1.はじめに

発展し続ける現代社会の中で、その繁栄を持続させながら人類の生存を継続させていくサステナブル(持続発展可能な)社会が提唱されている。大都市圏内では、仕事や生活に必要なインフラストラクチャーは、十分完備されている。しかし、過疎地や僻地、空や海、また、今後広がるであろう宇宙圏でも、人類が持続発展的に生存・生活するためには、「衣食住+医情輸電(衣服、食料、住居と医療と健康、情報、輸送、電力)」が必要であると筆者は考える。

これらを実現する方法のひとつとして、グリーン・エコ(自然環境・生態適合・経済的実用化)技術開発がある。グリーン・エコ技術の一つとして、筆者らは、エレクトロニクス技術を用いて電波や赤外線の性質を効率よく利用した、情報・通信・エネルギー技術(Information, Communication and Energy-Transfer Technology : ICET)でサステナブル社会を支えることに、日々努力を重ねてきている。事実、無線通信に関して言えば、携帯電話やスマートフォンが日常生活の向上に、いろいろな便利さをもたらしてくれている。

今後のサステナブル社会のグリーン・エコ開発を推し進める技術として、第5世代移動通信システム"5G"や、通信に加え家電や生活設備などのセンサや制御器について、データ伝送や制御を自律的にインターネット上で行える「モノのインターネット(IoT)」、電波や熱などの環境エネルギーを電子機器などの駆動電力に換えるエナジーハーベスタなどが、開発から実用化のレベルにきている。筆者らの研究グループでは、これらの利用を地上の生活空間に留まることなく、海や空、宇宙にまで拡張する研究を行ってきた。本稿ではそのセンサ情報の一例として、民生用レーダとして船舶(マリン)レーダを取り上げ、これを情報通信技術として宇宙用へと展開するため行った「はやぶさ2」のサンプル回収用追跡レーダシステムを紹介する。

2.レーダ技術

レーダとは、Radio Detection and Ranging(RADAR)の呼称であり、電磁波のうちVHF/UHF波からマイクロ波、ミリ波、テラヘルツ波、赤外線を放射し、遠方にある船舶、車両などの目標物の距離、方位、速度などを探知する装置である。また、これらのパラメータを信号処理することによって、地図化(マッピング)することもできる。送信周波数を一定の帯域で変動させ、特定の周波数の反射信号を検波し解析する連続波(CW)動作と、短いパルス信号の反射信号により検波を行うパルス動作の2つがある。レーダはもともと測距・測速機能をもつが、高周波信号を低周波に変換し、信号処理によりその機能を拡張することができ、追跡レーダ、合成開口レーダなどで高機能化することができる。

レーダで船舶や飛行機などの目標を探知するには、レーダの送信電力が届く距離を半径とする円や球内の捜索領域からのレーダエコー(送信電波が船舶などから反射する信号)を受信し、解析する必要がある。受信信号は処理器による信号解析が行われたあと、表示器で目標の位置と速度を表示する。レーダエコーを受信し目標の位置と速度を表示するには、原理的にパルス波の送信受信で理解することができる。探知距離Rはcを光速とすると、電磁パルスがレーダと船舶や自動車などの目標物との間の往復時間tからR=c ∙ t/2より測定できる。またレーダと目標物とを結んだ線方向の速度は、レーダ送信機の周波数をf、船舶、自動車などの目標とレーダとの間の相対速度vから、ドップラー周波数fd =2vd∙f/cより求まる。方位角、および、距離と垂直な面内の速度は、レーダの送受信アンテナの回転角度と回転スピード(角速度)から求められる。

レーダで船舶や飛行機などの目標を探知するためには、送受信機の性能としてレーダエコーの受信信号電力Sと、受信装置などから発生する雑音電力Nを知る必要がある。つまり、レーダの送信アンテナから放射されるパルスが目標に照射され、それがエコーとして再びレーダで受信され、信号処理によって目標と判別される。この時、レーダエコー受信信号は、レーダ受信機の内部から発生する雑音電力によって、目標判別能力が劣化してしまう。レーダエコー受信信号が、雑音電力よりどれだけ強いかが、目標探知に要求される(定量的な説明を、本稿最後の補足説明「レーダ方程式」に示した)。このように、目標を探知するために必要な信号対雑音電力比を、ビジビリティファクタと呼ぶ。

これまでの説明はレーダ探知能力を示しているが、コンパクトで安価な民生用マリンレーダには、海面からの反射を抑えて目標探知をより正確に行うことや、船舶の大きさや識別など安全運航などの観点から、現行マリンレーダより改善すべき点がいくつかある。その中でも重要なポイントとして、レーダの探知距離を延ばすために、レーダエコー受信信号を、受信機内の回路で時間的に短縮すると振幅が増加する(パルス圧縮技術という)技術を用いることが考えられる。この技術は、雑音電力は増加させず、受信信号を圧縮することで目標からの受信信号の先頭電力を増加させ、ビジビリティファクタを改善させることができる。また、漁船やタンカーといった船舶などのレーダエコーは目標からの受信信号として表示器に表示させるが、目標以外の波や島などの背景からの反射電力(クラッタという)を抑圧できれば、目標探知精度はさらに上げられる。一般に雑音は信号のレベルからすると振幅は小さく、各反射パルスで位相も変動する。これを使って多数(数100パルス程度)の反射パルスのS/Nを計測し、周波数変換して低周波に変換したのちデジタル信号処理を行って時間平均を取り、ビジビリティファクタを向上させる方法がある。これを積分と呼ぶ。また、目標が陸上や海上にあるときは、その背景からのクラッタがあり、これについては、積分後一定の受信レベル以上に閾値を設け、この閾値レベルより以下の受信電力レベルを目標でないと判断し、クラッタを除去(抑圧)し、目標の探知能力を上げる方法もある。一般的なレーダの構成は、図1に示すように、アンテナ、送信機、受信機、送受切替器、信号処理器、データ処理器、表示器などがあり、ハードウェアとして送受信機はアンプ、周波数変換器、ベースバンド信号処理器、電源などがある。部品・モジュールへの機能要求としては、高性能多機能化、コンパクト化、低コスト化があげられる。また、コンポーネントとしては、安全航行などの改善要求の点から最先端技術の適用が望まれており、送信系GaNアンプ、受信系LNA MMIC、AIA、フェーズドアレーアンテナなどのアンテナ回路モジュールの開発が重要である。筆者らの研究グループでは、「はやぶさ2」と同時に打ち上げられた探査機 PROCYONでその世界一の性能を実証した高性能GaNアンプ試作技術を、以下の民生用固体化マリンレーダに適用したので、レーダ機能に加えて、これについても解説する。

図1

図1 一般的なレーダの構成(参照:「レーダ技術」p.6 図1.2 一般的レーダの構成より)

3.船舶(マリン)レーダ

レーダ技術のシステム応用には、航空管制レーダ、気象観測レーダ、マリンレーダなどがある。ここでは、ICETによるレーダ技術の民生応用の例として、半導体集積回路を用いたコンパクト固体化マリンレーダを取り上げる。

レーダの性能は、最大探知距離、中心周波数、送信先頭出力、送信パルス幅、パルス繰り返し周波数、受信機雑音指数、受信機帯域幅、アンテナ利得、アンテナ回転速度、最小探知距離、距離・方位分解能などで決まる。JAXA宇宙探査イノベーションハブで試作した「100W級低コストGaNアンプ」によるマリンレーダの性能諸元を表1に示す。なおここでは、ビジビリティファクタ向上のため、改善技術として前に紹介した、受信パルス幅を縮めて先頭電力を上げ、探知距離を伸ばすパルス圧縮技術を用いた。

表1

表1 試作レーダ仕様

上記の成果に基づき開発した「400W級電力合成GaNアンプ」を用いたマリンレーダ、モジュール、概観、表示器画面を図2に示す。

GaNアンプを用いたコンパクトな送受信機は、信頼性が高く多機能化が容易で、情報量が多く、これまでの電子管の場合に比べて一機能当たりのコストパフォーマンスは高い。船舶の大きさに応じたレーダ断面積による反射電力の違いが生じるが、薄い扇のような距離方向に広がったアンテナビーム形状により、反射電力の違いが表示器(Pulse Position Indicator : PPI)上に輝度の差となって明確に表れている。なお、積分によるS/Nの改善と閾値設定によるクラッタ抑圧によって、船舶の識別が容易になっている様子もうかがえる。

図2

図2 マリンレーダ

4.宇宙応用

コンパクト固体化マリンレーダの開発のもうひとつの目的は、宇宙用探査追跡レーダとして、捜索(search)・捕捉(acquisition)・追尾(tracking)機能を追加できるデュアルユースのレーダを開発することである。その候補のひとつが、「はやぶさ2」サンプル回収用追跡レーダである。図3に、複数のマリンレーダによるサンプル回収サブアレーアンテナシステム構想とシナリオを示す。複数の捜索レーダ情報の位相情報をできるだけ正確に合わせるなど、効率よく信号処理させることで、レーダ断面積の小さいサンプルを精度よく捕捉し、追尾することが可能となる。

図3

図3 「はやぶさ2」サンプル回収レーダシステム

5.おわりに

これまでに、サステナブル社会のグリーン・エコ開発を進める技術として、レーダ技術を、固体化マリンレーダを例にとって説明した。GaNアンプという、近年注目の高性能半導体アンプを使用することで、低コストで高機能な宇宙用民生両用の高性能捜索・追跡レーダが実現できることを示した。ここで示されたレーダ技術は、CubeSatの通信系に適用でき、筆者が提唱する「オールワイヤレス化衛星システム」の開発を加速させることが可能であると考えている。

補足説明「レーダ方程式」

 パルス動作しているレーダの送信アンテナ(利得Gt )から、周波数f( 波長λ)で 放射される電力Pt の一部が目標物に到達し、この目標の面積(レーダー断面積σt ) に応じた反射電力をレーダ側に送り返すとき、レーダの受信アンテナ(反射波を受 信する受信アンテナの有効開口面積σr= λ2/4π、受信アンテナ利得Gr )が受信す る電力Prは、前述した信号電力Sに等しく、

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となる。また、システムの雑音電力Nは受信機内の雑音電力Nrとほぼ等しいとす ると、ボルツマン定数をk、システム雑音温度をTsys 、受信機の帯域幅をB として、 Nr = kTsys B である。レーダの探査能力を決定するためにレーダ方程式が使われる が、一般にアンテナは送受信で同一(Gt = Gr = G )であり、信号電力S と雑音電力 Nの比は、

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のように表される。

【 ISASニュース 2019年6月号(No.459) 掲載】