はじめに

2019年4月5日、小惑星探査機「はやぶさ2」は、小型搭載型衝突装置(Small Carry-on Impactor略してSCI)により、小惑星リュウグウ表面に直径10mを超える人工クレーターの形成に成功しました。また、このクレーターの形成の様子は、「はやぶさ2」から分離した超小型衛星(Deployable CAMera 3略してDCAM 3もしくは分離カメラ)により、その一部始終が観測されました。本稿では、主にこの「はやぶさ2」が成し遂げた人工クレーター形成実験の科学的成果について紹介したいと思います[1]

「はやぶさ2」ミッションと人工クレーター形成実験

小惑星リュウグウを探査する「はやぶさ2」ミッションでは、リュウグウ表面から試料を採取して地球に持ち帰ることが最も重要な目標となっています。リュウグウは、「はやぶさ」が探査したSタイプ小惑星のイトカワとは違ったCタイプ小惑星であり、水や有機物を含んだ試料を採取することが期待されています。一方、有機物や鉱物中に結晶水として含まれる水は、太陽放射や太陽風、更には宇宙線により、変成・消失する可能性があります。リュウグウの最表面の試料を持ち帰ったとしても、そのような宇宙風化を強く受けている可能性があります。リュウグウの進化を解明するには、もちろん、現在起きている宇宙風化の理解も重要ですが、リュウグウ、もしくは、その母天体内部における過去の進化過程を強く反映した試料の採取が必要です。宇宙風化の影響は、地表面で最大となり地下では小さくなります。太陽放射による加熱の影響は数十cm、銀河宇宙線でも1mほど地下に潜るとその影響はかなり軽減されます。そこで「はやぶさ2」では、地下からの試料採取を実現するために、地面を掘り起こす手段として人工クレーターを利用することにしました。

人工クレーターを惑星探査で実現する試みはNASAで何度か行われています。例えば、フライバイ型のDeep Impactミッションでは、彗星核に370 kgのインパクターを衝突させることで人工クレーターを形成し、その時に放出される彗星核物質を観測しています。一方、「はやぶさ2」では、リュウグウにランデブーした状態で「SCI」により人工クレーターを作り、その様子を「DCAM3」により観測しました。さらに、衝突前後のリュウグウ表面を望遠光学航法カメラ(ONC-T)で撮影し、人工クレーターの詳細な地形再現も行っています。「はやぶさ2」は、人工クレーターの視点で言えば、これまでに行われた人工衝突による探査とは一線を画す能動的な惑星探査と言えます。実験室での衝突実験を超える様々な成果が期待されました。

深宇宙での衝突実験

今回の人工クレーター形成実験は、地下物質の採取を目的としたものでしたが、同時にクレーター形成メカニズムを研究するための実験としても位置づけられました。月のクレーターを再現するために始まった衝突実験は、現在も、小惑星を始めとする太陽系天体上に観測されるクレーターを再現し、そのサイズや放出物の速度分布を記述するスケール則を構築するために行われています。クレーターに関するスケール則の応用範囲は広く、例えば、クレーター年代学の較正、天体の表面強度等の物性や表層構造の推定、天体の衝突集積過程、そしてスペースガードなどが挙げられます。

これまでクレータースケール則は、室内実験とそれを元にした理論的研究から構築されてきました。「はやぶさ2」が行ったSCIによる人工クレーターの形成実験は、室内実験並に良く制御された環境下で実施されたもので、このスケール則の検証にはもってこいの機会となりました。この機会を十二分に活用して、室内実験並の観測を行うために「はやぶさ2」では2つの観測運用を行いました。1つは、衝突点領域のONC-Tによる事前・事後観測、もう1つは、DCAM 3によるSCI衝突の観測です。この両者が成功したことで、室内実験を超える宇宙での衝突実験を成し遂げることができました。

SCI運用では、SCIから直径13cmの中空銅弾丸が、速度2km/sでリュウグウの赤道付近に向けて発射され、見事に着弾しました。この着弾地点付近の事前・事後観測は、数10cmのクレーターでも判別できるように高度1.7km、解像度18cm/pixelで行われました。また、2度目のタッチダウンに関連して、SCIクレーターの周囲は100m程度の低高度で撮影が行われました。その結果、SCIクレーターそのものに関して、かなり精密なデジタル高度地形図(Digital ElevationMap:DEM)が作られています(図1)。これがクレーター形成メカニズムの研究に役立っています。

図1

図1 おむすびころりんクレーター付近のDEM。赤点線がクレーター形状を表し、黒点線はクレーターリムの形状を表す。図の上側が北方向を表す。[1]の図を改訂。

DCAM3によるエジェクタカーテンの観測

DCAM3は、理学研究用のデジタル通信が可能な広視野カメラ(DCAM 3-D)を搭載しています。SCI運用において、DCAM 3は「はやぶさ2」から分離されたあと、2時間以上撮影を続けました。DCAM 3-Dは、衝突前にはSCI本体を観測することに成功し、衝突後にはクレーターから放出されるレゴリス粒子が作るエジェクタカーテンを撮影することにも成功しました。SCI本体の位置を確認できたので、リュウグウ上の着弾地点と繋ぐことでSCI弾丸の軌跡を再現できます。この軌跡と地表面の関係から、SCI弾丸は南から北に向けて衝突しており、地表面に対して60°の角度(正面衝突の場合90°)で衝突したことが分かりました。また、着弾地点は予定していた地点からわずか20mしか北にずれていませんでした。DCAM 3は着弾点から約1km離れた位置から観測しており、その位置でのDCAM 3-Dの分解能は約1m/pixelでした。

SCIクレーターが10mを超える大きさだったので、放出物の量も多く、かなりはっきりとエジェクタカーテンの成長の様子を撮影することができました。

エジェクタカーテンは、衝突直後の数秒は北側一方向に成長し、そのあと、他方向へもゆっくりと成長しました(図2)。衝突後100秒を越えると南側のカーテンが欠損していることが分かるようになり、200秒後ではその欠損はよりはっきりします。一方、クレーターの成長に伴うエジェクタカーテンの成長もこの辺りで終わっており、そのあとはエジェクタカーテンがリュウグウの重力により徐々に表面に堆積していく様子が撮影されています。500秒後になるとそのエジェクタの堆積領域が40m程度にまで広がっています。以上の観測で重要なのは以下の2点です。1つは、SCIクレーターの南側にはエジェクタカーテンが成長していないこと、もう1つは、クレーターの成長時間は200秒以上と長く、放出されたエジェクタが作るカーテンの根元はいつも地表面に接地しているということです。1つめの観測結果は、南側はほとんどクレーターが成長しなかったことを示唆しています。また、二つめの観測結果は、このSCIクレーターの成長を止めたメカニズムが重力であることを示唆しています。

図2

図2 DCAM3-Dにより撮影されたエジェクタカーテンの画像。左から衝突後5秒、192秒、396秒後となっている。それぞれの画像の右側が北方向を表す。[1]の図を改訂。

おむすびころりんクレーターからわかること

SCIクレーターは、プロジェクトチームにより「おむすびころりんクレーター」と命名されました。この「おむすびころりんクレーター」は、ONC-Tの事前・事後撮影画像やそれから作られたDEMなどから、幾つかの特徴が浮かび上がってきました(図1、図3)。まず、クレーターの形状は南側が弦の半円形で、その直径は14.5 mでした。次に、クレーターの北側周囲は高さ40 cmほどの堆積リムで囲まれており、そのリムが作る半円の直径は17.6mでした。また、クレーターの中心付近にはピット状の窪地があり、その直径は約3 mで深さは60cm程度、そのピット入り口までのクレーターの深さは約1.7mでした。クレーターの内部には約5mの大きな岩塊(イイジマ岩)があり、これは衝突により3mほど北西に移動しています。一方、クレーター南端の大きな岩塊(オカモト岩)は、衝突点近傍にあるにも関わらず、ほとんど移動しませんでした。

図3

図3:ONC-Tにより撮影された衝突後のSCI衝突点付近の写真。Aはクレーターを中心に周辺領域も撮影した写真。BはA中の四角形部分を低高度から撮影した写真。それぞれの写真の上側が北方向を表す。[1]の図を改訂。

SCIの地上試験では、砂地に約2mのクレーターを形成しましたが、「おむすびころりんクレーター」は、この大きさと比べると7倍以上大きなことが分かります。また、クレーターの半円形の形状は、DCAM 3の観測結果と整合的です。南側にクレーターが成長しなかった理由は、オカモト岩で掘削が妨げられたからだと考えられます。オカモト岩がイイジマ岩の様に移動しなかった理由は、オカモト岩は、表面には現れない岩体が地下深くに広がっていたからだと推測されます。ピットの存在は、リュウグウの地下2m程には100〜700 Paの強度を持つレゴリス層があることを示唆しています。また、クレーター周囲の堆積リムは、砂上に形成されるクレーターの特徴で、クレーターの成長が重力で止められたことを表しています。これらの事実から、「おむすびころりんクレーター」は重力支配域といわれる、重力がクレーターの成長を止める領域で作られたことが判明しました。リュウグウの表面重力が、地上の10万分の1と小さいことが大きなクレーターができた理由と言えます。

サラサラした砂に対して作られた重力支配域のクレータースケール則に、SCI衝突の条件を入れてその大きさを見積もると、半径は6.9mから7.7mとなります。この大きさは「おむすびころりんクレーター」の半径7.3mをほぼ再現しており、リュウグウの表面は砂のようにサラサラして流動的だと言えます。一方、リュウグウの表面は砂地のような場所はどこにも存在せず、一面ゴツゴツした岩塊で覆われています。SCIが衝突した領域も数mから数十cmの岩塊で覆われており、SCI弾丸の直径(十数cm)程度の岩はゴロゴロしていたと思われます。しかしながら、リュウグウ表面の岩塊は、砂粒よりもずっと強度は弱く脆いと言われています。一見、砂地とは大きく異なる地形を持つこのリュウグウに大きなクレーターができた理由は、表面を覆う岩塊が脆く弱いからなのかもしれません。岩塊の強度がクレーターサイズに及ぼす影響については、現在、私達も研究を進めています。

おわりに

2度目のタッチダウンの位置を決める際に、クレーターから放出したエジェクタの堆積領域を特定する必要がありました。その際、DCAM 3チームからは、南側へのエジェクタがほとんど成長しておらず、その堆積も確認できないことを報告しました。一方、ONCチームにより、SCI衝突前後のクレーター周囲の反射率変化マップが発表され、エジェクタ堆積が南側ではほとんどないことが報告されました。それらの報告と安全性等を考慮して、クレーターの北側へのタッチダウンが決定し、そのあと、実施されました。SCIによる人工クレーター形成実験に関わった一人として、回収した試料の中に、当初から目論んでいた宇宙風化の少ない試料が含まれることを心から祈っています。

参考文献

[1] Arakawa, M., Saiki, T., Wada, K., Ogawa, K., et al. ( 2020 ). An artificial impacton the asteroid ( 162173 ) Ryugu formed a crater in the gravity-dominatedregime. Science, 368 ( 6486 ), 67 - 71.

【 ISASニュース 2020年11月号(No.476) 掲載】