はじめに

太陽系のような惑星系は、この宇宙においてありふれた存在なのでしょうか。近年、私たちの住む太陽系の周りとは大きく異なる環境下に存在する原始星(生まれたばかりの星)の化学組成が明らかになりつつあります。本稿では、日本の赤外線天文衛星「あかり」と地上の大型望遠鏡群の連携により研究の一端が切り拓かれた、低重元素量銀河における星・惑星材料物質の化学的多様性について、最新の研究成果を交えて紹介します。

宇宙の化学進化と星間分子

私たちの身の回りには炭素、窒素、酸素をはじめとした様々な元素が存在します。天文学では、水素・ヘリウム以外のこれらの元素は全て重元素と呼ばれています。重元素は、恒星内部の核融合反応などにより生成され、星の死に伴い星間空間へと放出されていきます。放出された元素は、次の世代の星の材料として使われ、星の誕生と死の繰り返しにより銀河の中では物質が循環していきます。

宇宙誕生の一大イベント「ビッグバン」で生成された元素は、ほぼ水素とヘリウムだけで、初期の宇宙には重元素はほとんど存在していなかったと考えられています。このため、星間空間の重元素量は、過去から現在にかけて銀河の中で星の誕生と死のサイクルが繰り返されることで増加し、宇宙の時間進化に伴い増えてきたわけです。

それでは、現在の太陽系で見られる生命や物質の多様性は、過去の星・惑星系にもあったのでしょうか。太陽系が誕生したのが約46億年前、宇宙の年齢が約138億年であることを考えると、太陽系が生まれる前にも銀河の中では多くの星・惑星系が作られていたはずです(注)。そして過去の宇宙では、星や惑星の材料となる星間物質の重元素量は現在の太陽系近傍と比べてずっと低かったと考えられます。実は、現在の宇宙の中にも、重元素量の低い領域は存在します。それらは例えば、星の材料となるガスの塊(分子雲)が少ない天の川銀河の外縁部であったり、星形成のサイクルがあまり進んでいない銀河であったりします。

(注)天の川銀河は100億年以上前に誕生したと考えられています。

観測天文学の進展により、星や惑星の材料となる星間物質中には、100種類以上もの様々な分子が存在していることが報告されています。この中には、水や大型有機分子など、生命にとって不可欠な物質も含まれています。それらの星間分子の材料となるのはもちろん重元素です。では、低重元素量の過去の宇宙にもこのような化学的多様性はあったのでしょうか。

例えば、重元素量が現在の太陽系近傍の半分であった過去の星・惑星形成領域では、星間分子の存在量も単純に半分だったのでしょうか?重元素が少ない環境下では、分子の存在量が重元素量に比例して減少する、というのが最も単純な予測でしょう。しかし、重元素量の違いは、星形成領域における固体微粒子(ダスト)存在量や輻射環境などにも影響し、様々な環境の変化を同時にもたらします。

長らく、観測の難しさにより、原始星の化学組成に関する研究は太陽系が属する天の川銀河内の天体に限られていました。そのため、重元素量が太陽系近傍とは異なる環境にある原始星の化学はよくわかっていませんでした。

低重元素量銀河の原始星

南天の夜空に輝く2つの銀河「大マゼラン雲」と「小マゼラン雲」は、重元素の少ない環境における星形成や星間物質の研究をする上で非常に重要な天体です。大小マゼラン雲はどちらも若い銀河であり、天の川銀河の円盤部よりも重元素量が低いことが知られています(大マゼラン雲は太陽近傍の約半分から1/3程度、小マゼラン雲は1/5から1/10程度)。これらの重元素量は、おおよそ100億年前から60億年前頃の、我々の銀河系の重元素量に近いと考えられており、まさに過去の宇宙の始原的な環境を今に残す銀河です。大小マゼラン雲は活発に星形成をしていることが知られています。このため、星間物質の研究、特に星間分子の化学組成の研究をする上で欠かせない分子雲コアや原始星が数多く存在します。加えて、大小マゼラン雲は天の川銀河の近傍に位置するため、系外銀河であっても一つ一つの星を空間的に分解して観測することができます。このような利点のため、歴史的にもマゼラン雲はこれまで多くの天文学者の観測対象となってきました。しかし、マゼラン雲内に原始星が次々と発見され始めたのは、2000年代後半以降でした。それには、2006年2月に打ち上げられた赤外線天文衛星「あかり」の活躍が大きく関わっています。

図1

図1 「あかり」IRC大マゼラン雲サーベイにより得られた赤外線画像。右側には取得された近赤外スペクトルの一例を示す。(Shimonishi et al. 2012 より改変)

「あかり」は、メインミッションである赤外線全天サーベイに加えて、搭載された近・中間赤外線観測装置(IRC;Infrared Camera)を用いて、大マゼラン雲の集中的な観測を行いました。これにより、大マゼラン雲内の広大な領域に対して、地上観測では得ることのできない高感度の赤外線撮像データが得られました。また、同時に行われた近赤外線(2‒5マイクロメートル)点源分光サーベイ観測は、世界的にも極めてユニークな試みであり、これにより大マゼラン雲内に存在する多数の天体に対して、地上からは観測できない波長域の分光データが得られました(図1)。これらのデータを元に作成・公開された赤外線カタログには、約66万天体分の測光情報と約1,800天体分の分光情報が含まれています。また、同時期には、NASAのスピッツァー宇宙望遠鏡によっても、中間・遠赤外線域における大小マゼラン雲の大規模なサーベイ観測が行われました。

これらの宇宙からの赤外線観測の進展により、マゼラン雲内の膨大な数の天体に対して赤外線の情報が得られました。特に、分光サーベイにより得られた赤外線スペクトルには、天体に付随する氷やダストの情報が含まれており、これらは天体の正確な分類を飛躍的に進め、従来の色・明るさによる基準だけでは分類が難しかった原始星が次々と発見されました。

重元素の少ない宇宙の化学的多様性

このようにして発見された低重元素量銀河中の原始星に対して、地上の大型光学望遠鏡や電波望遠鏡による追観測が続々と行われました(図2)。

図2

図2 大マゼラン雲に発見されたホットコア段階の原始星(ST 16)に対する「あかり」・VLT・アルマによる赤外線・サブミリ波観測の一例。原始星に付随する様々な分子種が検出されている。(Shimonishi et al. 2016 a, 2020 より)

赤外線の波長域には、原始星を包む高密度のガスの塊の中に存在する氷やダストによるスペクトルバンドが見られます。原始星形成の初期段階では、大部分の原子・分子が固相に存在しているため、これらの物質の調査は星・惑星材料物質の化学組成を理解する上で重要です。

「あかり」とヨーロッパ南天天文台の望遠鏡VLTを用いた観測研究で、原始星に付随する氷の系統的観測が世界で初めて銀河系外の天体に対して行われました。その結果、水・二酸化炭素・一酸化炭素・メタノールといった固相分子が、大小マゼラン雲内の複数の原始星に対して検出され、これまで天の川銀河内の原始星でしか知られなかった固相分子の研究が銀河系外の天体へと拡張されました(Shimonishi et al.2008, 2010,2016a)。

電波の波長域では様々な分子ガスからの輝線を見ることができます。特にサブミリ波の観測は、原始星近傍に存在している暖かく高密度の分子ガスの観測に適しています。

星形成の初期段階で作られる氷には、様々な分子種が含まれていますが、これらは星形成活動が活発になるにつれ、暖められ、昇華し、気相へと放出されます。この過程において原始星の周囲では極めて豊かな化学反応が進行することが知られており、多様な大型有機分子が生成されます。この進化段階はホットコアと呼ばれており、星間物質の化学的多様性・複雑性を理解する上で非常に重要な研究対象です。

世界最高性能の干渉計型電波望遠鏡アルマを用いた研究では、「あかり」が探査した大マゼラン雲の原始星に対してサブミリ波観測が行われ、世界で初めて系外銀河中にホットコアが発見されました(Shimonishi et al. 2016b)。これまで低重元素量環境では見つかっていなかった炭素・窒素・酸素・硫黄・ケイ素などを含む様々な分子種が検出され、太陽近傍とは異なる低重元素量環境下の原始星においても多様な分子種が存在することが明らかになりました(それらの存在量の差異については後述)。また、小マゼラン雲内の原始星に対するアルマ観測では、史上最も低い重元素量環境における有機分子(メタノール)の検出も報告されました(Shimonishi et al.2018b)。

このように「あかり」を起点とした一連の研究により、これまで天の川銀河内の天体にしか行われていなかった原始星の宇宙化学的研究が、系外銀河の、それも重元素量の低い環境の天体へと拡張されました。その結果、過去の宇宙における物質進化を探る上で鍵となりうる低重元素量環境下の星間分子化学が明らかになってきました。

図3

図3 原始星に付随する分子ガスの組成を大マゼラン雲と天の川銀河のホットコアで比較したヒストグラム。硫黄を含むSOやSO2のように低重元素量環境でも比較的一定の割合で存在する分子種がある一方で、有機分子(H2 CO / CH3 OH / HNCO)は存在度に大きなばらつきが見られ、低重元素量環境では有機分子が極端に欠乏した天体も見られる。(Shimonishi et al. 2020 より改変)

例えば、有機分子が欠乏した天体の存在は、過去の低重元素量宇宙における星形成領域の化学的特徴の1つかもしれません。マゼラン雲の原始星(ホットコア)には、環境の重元素量に比例する程度の割合で有機分子が存在するものが存在します。これはまさに、炭素原子が少なければ炭素を含む分子も少なくなるというわかりやすい描像を支持する天体です。しかしその一方で、重元素量に対して有機分子が極めて欠乏している天体も存在しています(図3)。このような、天の川銀河内の同様の天体に対して1桁以上有機分子の存在割合が少ない化学組成を持つ原始星は、材料となる元素の存在量の違いだけでは説明できません。このような有機分子が欠乏しているホットコア天体は、天の川銀河内では今のところ見つかっていません。

こういった星形成領域の化学進化はいったい何によって制御されるのか。これは我々の住む太陽系・銀河系の化学的起源、そしてその存在の普遍性(または特異性)を理解する上で極めて重要な問いです。本稿で紹介してきたマゼラン雲の原始星については、最新の星間化学数値シミュレーションも行われ、星形成の初期段階で進行するダスト表面上での氷の化学反応の違いが、ホットコア段階などその後の化学進化に顕著な影響を与えることが示唆されています。これは大部分の大型有機分子が気相反応ではなくダスト表面を介した化学反応により生成されることに起因します。

未だ見ぬ原始星を探して

原始星研究の未開拓領域への挑戦はまだまだ続きます。アルマ望遠鏡によるマゼラン雲の原始星の詳細な観測は現在も継続的に行われており、次々と新たな興味深い性質の天体が見つかることが期待されます。また、マゼラン雲だけでなく、同様に低重元素量環境を有する天の川銀河の外縁部など、これまで原始星の研究が行われていない領域における天体の探査も進められています。さらに、打上げが迫るNASAの赤外線宇宙望遠鏡JWSTや日欧が協力して進めている次世代赤外線天文衛星SPICAなどでは、軌道上からより高感度の赤外線観測が可能になり、重元素量の低い環境下にあってより太陽の質量に近い原始星の物理・化学を調査することができるようになります。

私たちの太陽系に見られる物質の化学的多様性は、遙か昔の重元素量が低かった宇宙でもありふれていたのでしょうか、今後のさらなる研究により観測事例が増えていけば、統計的な理解が進むことが期待されます。

謝辞

本稿は第12回宇宙科学奨励賞の受賞をきっかけに執筆の機会をいただきました。大学院時代よりご指導いただいている尾中 敬先生、ポスドク時代に研究の幅を大きく広げる機会を与えて下さった相川 祐理先生をはじめとして、共同研究者の皆様には心より感謝いたします。また、本稿の成果へとつながった様々な望遠鏡プロジェクトの関係者の皆様、特に「あかり」チームの皆様には厚く感謝申し上げます。

【 ISASニュース 2020年5月号(No.470) 掲載】