はじめに

今年5月に、小型JASMINE(図1)が、JAXA宇宙科学研究所により公募型小型3号機として選定されました。 小型JASMINEは比較的小さい衛星ですが、我々の母なる銀河である天の川銀河(銀河系)の初期の星形成から生命を育む惑星形成に至る銀河形成史の理解を、星の精密な運動と光度の時間変動を観測することで達成する、意欲的なプロジェクトです。国立天文台の郷田直輝教授が約20年前に掲げたプロジェクト案が、関係者の長年の努力によりついに実ったと言え、2020年代半ばの打上げを目指しています。私は、この衛星プロジェクトに昨年からプロジェクトサイエンティストとして正式に参加した新参者です。しかし、私は我々人類を育んだ銀河系が、宇宙の歴史の中でどのようにできたのかを研究しているので、後で述べるように、未知の領域である銀河系の核を詳細に観測する小型JASMINEで、銀河系の歴史の核に迫ることに意欲を燃やしています。小型JASMINEは、銀河系の形成進化の探求と生命の存在が可能な惑星探査という2本の科学的柱をもっていますが、この記事では、私の専門分野に偏って、銀河系形成の研究に焦点をあてて、まず小型JASMINE時代に向けた現在の銀河系研究の最前線に触れて、その後小型JASMINEが切り開くサイエンス、そしてその先の未来に向けた活動について紹介させていただきます。

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図1 小型 JASMINE 衛星

銀河系考古学

ビックバン以降の宇宙の進化の約138億年の歴史の中で、我々人類がなぜ、この銀河系に宿り、宇宙に存在しているのか? という疑問は、我々の存在自体を問う究極の問題です。そのためには、約46億年前に生まれた太陽という1つの星の地球という惑星で人類誕生のきっかけを作った、銀河系という銀河の構造の形成と進化の歴史を解明することが不可欠で、天文学における長年の命題の1つと言えます。

銀河系は、太陽のような自ら輝いている恒星を約2,000億個含む天体構造で、直径が約10万光年ほどの円盤状の構造を持つ円盤銀河です。銀河系の構造は大きく分けて、太陽系が含まれる円盤部(ディスク)、中央の膨らみがある部分のバルジ、そして円盤とバルジの周りを取り囲むハローという大きな構造から成り立っています。また、渦状腕と呼ばれる渦巻き模様があり、さらに円盤の内側には、差し渡し約3万光年にも及ぶ棒状構造(バー)が存在していることが明らかになってきました(図2 参照)。

図2 天の川銀河(銀河系)の模式図 横から見た模式図

図2 天の川銀河(銀河系)の模式図 上から見た模式図

図2 天の川銀河(銀河系)の模式図
天の川銀河(銀河系)の模式図。ハロー構造は描かれていないが、図中でバルジを含むディスク面を含むように周りを大きく取り囲んだ構造である。

遠方の銀河では、その距離が遠いために、これらの構造を構成する個々の星の運動や性質を詳細に観測することは不可能です。しかし、我々が住む銀河系では、様々な年齢をもつ個々の星の運動や元素組成などの性質を詳細に調べることができます。銀河系形成と進化の歴史における異なる時代に生まれた星は、化石のように、我々がその歴史を調べるための手がかりになります。したがって、年齢や元素組成の異なる星が、銀河系のそれぞれの構造に関係してどのように分布し運動しているのかを詳しく調べることにより、銀河系の形成史を明らかにする研究は、銀河系考古学と呼ばれています。

Gaia衛星による銀河系考古学の黄金時代の到来

欧州宇宙機関(ESA)が、2013年12月にGaia衛星を打ち上げ、運用に成功したことにより、銀河系考古学の黄金時代が到来しました。Gaiaは、位置天文衛星と呼ばれ、10億個以上の銀河系の星の位置と運動を正確に測る衛星です。Gaiaの天球面上の天体の位置を測る精度は約10マイクロ秒角で、地球から月面上の百円玉が識別できる精度です。Gaiaは、この高い精度で天体の位置を地球が太陽を公転する間に何度も測り、地球と太陽までの距離がわかっていることを利用して、三角測量で距離を測定します。また、Gaiaは10年間(予定)全天の星を見つめ続けるので、10億個の星が年ごとに、どのように動いているのかという星の固有運動も正確に測れます。さらにGaiaは、分光器も積んでいて、星の分光観測から星の視線速度も測っています。昨年2018年4月、Gaiaは、初期データですが、初めて十数億個の星の観測データを公開して、銀河系天文学に限らず、太陽系の小惑星から、系外惑星、宇宙論まで幅広い分野の研究に革命を起こしています。実際に、まだデータ公開から一年程度しか経っていませんが、すでに2,000近い研究論文で、Gaiaのデータが使われています。

私も、Gaiaの開発に深く関わっている英国の宇宙研究所に所属し、実際 Gaiaデータを使ったサイエンスをするための職として雇われた経緯もあるので、初期データからサイエンスの結果を出すべく準備していました。Gaiaのデータは世界同時公開で、Gaiaチームメンバーでさえもデータ公開まではサイエンスができないという厳密なルールがあります。したがって、データ公開と同時に世界的な競争も始まるので、データ公開前は、自分がやりたいことを誰かに先を越されないか、眠れない日々が続きました。そして、データ公開前から、何本かの論文を共同研究者と共に、解析コードと論文の草稿を準備して、結果と議論を足す状態で臨みました。そのおかげで、そのうちの1つの論文は、データ公開の次の日に投稿することができました。公開されたデータは衝撃的で、星の回転速度を銀河の中心からの距離ごとに見るというとても単純な解析でしたが、そこに波のような速度構造が新しく発見されて(図3)、それを論文にすることができました。その後も、共同研究者とその速度構造の起源を数値シミュレーションとの比較などによって調べて、その一部は、バーや渦巻き構造によるものではないかという見解に至っています。さらにGaiaの大きな成果としては、約100億年前に、そのころの銀河系の1/10以上のかなり大きな銀河が銀河系に合体したという痕跡がハロー星の運動や性質を見ることで見つかったことです。これは、銀河系の100億年前の成長の歴史を明らかにする結果で、今も研究が進んでいます。

図3 Gaiaで観測された銀河系回転速度の複雑な構造

図3 Gaiaで観測された銀河系回転速度の複雑な構造。横軸は銀河中心からの距離(半径)。縦軸は銀河系内の太陽が存在する半径(8 . 2 kpcの白い縦の実線)で期待される回転速度を基準にした星の回転速度。対応する星の密度が濃い領域ほど赤く示している。白い斜線で強調したように、波のような速度構造が初めて発見された。縦の点線で名前付きでそれぞれの位置が示されている銀河系の渦巻き構造や銀河バーの回転速度との関連が、現在も議論されている。銀河中心方向とその反対方向の銀河面に近い限られた星のデータのみを利用しているが、約100万個の星がこの図に使われている(Kawata et al. 2018 , MNRAS, 479 , L 108 の図を再編集したもの)。

小型JASMINE が切り開く銀河系中心核の研究

Gaiaは、銀河系天文学に大きな革新をもたらして、位置天文衛星が与えるインパクトの大きさを世界の研究者に認識させました。Gaiaは、我々から約2万6千光年離れた銀河系の中心までに対応する距離でも、約10 %の精度で距離を測定できます。しかし、我々は銀河系円盤の端に位置していて、我々と銀河系中心との間には、分厚いガスや宇宙塵(ダスト)があります。Gaiaが観測している可視光の波長(0 . 33−1. 05μm)では、星からの光はダストにより強い吸収をうけるため、銀河系中心の星はGaiaではほとんど見えません 。したがって、銀河系構造の核となる銀河系中心領域、中心核バルジで何が起きているかを知ることはできません。ここで、中心核バルジは、バルジの中心部に位置し、銀河中心を取り巻く、中心からの半径が約300〜900光年程度の領域内に対応します(図2参照)。中心核バルジは、星、ガス、ダークマターという銀河系を構成する物質要素が最も集まる場所で、銀河系形成初期から、現在に至るまでの歴史が集約された場所です。また、中心核バルジ領域は、バルジ本体やバー構造と銀河系中心にある巨大ブラックホールとの物理的関係を繋ぐ重要な領域で、銀河系の歴史を探る上での核となると言えます。そこで、小型JASMINEは、塵やガスに対して透過性がよい赤外線波長(1.1−1.7μm)を用いて、さらに地球の大気の影響を受けない宇宙望遠鏡により安定した星像を達成することにより、世界で初めて宇宙から、中心核バルジの Gaiaと同程度の25マイクロ秒角という高精度な位置天文観測を行い、未解明である銀河系中心領域の星の分布と運動の情報を解明することを目指しています。

小型JASMINEの中心核バルジに関する重要な目標の1つは、中心核円盤の形成時期や形状、回転速度等の物理的特徴を解明することです。これは、中心核円盤の形成時期を解明すれば、外側の大きなバーやバルジ全体の形成時期に大きな制限を与えることができるからです。特に、中心核円盤はバーの形成と同時に出来ることが知られています。したがって、中心核円盤の形成時期が特定できれば、バーの形成時期も特定できます。形成時期を特定するためには、中心核領域で円盤状に回転している星を小型JASMINEによる正確な距離と運動の測定により選び出し、その年齢分布を測定します。星の年齢は星の進化のモデルと比較することで推定できますが、特に注目しているのはミラ型変光星です。ミラ型変光星はとても明るい上に、変光の周期と年齢に関係があることが知られているので、それを利用して年齢を推定します。バーの形成は銀河系円盤内の星の運動にも影響を与える大イベントです。例えば、バーの形成期が太陽の誕生より最近であったら、太陽の過去の運動にも影響があったはずで、バーの形成期は太陽の銀河系内での過去の軌道を解明するためにも重要です。

さらに、中心核円盤の構造や重力場の特徴は、中心核バルジ周辺の分子雲帯から銀河系中心へのガスの輸送機構に密着しており、落ち込んできたガスを取り込むことによる巨大ブラックホールの成長や活動性との関連の解明につながる可能性があります。さらに、中心核円盤を取り巻く恒星の力学構造の観測により、過去に複数の巨大ブラックホールが銀河系中心付近に落ち込んで来たことを示唆できる可能性もあります。また、星々の空間分布や速度分布は、全ての星やガス、ダークマターによって生じる重力場によって決まります。したがって、空間分布や速度分布の観測情報により、背後にある重力場を推定できるとともに、未知であり、見えない物質であるダークマターの分布も推定できます。銀河系中心領域は、ダークマターが最も集中する場所であり、その分布は、ダークマターの性質に重要な制限を与えることが期待されます。

小型JASMINEのデータは、恒星の位置と運動という他の観測では得られない基本情報を提供できます。したがって、上記の主目標以外にも多種多様な科学的成果が期待できます。例えば、小型JASMINEが測定する天球面上での星の動きにある種の特異な振る舞いが検知できると、未知の"見えない"ブラックホールや系外惑星の発見にも繋がります。また、星の運動情報をもとにした、隠された星団の探査による星形成の解明、星団の運動をもとに軌道を過去にさかのぼることによる星団の誕生場所の同定なども可能となります。

小型JASMINE のさらに先へ

小型JASMINEは、2020年代に、銀河の核となる中心核バルジに焦点を当てたミッションですが、欧州では、2040年代に小型JASMINEと同じ近赤外線での位置天文観測を全天で行う、大型衛星のGaiaNIR計画が提案されています。GaiaNIRは、銀河系中心だけでなくGaiaではダスト吸収で見えなかった、銀河円盤やバルジ領域の多くの星の詳細な分布や運動を測ることができるようになります。これによりGaiaの約5倍の、約80億個もの星の位置と運動が測定できます。このような情報により、銀河系の棒状構造や渦巻き構造の起源、それによって引き起こされる、我々の太陽系も経験したと思われている星の、銀河系半径方向の移動のメカニズムが解明されると期待されています。さらに、2030年代には、生命存在可能な系外惑星の発見が飛躍的に増えると思われますが、そのような惑星系を持つ恒星の銀河系内の過去の軌道も調べることができるようになります。生命にとって危険な超新星爆発が頻繁に起こっている星形成領域を通った可能性があるかなどを調べることによって、銀河系の中での生命存在可能な領域や軌道といった新しい科学も生まれると期待しています。

さらに、GaiaNIRは、Gaiaや小型JASMINEの約20 年後の打上げとなるので、その時間差のおかげで、天球上での星の運動、固有速度の観測精度が14倍程度向上します。これにより局所銀河群内のアンドロメダ銀河やさんかく座銀河、その他の矮小銀河のそれぞれの運動やそれらの銀河内の星の運動が明らかになります。また、太陽系内の小惑星帯にある小惑星の加速度を測定することもでき、小惑星の軌道がどのようにずれて、地球近傍小惑星になっていくのかを調べることができます。したがって、小惑星の衝突から地球を守るスペースガードにも大きな貢献が期待されています。さらに、数十年にわたる星の詳細な運動は、低周波数の重力波にも影響されます。したがって、星の運動により重力波を検出することも期待されています。

このように、位置天文観測衛星は、多くの分野の天文学にとって貴重な距離と固有運動という情報を提供します。Gaiaによって、その重要性が広く認識された今、小型JASMINEを通して、国内の多くの研究者が、日本発の位置天文衛星プロジェクトを主導して多くの成果を出し、その後、 GaiaNIRに日本からも協力することで、さらなるエキサイティングなサイエンスを創出できればと願っています。私個人も、欧州で働く日本人としてその発展に貢献できるよう努力していきたいと思います。

【 ISASニュース 2019年11月号(No.464) 掲載】