はじめに
宇宙で大型の構造物をつくる場合、宇宙では重力は微小で、その他の外力もほとんど作用しないため、地上のような剛な構造物である必要はなく、むしろ打上げ制約を考えると、軽量であることは必須で、その他にも、小さく収納して軌道上で展開できること、あるいは軌道上で組み立てられることが求められます。そのような軽量性や収納・展開の容易さを追求すると、膜やケーブルといった極めて薄い、あるいは、細い部材を使った構造物にたどりつきます。そういった、膜やケーブルを用いた軽量な構造物については、1990年代後半から2000年代にかけて国内外で盛んに研究されました。
そのトリガーとなったのは、1996年にNASAが実験したIAE(Inflatable Antenna Experiment)と、当時の次期大型望遠鏡用のサンシールドの研究でした。IAEは、どら焼きのような形をした袋状の膜を畳んでおいて、軌道上で窒素ガスを注入することで膨らませ、直径14 mほどのパラボラ状のアンテナにしようという実験で、一部ガス漏れが起こり完全な成功には至りませんでしたが、この実験をきっかけにガスで膨らませる「インフレータブル構造物」の研究が盛んになりました。また、サンシールドの研究成果は、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡に搭載された21m×14mの膜を5枚重ねたサンシールドに結実しました。
一方、日本では膜面に薄膜太陽電池を貼付することで、微弱な太陽光圧を利用する推進(ソーラーセイル)と、太陽電池で発電した電力から電気推進を合わせ行うハイブリッド型の推進により航行するソーラー電力セイルの研究をISASが中心となって2000 年代に行い、2010年のIKAROSの成功につなげました。IKAROSは探査機側面に膜を巻き付けておいて、探査機本体をスピンさせることで膜の固定を外し、遠心力により膜を一気に展開する方法を取りました。14 m×14 mという比較的大型の膜をこのようなダイナミックな方法で展開させることについては、当時は極めて難しいという意見が多かったのですが、関係者(特に、若い研究者の皆さん)の努力により成功に至ったこと、12年経った今もソーラーセイルによる惑星間航行を成功させたのはIKAROSだけであり、地球周回の実験機を含めても、セイルのサイズが世界最大であることは、特筆すべきことだと思います。
海外では、IKAROSとは異なり、軽量な伸展ブームによって膜を比較的ゆっくりと展開させるソーラーセイルが古くから研究されてきていましたが、IKAROSの成功を受けてそちらの方の研究も加速し、取り分け伸展ブームとしての研究が進みました。伸展ブームはソーラーセイル以外にも、太陽電池アレイの展開や、磁気センサ等、衛星本体から距離をおく必要のあるセンサを、先端に搭載して伸展して離す目的に利用するなど、利用範囲が広いこともあり、研究が盛んになっています。その先にソーラーセイルへの応用を考えていることもあって、従来の伸展ブームに比べてはるかに軽量で、かつ収納性の高いものが求められています。以下では、こういった最近の研究の流れを紹介しつつ、著者らが進めている研究について紹介します。
伸展ブーム
軽量で収納性の高い伸展ブームとしては、断面が円弧状のテープを図1 (a)のように円筒ハブに巻き付けておき、軌道上で伸展させる、STEM(Storable Tubular ExtendableMember)と呼ばれる金属製のブームが古くからありますが、昨今、軽量性や収納性が強く求められていることから、このタイプの伸展ブームが見直されています。金属では重いということもあり、最近では複合材(CFRP)ブームをモーターで繰り出すものがよく研究されてきています。特に、CFRPの積層構成を工夫することで、伸展完了時だけでなく巻き付け収納された状態でも安定、すなわち、コイル状になったまま形状を維持し続ける、双安定ブームと呼ばれるブームが用いられることが多いです。実際、現在検討中のComet Interceptorミッションでは双安定CFRPブームを用いた伸展機構を搭載する予定です。
このような断面が円弧状で、かつ、金属のような等方性材料でつくられたテープは、巻き付け収納した状態で手を離すと、勝手に伸展していきます。これは巻き付けられたテープが自己伸展力を有するためで、断面がフラットですと自己伸展力は小さいのですが、円弧状にすると大きくなることが理論的にわかっています。そこで、ブームの自己伸展力を利用し、モーター等を省いた、より簡素な機構で展開構造を実現する研究を筆者らは進めています。
一般に、伸展/展開を伴う構造は、その信頼性が強く問われます。細かいことですが、あまり考えずにつくると、筆者の過去の開発でもブームがうまく円筒ハブに巻き付かずに広がってしまって伸展しないことがありました。そこで、「確実に伸展/展開する構造」を実現するために、円筒ハブの質量条件や直径、形状を決定する理論をまず導き、それに従って伸展機構を設計・製作しています。図1 (b)のようにブームが自己伸展するのに合わせて膜が展開する構造の場合も、そういったことや伸展中にブームがたわんでしまう等の理由でうまく展開できない結果にならないように、事前に展開運動のシミュレーションプログラムをつくって確認しています。その時のプログラムは、筆者がIKAROSチームに参加していた頃に開発したものを拡張してつくったもので、構造保存型解法の一種である、エネルギー・モーメンタム法と呼ばれる、運動量・角運動量・力学的エネルギーを厳密に満たしながら運動を解く手法に基づいて計算しており、展開可否の予測や軌道上での挙動の予測に適していることがIKAROSの軌道上データから実証されています。従来、こういった伸展構造やそれを用いた膜展開構造の挙動は、試行錯誤しながらスペックを決めざるを得ない部分が多かったそうです。そこで、筆者は2年前にISASに着任して以降、上記のような設計理論・シミュレーションを用いて信頼性を高めると共に、開発を効率化することも目指してきました。
最近の興味では、図1 (a)のようにブームを巻き付け収納する場合、収納時にブームに大きな歪が生じます。それにより構造に"癖"がついてしまって、伸展中にブームが湾曲してしまったり、自己伸展性や双安定性といった特性が時間と共に劣化してしまったりする現象が起きることがあります。これを高歪複合材にまつわる粘弾性問題と言いますが、米国を中心に実験的な研究が2010年代後半から精力的に行われており、筆者らも遅まきながら、劣化の数学モデル化や数値予測も含んだ研究を始めたところです。
展開膜構造の高精度化
折り畳んでおいた膜面をブームで展開する、あるいは展開して膜に貼付しておいた太陽電池セルで発電するという目的であれば、膜面が少々たわんでいたり、折り目が少し残ってでこぼこしたりしていても、それほど問題にはならないかもしれませんが、例えば、平面アンテナや次項で述べるようなオカルタとして用いる場合、展開後の形状精度が問題になります。ふつうに考えると、こういった展開膜構造に精度を求めること自体に無理がありそうですが、「じゃあ、どの程度までなら精度を高められそうか?」と思い、図2 (a)のように、自己伸展ブームでトラス構造を構成し、それに膜面を取り付け、これに展開構造に必須となる打上げ時の保持・解放機構や展開後のラッチ機構を組み込んだもの(Self-Deployable Membrane Truss, SDMTと呼んでいます)を例に、その高精度化に取り組んでいます。また、こういったものを図2 (b)のように連結した構造にした場合についても検討しています。軌道上外乱等の影響も考慮すると、まだまだ"高精度"と呼べるレベルには達していませんが、軌道上で展開した後の形状制御も含めて、高精度化を進めていきたいと考えています。また、CubeSatを用いたSDMTの宇宙実験の機会が得られそうなので、実現したいと思っているところです。
系外惑星直接撮像用オカルタ
一般に、遠方の恒星を周回する惑星を望遠鏡で直接撮像することは容易ではありません。これは恒星光が強すぎて、惑星からの光(恒星光が惑星に当たって反射した光)が埋もれてしまうからです。そこで、宇宙望遠鏡にコロナグラフを付けて恒星光を遮断して惑星を撮像することが計画されていますが、恒星に近い惑星を捉えようとすると、望遠鏡の口径を大きくする必要があります。そのような場合にも、宇宙望遠鏡と恒星の間に遮蔽物(オカルタ)を配置することで恒星を隠し、惑星を直接撮像可能とするコンセプト(スターシェード)がNASA等により提案されています(図3 (a)、(b))。その提案では、望遠鏡とオカルタとの距離は数万km、オカルタの直径は数十m規模になっています。そこで、筆者らは、図3 (c)のような展開構造で実現しやすい形状、すなわち曲線部の少ない形状で、かつ要求遮蔽性能を満たすオカルタ形状を考えており、それも、このオカルタを前述のSDMTを用いて低コストで実現できないかと考えています。要求される外径形状精度は100 m級オカルタで5 mm未満、オカルタ衛星と望遠鏡衛星とのフォーメーションフライトについても相対距離5万kmに対して視線直交方向の要求精度1 m以下と、どちらも極めて厳しいため、現時点ではまだ夢に近いものですが、より小型のもので形状制御技術や観測技術等の軌道上実証をするなど、段階を踏みながら何とか現実的といえるレベルにまで技術を高めていければと考えています。
おわりに
以上、極めて軽量で柔軟な伸展/展開構造物に関する研究をご紹介しました。打上げに制約がある宇宙機に搭載することを考えると、軽量性・高収納は大変魅力的ですが、より多くのミッションで採用していただくためには、言うまでもないことですが、展開の信頼性や展開後の形状精度を高めること、打上げ前の地上検証性を高めることが重要であり、地道にステップを踏んでいければと思っています。
【 ISASニュース 2022年12月号(No.501) 掲載】