ロケットの内部弾道学とは
宇宙科学や宇宙利用を推し進めるのに無くてはならないロケットの技術は学際性が高く様々な科学技術からなっています。その中でもここで紹介する「ロケットの内部弾道学(Internal Ballistics of Rockets)」は、ロケットの推力発生機構を研究することで、性能向上と開発効率向上に寄与する学問と言えます。
ここでは古典力学で物体の運動を扱うニュートンの運動方程式 a=F/m から説明を始めましょう。この式で a は加速度、F は力、m は物体の質量を表します。加速度は速度の時間変化率(時間微分)なので、dv/dt=F/m と書くこともできます。ロケットの推進形態はジェット推進と呼ばれ、その原理は噴射口から噴き出す気体に働く作用に対する反作用として説明されます。ロケットに働く力 F は推力と呼ばれ、噴射気体への作用が大きければ大きいほどその逆方向に大きくなります。噴射気体への作用は、単位時間に排出する気体の運動量、すなわち気体の質量流量 ṁ と有効排気速度 Ve の積で計算できます。これらを踏まえてロケットの運動方程式を書き換えるとdV/dt=-(Vedm/dt)/m となり、これをある時間(1)から別の時間(2)まで積分すると、V2-V1 = Veln(m1/m2)が得られます。これがツィオルコフスキーのロケット方程式です。
有効排気速度 Ve は推進剤を構成する化学種とその配合率、燃焼圧力や使用環境圧力を定めると値が定まります。真空の場合に排気ガスへの作用が最大、すなわち有効排気速度は最大となります。図1 に酸化剤・燃料質量比(O/F比)を横軸にして、各種推進剤の組について真空有効排気速度を示しました。これらのデータはWeb上で NASA- CEARUN を使うと簡単な入力によって計算することができます。有効排気速度が決まれば、ロケット方程式から推進剤の質量比に対して増速量を計算することができます。例えば、酸素-水素のO/F比を3とし、燃焼圧力50気圧で運用する1段式ロケットで、初期全重量の8割を推進剤とした場合を計算してみます。この場合、図1から真空有効排気速度は約3,000 m/sで、燃焼終了後に2割の質量が残りますので、増速量は3,000×ln(1 / 0.2)≈ 4,800[m/s]と計算されます。この増速量がこの条件下で出しうる限界性能です。このようにロケットの性能の上限を計算することは比較的容易で、化学種の熱力学データと化学平衡計算によって求めることができます。
しかしながら、実際のロケットは各種の損失要因があるため、この限界性能を出せません。製作したロケットの真の性能を知るためには、関係する様々な物理化学過程を研究し損失の程度を評価する必要があります。これらの過程は外的要因(空力特性など)や内的要因(推進特性など)に分けられ、前者を外部弾道学が、後者を内部弾道学が取り扱います。内部弾道学で取り扱う物理化学過程は、化学平衡のような極限状態や定常状態ではなくて、ロケット推進系内で起きる相変化、化学反応、流動、波動、物質・運動量・熱の拡散等の速度過程です。実際のロケットの設計・開発においては、これらを十分な精度で定量予測することは未だ困難であり、試作実験による計測・試行錯誤を必要とし、多大な時間とコストを要しています。液体ロケットにおける液滴崩壊・蒸発・混合・燃焼を伴う流体力学、固体ロケットにおける固体粒子の加熱・凝集・相変化・化学反応・移流と気体流動の相互作用、ハイブリッドロケットにおける固体燃料の気体化と乱流境界層燃焼の相互作用等は、未だに十分な厳密さをもって定量評価することが困難な速度過程の代表と言えます。
次章では、ロケットの内部弾道学の重要さをさらに知っていただくために、近年筆者の研究グループで研究を進めて来たハイブリッドロケットの場合を例にとって説明を続けます。
ハイブリッドロケットの内部弾道学の進展と今後の課題
ハイブリッドロケットは通常、燃焼室に搭載された固体燃料に液体(または気体)酸化剤を吹き付け、燃料表面に拡散火炎を形成させる形態の化学ロケットです。このような燃焼現象は境界層燃焼と呼ばれ、ろうそくの灯火や空気中で木材などの固体が燃えるのと原理的に同じです。ハイブリッドロケットの利点は燃料が自発的に気化しないので、たとえ酸化剤が漏洩し気化したとしても爆発性雰囲気が形成されないため、爆発ハザードが起こりにくいという安全性の高さに代表されます。近年、宇宙観光の商業化が始まろうとしていますが、その先鋒Virgin Galactic社のSpaceShip 2にハイブリッドロケットが用いられているのも安全性の高さ故です。一方、ハイブリッドロケットは境界層燃焼であるがために、燃焼効率が低くなったり、O/F比が変動したりするなどの特有の問題を抱えています。これらの問題を解決するためには境界層燃焼をより詳しく理解することが重要であり、これがハイブリッドロケットの内部弾道学の主目的となります。
液体の推進剤(酸化剤と燃料)を用いる液体ロケットや、固体推進剤を用いる固体ロケットと比べると色々な観点でハイブリッドロケットの特異性をあげることができます。その中でも顕著な点の1つとして、運用時のO/F比設定の問題があります。固体ロケットの場合には推進剤のO/F比は酸化剤や燃料の粒度(通常数十ミクロン)のスケールで製造時に予め設定されており、運用時のO/F比は既知です。また、2液式液体ロケットの場合は、酸化剤と燃料の噴射量(圧)をタービンや気畜器を用いて個別に設定することで運用時のO/F比を設定できます。一方、ハイブリッドロケットでは、酸化剤流量は自在に設定できますが、燃料流量は燃料発生の物理化学過程を経て定まります。燃料が単位時間あたりに消耗(減肉)する厚みを燃料後退速度と呼び、燃料流量は燃料後退速度に固体燃料密度をかけて燃料表面に亘って積分して計算されます。運用中にO/F比を知るためには、燃料後退速度を局所・瞬時に計測したり、十分に厳密な数理モデルによって正確に予測したりする技術が求められます。
燃料後退速度は燃焼室内の流動と化学反応のモデル、燃料表面での速度過程のモデルなどによって規定されます。前者には酸化剤液滴流動、質量付加を伴う表面での乱流境界層の発達と推進剤の乱流拡散混合と燃焼の相互作用のモデルが含まれ、後者では燃料への対流・輻射熱伝達や燃料の相変化・熱分解、燃料気化のモデルが含まれます。また、燃焼器のサイズや燃料グレイン形状の時間変化も重要な要素です。これら全てを包括的に直接解析することは現代においても困難であり、そのためいくつかの学理要素に分割してモデリングすることが行われています。本稿では燃料後退速度が外部からの加熱量に支配される場合について述べます。着火時のように燃料表面が低温の場合や、燃料が液化し主流に液滴が巻き込まれる効果が顕著な場合については紙面の都合上割愛します。
今から半世紀前には既にハイブリッドロケットの内部弾道学の大枠は整理されていました[1]。外部からの加熱は対流熱伝達と輻射熱伝達に大別されました。どちらの加熱が高くなっても燃料発生率は増加しますが、燃料の噴出効果が増すことで対流加熱率には抑制効果が現れるのに対し輻射加熱率にはそれがないため、輻射を考慮しないときの対流加熱率に比べて輻射加熱率がある程度大きくなってくると、燃料後退速度は両者の単純な重ね合わせによるのではなく、両者の非線形な融合で表されることがわかっていました。
対流熱伝達率については境界層燃焼と噴出効果を加味したMarxmanのモデル[2]が長い間用いられてきました。そのモデルでは境界層内の速度プロファイルが火炎の局所温度上昇や軸方向の圧力勾配に影響を受けないと仮定されています。しかし、その後の実験によって火炎付近での速度プロファイルに極大値が見られることや、その極大値が主流速度を上回ることが示されて修正が必要と考えられつつあります。近年の数値シミュレーション(CFD)を用いたハイブリッドロケット内部流の解析結果によってもこれが支持されています。このように、ハイブリッドロケット燃料表面の境界層では境界層外縁から壁に向かって速度が単調減少するのではなく、途中に極大値を持つことがあります。これはその近辺に存在する拡散火炎からの加熱が運動エネルギーに変換されて増速するためと考えることができます。このため対流加熱率は従来のMarxmanモデルによる評価に比べて高くなるものと予想されます。この点に関する明確な理解を得るために今後より詳細な内部弾道学の研究が進み、新モデルができることで予測精度が高まり、ロケット性能の向上と開発の効率化が進むものと期待しています。
次に輻射加熱ですが、大別すると燃焼ガスを構成する高温気体分子の寄与と高温固体粒子からの寄与に分けることができます。従来は火炎領域を無限小の薄さの領域(面)と仮定し、放射源(灰色体)から燃料壁までの放射長に応じた減衰を見込んで両者の輻射を見積もるモデルが使われてきました。高温気体分子からの輻射加熱は圧力には依存するが、質量流束には依存しないものとして計算されました。しかし現実には質量流束が変化すると対流加熱率が変化し、それによって燃料後退速度が変化し、結果としてO/F比が変化し、その結果燃焼ガス中の化学種質量分率が変化し、輻射加熱率に影響することが考えられます。また、固体粒子からの輻射については燃料に金属を含まない場合でも、煤粒子が主な輻射源であることがわかってきました。近年になって、こうしたことを背景に輻射加熱率に関してより厳密でかつ使いやすいモデルが提案されています。特に重要なのは煤からの輻射ですが、煤の前駆体となる分子から煤粒子が生成されるメカニズムについては現在においても不明な点が多く残されています。最近、筆者らのグループで実施したパラフィンワックス燃料と酸素のハイブリッド燃焼実験[3]に対して、煤の生成速度に関する半実験的モデルであるGlobal Soot Model[4]等を用いて3次元輻射熱伝達と準1次元流動解析を組み合わせた内部弾道特性評価を実施しました。その結果、煤からの輻射と対流・輻射の相互作用をモデルに入れることで実験結果が良好に再現されることが明らかになりました(図2)[5]。今後煤粒子の表面積の評価モデルを含めたより詳細な煤生成モデルを用いた研究が行われれば良いと考えています。
これまで、対流加熱のみを考慮した3次元乱流燃焼解析(図3)[6]と、3次元輻射を考えた準1次元流動解析が可能となりました。今後は前者の計算速度を改善し、後者で築いた輻射モデルを組み合わせて、大規模渦流動を含む3次元乱流燃焼解析に煤生成と3次元輻射シミュレーションを統合した研究によって、可変旋回流型ハイブリッドロケットの内部弾道学を構築することを目標としています。ゴールまでは未だ道半ばというところでしょうか。多くの若い研究者の力強い活躍を期待しています。
[1] D. W. Netzer, "Hybrid Rocket Internal Ballistics, " Chemical PropulsionInformation Agency (CPIA) Publication 222 , Jan., 1972 .
[2] G. A. Marxman, "Combustion in the Turbulent Boundary Layeron a Vaporizing Surface, " 10 th Symposium (International) onCombustion, pp. 1337 - 1349 , The Combustion Institute, 1965 .
[3] W. Yao, et al., "A Global Soot Model Developed for Fires: Validation inLaminar Flames and Application in Turbulent Pool Fires, " Fire SafetyJournal, Vol. 46 , No. 7 , pp. 371 - 387 , 2011 .
[4] J. Messineo, K. Kitagawa, C. Carmicino, T. Shimada, C. Paravan,"Reconstructed Ballistic Data Versus Wax Regression-Rate IntrusiveMeasurement in a Hybrid Rocket, " Journal of Spacecraft andRockets, Vol. 57 , No. 6 , pp. 1295 - 1308 , 2020 .
[5] G. Naka and T. Shimada, "Numerical Model of Radiative andConvective Heat Flux for Fuel Regression Rate of Wax-based HybridRocket, "AIAA- 2021 - 2040 , AIAA SciTech Forum, Virtual Event, Jan.2021 .
[6] M. Motoe, T. Matsuno and T. Shimada, "Numerical Analysis ofCombustion Field in Hybrid Rocket Motor with Swirling and AxialOxidizer Injection, " EUCASS 2017 - 506 , 7 th European Conferencefor Aeronautics and Aerospace Sciences, 2017 .
【 ISASニュース 2021年11月号(No.488) 掲載】