世の中全て波だらけ

われわれの住む宇宙では、日常生活では気に留めないような物理法則が主役となることが多々あります。こういった宇宙を支配する物理法則を考察し、また、ときには新しく考案し、それを観測的に検証していくのは宇宙物理学を考究する面白さの1つです。今日、これらの研究活動を支える現代物理学の柱として、量子力学と相対性理論がよく引き合いに出されます。

その現代物理学の双璧の1つである相対性理論によると、われわれが住む時空(時間と空間)は、天体などの質量により歪(ひず)みます。そして、その歪みの源である天体が加速度運動することで、時空の歪みが波動として遠方へ伝搬することが知られています。これが重力波です。「世の中全て波だらけ」という一節は量子力学を歌った「シュレディンガー音頭」からの出典ですが、量子力学に限らず、相対性理論もある程度「波だらけ」であるのは興味深い一致です。

重力波の史上初の直接観測は、2015年に米国の地上重力波検出器計画LIGOにより達成されました。私はこの時ちょうどLIGOハンフォード観測所にてポスドクをしていたので、今でも当時の興奮を思い出します。この観測イベントはGW 150914と名付けられ、13 億光年程度離れたブラックホール連星の衝突合体から輻射された重力波であることが明らかにされました。本観測を境に、新しい天文・宇宙物理分野「重力波天文学」が始動しました。以来、重力波天文学は勃興分野として、天文分野のみならず、広く素粒子分野などからも注目されています。

拙著ですが、ISASニュース2017年12月号にて重力波観測に関する短い記事を寄稿しました。すでに4年以上が経ちましたので、本稿ではまずは重力波天文学の意義をおさらいし、現状の更新をします。それを受けて、現在私が携わっている衛星を利用した重力波観測計画LISAやそのほか宇宙からの重力波観測の構想について最前線を報告します。

重力波天文学のおさらい

重力波が活躍する観測対象は、電磁波で暗い相対論的な天体・現象です。前述のように、ブラックホールをはじめとするコンパクト連星系(中性子星、白色矮星も含む)の衝突合体が代表的な重力波源です。重力波の光度(単位時間あたりに放射されるエネルギー)は、大雑把には系の典型サイズの2乗に反比例し、典型質量の2乗に比例するので、基本的には高密度な天体や天文現象が観測ターゲットとなります。加えて、電磁波観測との違いとして、重力波は透過力が高いという点があります。したがって、高密度天体内部の質量・震動情報や、宇宙の晴れ上がり以前の情報などにも直接アクセスできると期待されています。以上より、重力波観測はこれまでの天文観測とは質の異なる天文・宇宙物理情報を獲得する手段という整理になります。

さて、重力波の観測装置とその近況へと話題を移します。観測方法は現在、レーザー干渉計が主流です。レーザー干渉計は、重力波の到来によって引き起こされる時空の歪みを、光路長のわずかな伸縮として精密に計測します。実際に重力波天文学を牽引する地上の観測装置はいずれもレーザー干渉計です。現在、稼働可能な地上重力波レーザー干渉計は、2つのLIGO観測所(基線長4 km)、欧州のVirgo(3 km)、そして日本のKAGRA(3 km)の合計4台です。これら地上レーザー干渉計は、国際観測網として第3期同時観測(O3)を2020年春季まで実施しました。レーザー干渉計は概ね全方位から到来する重力波に感度を持つため、1台では波源の到来方向を特定することが困難です。したがって、このように複数台を同時観測させることで、重力波の到来方向を決定しています。次期観測期となるO4は、2022年12月中旬スタートが予定されており、現在、それぞれのレーザー干渉計は感度向上のためのアップグレードを実施しています。

これら地上レーザー干渉計によってこれまでに観測された連星合体のイベント数は、実に90例に達しています(図1)。地上のレーザー干渉計は100 Hz付近で振動する重力波に対して感度が高く、総質量にして太陽質量の数倍-100倍を持ったコンパクト連星系の衝突合体を探索していることに相当します。

図1

図1:地上検出器で観測された連星合体重力波イベント。青丸は重力波観測により確認されたブラックホール。オレンジの丸は同観測により確認された中性子星。赤丸と黄丸はそれぞれ電磁波観測で知られているブラックホールと中性子星。矢印は衝突合体を表し、丸の大きさは天体質量を表す。重力波観測イベントは観測された順に左から並ぶ。電磁波観測天体はランダム順序。(credit : LIGO-Virgo-KAGRA/A.Geller/Northwestern)

LISA:宇宙からの重力波観測

もちろん、地上レーザー干渉計も万能ではありません。地上検出器は、地面振動由来の雑音の存在により、低い周波数、特に10Hz以下で高感度を達成するのが困難です。これを受けて、低い周波数帯を観測するために、地面振動のない宇宙空間にレーザー干渉計を構築するという発想に行き着きます。これは電磁波をとらえる望遠鏡における「大気の窓」とそれを回避するための宇宙望遠鏡の役割に近い考え方です。

LISAはESAのCosmic Visionプログラムの第3大型計画(L3)として2017年に提案が採択された宇宙重力波観測計画です。2035年の打上げを目指して、現在開発が進められています。LISAは1 mHz付近の低い周波数で振動する重力波を観測するレーザー干渉計です。この周波数帯では、より重たい連星系が観測できます。実際にLISAでは太陽質量の106倍ある超大質量ブラックホール連星を赤方偏移でz= 10よりも遠くまで探索できる感度設計となっています。

超大質量ブラックホールは、天の川銀河をはじめとする銀河の中心に普遍的に存在しており、宇宙の大規模構造や銀河進化を語る上でなくてはならない存在です。しかしながら、その質量獲得史については未だ謎が多いです。LISAは、ブラックホール連星合体の観測を通じて、その質量獲得史を目撃してくると期待されています。ほかにも多様な観測対象が提案されていますが、本稿では割愛します。

LISAでは、Arianeロケットにより衛星3機を同時に打ち上げ、地球の公転に対して20度ほど遅れた太陽周回軌道に投入します。3機の衛星はさらに、cartwheel軌道(レコード盤軌道とも呼ぶ)に配置されます。本軌道では3機の衛星が互いを回転しあい、1辺250万kmの正三角形状をほぼ維持しつつ、1年で1 旋回します(図2)。

LISAは、波長1064 nmのレーザー光束を衛星間で交換しあい、重力波が到来することで引き起こされるレーザー光束の光路長変動(位相変動と等価)をモニタすることで重力波観測をします。その感度は重力波振幅にして10-20 /Hz1/2で、光路長変動に換算すると10ピコメートルオーダーの変動をモニターすることに相当します。

図2

図2:LISAの軌道と衛星のイメージ図。

LISAフォトレシーバの開発研究

LISAの設計感度を達成するためには、干渉計出力であるレーザー光量を低雑音で読み出す必要があります。レーザー光を受光し、低雑音で電圧信号へと増幅する装置はフォトレシーバと呼ばれ、重力波レーザー干渉計の心臓部を構成します。

私が主査を務める宇宙理学委員会LISAワーキンググループは、LISA開発母体であるLISAコンソーシアムの一部として、本フォトレシーバの開発検討を2019 年度より実験的に実施してきました。要求される性能・特性のうち主要なものは、(1)応答帯域5 - 25 MHz、(2)受光素子(InGaAs素子)口径1 mm以上、(3)入力換算電流雑音2 pA/Hz1/2以下、となります。このうち、大きな受光素子口径と低雑音性の2つは背反します。すなわち、大口径化はInGaAs素子に付随する接合容量を増大し、回路の入力電圧雑音の影響を増加させてしまうため、われわれの場合10 MHz以上で雑音性能を劣化させます。

浜松ホトニクス社協力のもと、2 回の試作を通じて、口径1.5 mmでかつ接合容量10 pF/segを下回るInGaAsフォトダイオードアレイを獲得できました。そのアレイ素子を、インハウス開発の読み出し回路BBMに接続し(図3)、上記の要求を満たすことを2021 年ついに確認できました!すなわち、搭載に向けて最低限必要な技術レベルが実証できたという構図です。

これら日本ワーキンググループが検討してきた概念は、2021 年夏季よりESAの国際調整の指針上、第二候補扱いとなっていますが、2022 年夏・秋季までを目処に第一候補である欧州チームの提案と技術レベルを比較の上、搭載品供給国の最終化が実施される予定です。もしも、日本グループの概念が採用された場合は、JAXA戦略的海外共同計画として、搭載品供給を提案する心づもりです。結果はまたの機会に報告させてもらいます。

図3

図3:LISAフォトレシーバBBM。中心にTO5パッケージに入ったInGaAsフォトダイオードアレイが搭載。4セグメントそれぞれに低雑音増幅回路が装備されている。回路寸法は40 mm × 40 mm。

「世の中全て波だらけ」の極限を観測する

今さらですが、私の科学目標を述べます。それは初期宇宙に発生したとされる重力波輻射、すなわち原始重力波背景輻射を直接観測することです。

標準的な宇宙創生論では、宇宙が誕生して間もない瞬間、重力波成分を含む場(field)は量子力学的な真空揺らぎ状態にあったと考えられています。これは、冒頭で述べた「世の中全て波だらけ」の極限状態、つまり、全てが波動関数によって支配される「確定していない」宇宙の状態に相当します。

その後、急激な空間膨張インフレーションにより、重力波成分は古典化され、「確定された」背景成分として今日の宇宙空間を満たしていると予想されています。こういった原始背景重力波を観測することは、晴れ上がり以前の初期宇宙を見ることに相当します。こういった観測は、現代物理の双璧である量子力学と相対性理論を矛盾無く包含する理論を構築していく上で、重要なヒントを与えてくれるものと期待されています。

突破口は編隊飛行技術

夢を語りましたが、技術的な実現性はどうでしょうか。原始重力波を直接観測するためには、LISA同様、軌道上に重力波レーザー干渉計を構築し、天体由来の前景重力波が比較的少ない0 . 1 Hz付近の周波数帯をより高感度(10-24 / Hz1/2レベル!)で新しく探査することが求められます。国内ではB-DECIGOと呼ばれる宇宙重力波レーザー干渉計コンセプトの検討が進められており、まさに本周波数帯の観測を狙うものです。そのキー技術の1 つは、100 km間隔で飛翔する複数人工衛星の相対位置をレーザー波長(典型的には一声1 ミクロン)よりも十分に良い精度で制御する編隊飛行(フォーメーションフライト)技術です。

このような中、宇宙工学委員会フォーメーションフライトWGを母体として、SILVIAが公募型小型衛星として2020 年2 月にコンセプト提案されました。SILVIAは工学技術実証衛星として、将来の宇宙重力波レーザー干渉計や、複数開口合成による先鋭的な電磁波天文観測に必要となる編隊飛行技術を、軌道上実証する野心的な構想です。現在SILVIAはPre-Phase A 1 b期におり、私も主体的に技術検討に関わっているところです。

以上より、SILVIAを進めていくことが、今後、我が国が宇宙重力波レーザー干渉計構想を主導していく上での突破口になりうることが見てとれます。

終わりに

以上、駆け足でしたが、重力波観測のこれまでとこれからをお伝えしました。宇宙研における新たな重力波研究取り組みの歴史はまだまだ浅いですが、よりエキサイティングな報告をできるよう精進していきます。

【 ISASニュース 2022年4月号(No.493) 掲載】