぞれ一長一短があり、得意とする領域も異なっている。例えば、ソーラーセイルは推進剤の消費量が完全にゼロで済む反面、巨大な帆を広げる必要がある割に得られる推力が小さく、目的地に到達するまでに多大な時間を要する。一方、イオンエンジンは(ソーラーセイルと比較すれば)そこそこ大きな推進力を持つ反面、大きな軌道変更を伴うミッションでの推進剤消費量は決して小さいものではない。

そこで筆者が目をつけたのが、両者の併用によるハイブリッド推進である。ソーラーセイルと電気推進それぞれが、互いに燃費と推進力を補填し合うことで、高機動力・超高燃費の推進システムが実現できるのである。前述の通り、OKEANOSもハイブリッド推進を謳ってはいたものの、その特性を最大限に活かす設計とはなっていなかった。また、海外ではハイブリッド推進を提案し研究した論文がいくつか見受けられるが、ではいったいどうやって制約の厳しいソーラーセイルにイオンエンジンを載せ大電力を賄うのか...といった問いには実用的な解が示されていない。実際、ハイブリッド推進では軌道・姿勢に加えて発電や通信の環境が強くカップリングし、単に2種類の推進力を出せるとして導いた解に実現性はない。ソーラー電力セイルという、ハイブリッド推進を体現する日本独自の技術に根差したシステムベースの研究である点が、筆者が取り組む研究の大きな特徴の一つである。

ハイブリッド推進のシステム及び軌道設計

光子加速と電気推進は、いずれも長期間に渡って連続的に推進力を生み続ける連続低推力推進に分類される。では、これらの推進機関を使って探査機を目的地へと導く「軌道設計」の問題を考えてみよう。目的地は月でもよいし、火星でもよい。「はやぶさ」、「はやぶさ2」が好きな読者は、小惑星を選んでもよい。あるいは、ラグランジュ点まわりのハロー軌道といった答えを返す猛者もいるだろうか。目的地を決めたら、はじめに出発日を決める必要があるだろう。ひとたび宇宙空間へ飛び出せば、今度は推進力を使って探査機の軌道を操作してやる必要がある。ここで決めるべきは、推進力の大きさと向き、そしてタイミングである。連続低推力なので、決めるべきは1点の時刻のみにおいてではない。とある時刻の推進力を定めたら、その1日後は?1秒後は?0.1秒後は...?

そう、低推力軌道設計の問題では、定めるべきパラメータが文字通り無限に存在する。適当に選んだパラメータで目的地に到達することなど、十中八九ないと言っていいだろう。仮に運良く到達できたとしても、出鱈目に長い時間を要するか、非現実的に莫大な推進剤を使ってしまった後である。さらに、2つの推進力が連成するハイブリッド推進ではこれだけでは済まない。ソーラーセイルの推力は、太陽に対する帆の向きで決まる。帆の向きが変われば、これに貼った太陽電池が生み出す発電量が変わる。発電量が変われば、イオンエンジンの推力も変わる。イオンエンジンの性能が欲しければ電力を増やす必要があるが、あまりにソーラーセイルに太陽電池を貼りすぎては光子加速の性能が落ちてしまう...といった具合に、厳しい依存関係を考慮しなくてはならない。

こうした難解な問題に解を与える上での有効な手段が、最適化というテクニックである。例えば、推進剤消費量などの最小化(あるいは最大化)したい指標を選び、これを評価関数に設定する。そして、「運動方程式を満たすこと」という必須項目に加えて、「出発日はいつであること」「推力はいくら以下であること」といったミッション固有の要求を制約条件として与える。こうして軌道設計問題を制約付き最適化問題へと組み換え、非線形計画法によって解くという方法が、現在最も広く使われているアプローチの一つである。

また、ソーラー電力セイルが活躍するのは外惑星圏といった遠方領域だけではない。アルテミス計画の進展に伴い、CubeSatの放出機会を活用した月以遠の探査構想が世界中で盛り上がりを見せている。こうしたミッションでは、探査機に太陽・地球・月の重力が同時に作用する複雑な四体問題を形成する。この力学系は数学的な厳密解が存在しないことで知られており、そこでさらにソーラーセイルとイオンエンジンを複合利用する問題は、軌道設計においても最高クラスの難易度を誇ると言ってよいだろう。この問題の攻略法の一つとして図3に示すのが、生物進化を模した発見的解法による大域的最適化である[3]。マルチスレッド環境を、独立の生態系を持つ群島に見立て、各々の島で最も優れた生物個体(=設計解)を進化させる(=最適化する)ことで、膨大な設計解空間の中で最も優れた最適解を導くというものである。これらの研究を通して、ソーラー電力セイルの高機動力・超高燃費を活かして実現される軌道が次々と見いだされており、同時にハイブリッド推進の軌道設計法の体系化、ならびに多くのミッションで汎用的に活用可能な軌道設計ツールの整備も進めている[1-4]

図3

図3:進化的手法を用いた大域的軌道最適化アルゴリズム(上)。月周回有人拠点(Gateway)から放出され惑星間空間へ脱出する軌道例(左下)。地球スイングバイを経て火星へ到達する軌道例(右下)。

おわりに

本稿で紹介したソーラー電力セイルによるハイブリッド推進を扱う問題は、光子加速と電気推進という2つの連続低推力が複合作用し、軌道設計においても極めて難易度の高い部類に入るものと考えている。ここで培った軌道設計法はソーラー電力セイルという枠を超えて、様々なミッションに応用可能なものである。また、ソーラーセイルやイオンエンジン、あるいは超小型宇宙機による深宇宙探査は、いずれも日本が最先端を切り拓いてきた分野である。先人たちが培ってきた技術を受け継ぎ、次世代へと繋ぎながら、日本の強みを活かして人類の到達領域を遙か先へと広げていきたい。

最後に、本研究ならびに私の研究活動は、恩師である川口淳一郎教授と津田 雄一教授をはじめ非常に多くの方々に支えられてきたものであり、この場を借りて厚く御礼を申し上げたい。

参考文献

[1] Takao, Y., Mori, O., Matsushita, M., and Sugihara, A. K., Solar Electric Propulsion by a Solar Power Sail for Small Spacecraft Missions to the Outer Solar System, Acta Astronautica, Vol.181, pp.362 - 376, 2021.

[2] Takao, Y., Mori, O., Matsushita, M., Nishiyama, K., Tsukizaki, R., Tabata, K., Ozaki, N., Kubo, Y., and Funase, R., A Rendezvous Mission to Outer Solar System Bodies Using a 100-kg-class Solar Power Sail, 6 th International Symposium on Space Sailing, New York, USA, 2023.

[3] Takao, Y. and Chujo, T., Deep Space Exploration Missions by a Micro Solar Sail Using Hybrid Propulsion, 33rd International Symposium on Space Technology and Science, Online, 2022.

[4] Takao, Y. and Chujo, T., Delta-V Earth-Gravity-Assist Trajectories with Hybrid Solar Electric-Photonic Propulsion, Journal of Guidance, Control, and Dynamics, Vol. 45 , No. 1, pp. 162 -170, 2022.

【 ISASニュース 2023年6月号(No.507) 掲載】