宇宙を観る人類の新しい目

古来より人類は太陽・月・星々を見つめて宇宙に想いを巡らせてきました。そこから長い年月をかけた科学技術の発展によって新しい宇宙の姿が浮き彫りになり、発見とともに新しい謎も増えています。宇宙の謎を解くべく、今も宇宙を観る人類の新しい目(望遠鏡)の研究開発が進んでいます。この記事では、著者らのグループが研究開発している低エネルギーガンマ線望遠鏡の紹介と、オーストラリアでの大気球実験で得られた結果を紹介します。また、その結果から銀河中心領域に正体不明の「何か」があることの示唆について紹介します。

まだ人類が観たことがない宇宙

天文学でほぼ唯一、ほとんど観測が進んでいない波長帯として低エネルギーガンマ線(特にメガ電子ボルト領域、可視光より百万倍短い波長帯)が残されています。まだ人類が観たことがない宇宙の姿としての魅力ももちろんですが、それ以上に、この波長帯のガンマ線は特に原子核の反応と深い関係を持っていて、元素の起源や銀河の進化について理解が深まると期待されています。

しかしながら、低エネルギーガンマ線はレンズや鏡で像を結ぶことが困難であること、天体信号より雑音信号の方が何桁も多いことの両面から観測は困難を極め、地上試験から得た設計観測感度を上空で達成することができずに、世界中で挑戦と撤退が繰り返されてきました。その結果、1990年代に活躍したCGRO衛星搭載のCOMPTEL望遠鏡がおよそ30個の天体を報告してから20年もの間、多くの研究者に待望されつつも大きな進展がありません。

革新的な低エネルギーガンマ線望遠鏡

これまで活躍した代表的な低エネルギーガンマ線望遠鏡として、CGRO / COMPTEL、INTEGRAL / SPI、COSIが挙げられます。これらは共通する欠点を持っており、ガンマ線1光子ごとに到来方向を決定できず(測定データから入射ガンマ線の到来方向情報へと逆変換して一意な解を得ることが原理的に不可能です)、疑似的な撮像能力しか持ちません。

我々のグループは、電子飛跡検出型コンプトンカメラ(Electron-Tracking Compton Camera; ETCC, 表紙 左下図)を日本独自の技術で開発しています。この望遠鏡の大きな特徴は、ガンマ線1光子ごとに到来方向を決定できることです(測定データから入射ガンマ線の到来方向への逆写像が存在します)。低エネルギーガンマ線は物質中でコンプトン散乱反応を起こし、物質中の電子を蹴っ飛ばしつつ自身は散乱されて方向やエネルギーの異なるガンマ線になります。元々のガンマ線の到来方向とエネルギーを決定するには、反跳された電子・散乱されたガンマ線のそれぞれの方向とエネルギーを測定する必要があります。しかし電子は、固体や液体の中ではごく短い距離でエネルギーを失って止まってしまうため、どんな方向に反跳したのか測定が困難です。ETCCが優れるのは検出媒体にガスを用いた荷電粒子検出器(ガスTPC)で飛跡とエネルギーを詳細に測定可能としたことです。散乱されたガンマ線についてもガスTPCの周囲に配置された位置感度型シンチレータ検出器で測定します。この装置の組み合わせで3ステラジアンもの広い視野にわたりガンマ線を1光子ずつ精密測定することが可能です。さらに、荷電粒子のエネルギー損失率から粒子識別ができ、電子反跳角について幾何学的に測定した角度とエネルギー分配から得た角度を比較することでコンプトン散乱でない事象を排除でき、高効率な雑音除去も可能です。

表紙

表紙画像:大気球に搭載されオーストラリア上空から低エネルギーガンマ線観測を行ったSMILE-2+実験の様子です。(左上)大気球頭部にガスが封入され放球を待っているSMILE-2+ゴンドラと大気球、(右)放球直後の様子、(右上)地上から撮影された水平浮遊中(高度約38 km)のSMILE-2+、(下段右)放球に向けて航空保安装置やクラッシュパッドが取りけられたSMILE-2+ゴンドラの外観、(下段中)SMILE-2+ゴンドラ内部装置の外観、(下段左)電子飛跡検出型コンプトンカメラの構成図。ガスTPCを中心として周囲に位置感度型シンチレータが配置されています。

SMILE大気球実験シリーズ

低エネルギーガンマ線は厚い地球大気によって強く吸収・散乱を受けてしまうため、地上では天体観測が不可能です。そのため我々は、ETCCを大気球に搭載し、飛翔環境下での動作試験・性能実証試験・科学観測へとステップアップさせていく研究計画としてSMILE実験(SMILE: Sub-MeV/MeVgamma-ray Imaging Loaded-on-balloon Experiment)を進めています。

三陸で行った最初の飛翔(SMILE-I)で宇宙線が降り注ぐ環境下で宇宙拡散ガンマ線および大気ガンマ線のスペクトルを得ることに成功し[1]、その後SMILE-IIとして地上で性能向上を続け[2][3]、更なる装置改良を経て2回目の飛翔(SMILE-2+)を、飛翔環境下における天体観測能力の実証を目的として2018年に実施しました。30 x 30 x 30 cm3サイズのガスTPCを用いたETCC(表紙 左下図)が、2018年4月7日にオーストラリアのアリススプリングスからB500型気球で放球されました。実験装置は、高度38~40kmで約26時間の水平浮遊観測を行った後、4月8日に地上へ緩着陸し4月9日に無事に回収されました。2022年度にSMILE-2+の成果論文が掲載されましたので、その内容をご紹介します[4]

SMILE-2+大気球実験の観測結果

SMILE-2+の飛翔高度、残留大気圧、主要天体の高度角、および雑音除去後の観測レート(毎秒検出数)の時間変化を示したのが図1です。カニ星雲(Crab)が視野に入っている時間帯をON、カニ星雲が視野に入っておらず残留大気圧がON時間帯と同程度である時間帯をOFFと表示しています。図1右図の観測レートは、上昇中(図中の緑ハッチ)に通過する宇宙線シャワー発達高度で最大となってから、水平飛翔になると落ち着きます。驚くべきことに、銀河中心領域(GC)の正中時刻に合わせるように、観測レートの上昇がみられます。他の観測波長帯では、明るい天体が視野に入ったら観測レートも上がることに驚きは無いのですが、低エネルギーガンマ線においては天体信号がそれ以外に対して何桁も微弱であるために、広視野望遠鏡の視野に天体が入っても観測レートはびくとも変化しないのが従来の常識でした。ETCCにより2桁もの雑音抑制に成功した結果だと言えます。

図1

図1:SMILE-2+の飛翔高度と残留大気圧の変化(左図)および主要天体の高度と観測レート(右図)。

正体不明の「何か」があるかも知れない

銀河中心領域の正中に伴うレートの増加について、もう少し詳しくみてみます。図1右図は視野内の全方位からのレートでしたが、天頂角60度以内から入射したガンマ線に制限した解析結果を図2左図に示します。背景から映り込む銀河系外拡散ガンマ線と、前景からの放射である大気拡散ガンマ線について、検出器応答や雑音除去効率などを考慮した予想レートを青線で示しています。陽子・中性子・電子・陽電子などの宇宙線に由来する雑音の予測レートをマゼンタ線で示しています。この和が赤線で示される予測されるレートで、観測されたレートと比較すると、銀河中心領域の正中時刻に合わせて、有意な超過成分があることが分かりました。これは銀河中心領域からの低エネルギーガンマ線の放射を検出した強い証拠です。また、図2右側に銀河座標系での観測露光量マップ*1(右上)とガンマ線有意度マップ*2(右下)を示します。観測露光量マップとは異なる空間分布の有意度マップが得られています。銀河面に沿って超過成分があり、特に銀河中心領域は10σ程度の高い有意度となっています。このSMILE-2+の観測結果をフラックスに直すと、COMPTELやINTEGRALによる観測結果を支持するものとなっています。低軌道衛星にて従来型コンプトンカメラで観測したCOMPTEL、長楕円軌道衛星にて符号化マスク法で観測したINTEGRAL、大気球にて電子飛跡検出型コンプトンカメラで観測したSMILE-2+の3者すべてが、現在の理論予想に対し数倍ほど銀河中心領域が明るいという観測結果を示しており、我々の知らない正体不明の「何か」が銀河中心領域にある可能性を示唆しています。

図2

図2:天頂角60度以内で観測されたレートの時間変化(左図)。背景および前景で予想される拡散ガンマ線と宇宙線由来の雑音事象から予想されるガンマ線レートに対し、観測されたレートは有意な超過成分があり、その出現タイミングは、銀河中心領域の正中時刻と合致しています。
銀河座標系での観測露光量マップ(右上)。望遠鏡視野中心の軌跡を緑線で示しています。
銀河座標系でのガンマ線有意度マップ(右下)。

*1 観測露光量マップは、天空上のその方向に対しどれだけ深く観測していたかを示すマップです。有効観測時間と有効受光面積の掛け算に相当します。
*2 ガンマ線有意度マップは、雑音や信号誤差に対しどれだけ信号が超過しているか、その統計的有意性はどの程度かを示すマップです。


SMILE-2+の目的達成と将来計画

SMILE-2+実験の目的は、カニ星雲の観測による天体観測能力の実証です。ON時間帯のデータでカニ星雲の方向に対し視野制限した上で、同様の視野角に制限したOFF時間帯の観測データでバックグラウンドガンマ線量を測定し、観測時間を補正した上で減算すればカニ星雲からのガンマ線量が得られます。SMILE-2+の観測では4σの有意度でカニ星雲の検出に成功しました。図3左図にカニ星雲の観測で得たスペクトルを示します。過去、世界中で多くの観測が行われてきた結果と矛盾のないスペクトルが得られています。

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図3:SMILE-2+で得たカニ星雲のスペクトル(左図)と感度曲線(右図)。感度曲線中の赤線が設計観測感度で青線が達成された観測感度であり、それらがよく一致しています。

SMILE-2+の実験成果として最も重要なことは、図3右図で示すように事前の地上試験で推定された設計観測感度(赤線)と上空で達成された観測感度(青線)が一致した事です。この図はX線から高エネルギーガンマ線帯域の感度曲線で、縦軸はどれだけ暗い天体を検出できるかという数値です。設計感度と達成感度が一致したのは、低エネルギーガンマ線帯域において世界初の成果です。すなわち、コンプトン散乱の反跳電子の飛跡を詳細に測定し、ガンマ線1光子ごとに測定データからの逆写像として到来方向を決定できることが、20年も停滞した天文学最後のフロンティアを切り拓く方法論となると大気球実験にて実証できたのです。

我々は将来計画としてSMILE-3実験を推進中です。天体観測性能の実証段階を超えて、いよいよ長時間飛翔による科学観測を目指す段階になりました。現在のSMILE-3計画では、大気球による飛翔であっても、大型衛星に搭載され10年程度の運用で実現されたCOMPTELの感度を超える観測感度に到達する見込みです。さらに将来、天文衛星への搭載・月周辺への設置・惑星探査など幅広い応用可能性も含め、宇宙科学を牽引する大きい研究計画の1つとして成熟できればと考えています。

参考文献

[1] A. Takada, H. Kubo, H. Nishimura, et al., Observation of Diffuse Cosmicand Atmospheric Gamma Rays at Balloon Altitude with an Electron-Tracking Compton Camera, The Astrophysical Journal, 733 (2011) 13.

[2] T. Tanimori, H. Kubo, A. Takada, et al., An Electron-Tracking ComptonTelescope for a Survey of the Deep Universe by MeV gamma-rays, The Astrophysical Journal, 810 (2015) 28.

[3] T. Tanimori, Y. Mizumura, A. Takada, et al., Establishment of ImagingSpectroscopy of Nuclear Gamma-Rays base on Geometrical Optics, Scientific Reports, 7 (2017) 41511.

[4] A. Takada, T. Takemura, K. Yoshikawa, Y. Mizumura, et al., Firstobservation of MeV gamma-ray universe with bijective imagingspectroscopy using the Electron-Tracking Compton Telescope aboardSMILE-2+, The Astrophysical Journal, 930 (2022) 6.

【 ISASニュース 2023年1月号(No.502) 掲載】