1Gに囚われない膜構造物

宇宙の構造物と地上の構造物の違いを考えたときに、真っ先に思いつくのは重力の有無による影響ではないでしょうか。地上では実現不可能な構造物であっても、宇宙では重力が無い(微小である)ために可能になってしまう場合があります。膜構造物はその一例であり、例えば食品を包むラップのような薄い膜を用いて、大きいもので数キロメートルにわたる構造物を実現します。地上でそのようなものを(地面に置かずに)建造しようとすると、重力によって垂れ下がり形が保てないため、それに負けないようなゴツい支持構造が必要となりますが、宇宙では重力がないため、広げておくだけで形状を保持することができます(太陽光圧のような微小な外乱があるため、それに打ち勝つようなテンションをかけるための力が必要にはなりますが)。

このような膜構造物はロケット内に小さく折り畳んで収納し、宇宙で広げて巨大な構造物を構成することができるため、少ない打上げコストで大型の構造物を建設できるという大きなメリットがあります。このような背景で、1960年にNASAが打ち上げたEcho Balloon(インフレータブル=風船のように膨らむ構造による直径30mの球形の通信衛星)による直径30mの球形の通信衛星)をきっかけとして、膜面アンテナ、ソーラーセイル、インフレータブル居住区に代表される研究開発が盛んに行われてきました。日本では、1995年に打ち上げられたSFUの太陽電池アレイ(片翼伸展長9.7m)、2010年の小型ソーラー電力セイル実証機IKAROS(一辺が14mの正方形膜の展開に成功)、2012年のインフレータブル実験SIMPLE(マスト伸展長1.3m)などが挙げられます。また、将来のミッションとしては、JAXAのソーラー電力セイル探査機OKEANOS(一辺が約40mの正方形膜)、JPLのStarshade(直径数十~百メートル)などが検討されています。

折り紙を通した膜構造物の課題発見

筆者が学部4年で研究室配属になったのは2007年でした。当時、まさに宇宙用膜構造物が世界的に研究開発の真っただ中にありました。構造概念の提案や試作といった研究開発の早期の段階を通り越し、大型化や高精度化をキーワードとして、いかにして信頼性のある膜構造物を実現するかが問われていました。宇宙科学研究所では小型ソーラー電力セイル実証機IKAROSの開発が進んでおり、筆者もワーキンググループの構造部会に参加するうちに、自分も何か貢献できないかと思うようになりました。

そこで筆者は、正方形の一辺が14mもあるIKAROSの膜面がどのようにロケットに収納されて、いかにして展開するのかが気になり、まずは当時候補になっていた折り畳みパターンを折り紙で作ってみることにしました。候補だった折り畳みパターンとしては、図1のような四角形折り、扇子折り、回転二重折り、らせん折り、複合らせん折り等がありました。このうち、らせん折りおよび複合らせん折り以外の折り畳みパターンは、基本的には直線の折り目線で蛇腹状に折り畳んだ膜を円柱の衛星構体に巻きつけるというものでした(ちなみに複合らせん折りは機械で自動的に折り畳むために特化したパターンで、筆者が提案したものでしたが、実績がないために早々に却下となりました)。このことから、紙を蛇腹状に折り、円柱に巻きつけてみることもしました。このように折り紙で遊んでいる中で、様々な現象を発見しました。例えば、巻きつけた面が周期的に凸凹になったり(=局所座屈と言うことにします)、折り目線がだんだんずれていき、うまく巻きつけることができないといった現象でした。そこで何故このような現象が起こるのか解明したいと思ったわけですが、これらに代表される膜の微細な変形が実は膜構造の大型化や高精度化にとって重要な課題であることに研究を進める過程で気づかされることになりました。

図1

図1 展開したIKAROSセイル膜と候補となった折り畳みパターン(左)。折り紙で作成した回転二重折り(右上)。蛇腹状に折り畳んだ膜を巻きつけて生じる局所座屈と折り目線のずれ(右下)。

力学を取り入れた収納効率の高い膜の折り畳み

図1のような局所座屈や折り目線のずれは、言い換えるときれいに収納できないという現象であり、体積制約がシビアなロケットの中に入らないといった要因になり得ます。この写真のようにちょっと紙を巻きつけただけで目で見てわかる程なので、数十メートルもの巨大な膜を収納する際にどれ程酷いことになるのか想像を絶します。従って、このような現象ができるだけ生じないように膜を折り畳むことが求められます。

このような局所座屈や折り目線のずれは、どのような折り目線で折り畳むか、という折り畳みの幾何学と、巻きつけ折り畳みによって折り目がどのように変形するのか、という力学によって支配される現象です。幾何学に影響を受けるというのはわかりやすいかもしれませんが、力学に影響を受けるというのはピンと来ないかもしれません。例えば、図1に示される局所座屈や折り目線のずれをなくそうとするには、巻きつける際にピンと引っ張りながら(張力を与えながら)巻きつければいいのでは、と直感的にわかるかと思います。このように、力によって収納状態が変わるということは、すなわち力学に依存しているということです。これまでは、図1に示した折り畳みパターンのように、幾何学に関しては検討が重ねられてきましたが、この力学に対しては十分な検討が行われてきませんでした。そこで、このような折り目の微細な力学特性を考慮することによって、きれいに収納できるようになったというのが本研究の新しい発見になります。

まず、理想的に折り目がつけられるときにどのような変形形状になるのかを検討しました。折り目をつけるという動作は、膜をある直線に沿って180°曲げ、その曲げられた部分に力をかけて潰し、もとに戻らなくなるという動作になります。ただ、潰したときに完全に潰れて厚さがなくなるわけではなく、膜の厚さ×2に加えて潰れきれなかったプラスアルファ分の厚みが残ります。この潰された厚みと潰す力の関係を理論解析で明らかにするとともに、それが正しいことを数値シミュレーションおよび実験を通して検証しました。

次に、上記の折り目がつけられた状態から図1のように巻きつけられた場合の局所座屈と折り目線のずれが生じる条件を明らかにしました。まず、局所座屈に関しては、巻きつけ時のモデル化および力学状態の定式化により、どの物理量が局所座屈の発生に効いてくるのかを検討したところ、張力や膜の剛性などによって記述される2つのパラメータによって現象が支配されることを発見しました。それらのパラメータを用いて局所座屈が生じない条件を理論的に求め、それが実験とほぼ一致したため、この条件を用いれば、局所座屈が生じることなく収納できるようになることがわかりました。次に、折り目線がずれる現象に対しては、まずはずれる量を予測する方法を検討しました。このずれる現象は、膜に厚みがあることによって、内側に巻きつけられる膜と外側に巻きつけられる膜に、巻きつける方向の周の長さに差が生じてしまうことが原因です。周の長さの差というのは、例えばぐるぐる巻きにしたカレンダーの端が内側に巻きつけられる紙と外側の紙で(巻きつけの周方向に)そろわない現象です。図1で紹介したらせん折りは、これを回避するために意図的に折り目線を直線からずらした、すなわち折り目が曲線になっている折り畳みパターンです。一方で、このらせん折りの曲線は、折り目がつけられた膜の厚みによって決まりますが、既往研究ではこの値を仮定していました。そこで、この曲線の式と前述した折り目の変形特性、すなわち幾何学に力学を組み込むことにより、ずれる量を予測することができました。

最後に、これらの局所座屈や折り目線のずれが少ない折り畳み方法を検討しました。まず、折り目線がずれないように、はじめから折り目をつけるべき直線をずらすことを考えました。図2はその一例ですが、左側はIKAROSに用いられた四角形折り、右側は四角形折りの折り目線を、前述の予測式に基づいてちょっとだけずらした折り畳みパターンです。この提案した折り畳みパターンで収納した結果、図のようにずれることなくきれいに収納することができました。また、図2右側では局所座屈が生じない条件で収納したものになりますが、右側の収納状態では、左図で見られるような局所座屈が生じることなく収納できていることがわかります。以上より、大型の膜の収納にとって有害な折り目線のずれや局所座屈が生じることなく収納可能な方法を提案することができました。

図2

図2 従来の折り畳み(四角形折り)と提案した折り畳みの比較。

IKAROSでの想定外事象

収納時には折り目のような微細な変形が収納特性に影響を与えることを述べてきましたが、展開した後の形状も膜の微細な変形に依存することがあります。2010年に打上げ、展開に成功したIKAROSは、一辺が14mの正方形膜でした。膜の展開および展張形状の維持は遠心力によって行われるため、その形状は遠心力に依存して変わると予測されていました。図3は、打上げ前に予想された形状と実際にフライトで得られた形状との比較です。膜には半径方向に張力を与える遠心力と、面外方向から加わる太陽光圧が負荷されるため、そのつり合いで形状が決まります。定常運用時の1.0 rpm(1分間に1回転)では、遠心力が大きく張力が大きいため、太陽光圧が負荷されてもたわみの小さい形状でした。これはフライトデータとも一致しています。一方、0.055 rpmとなる低スピン運用時は、遠心力が小さく張力が小さくなるため、太陽光圧により膜が大きくたわむと予想されていました。しかし、フライトデータを見ると定常運用時同様に膜はほとんどたわんでいませんでした。

図3

図3 打上げ前に予想されたIKAROSセイル膜の展張形状(鳥瞰図と衛星構体から見た膜面形状)(左)。フライトで得られた展張形状(右)。

筆者はこの原因を解明すべく、有限要素解析(構造解析に用いられる数値シミュレーションの一種)を用いてこの形状を計算しました。当時、解析に凝り性だったこともあり、細かい部分までモデル化しました。解析の結果、図4のように薄膜太陽電池セルや液晶デバイス等の膜面デバイスは初期形状が反っており、その影響で膜面上に無数のしわが成長し、それによって見かけ上の剛性が向上することによって、たわみにくくなることを発見しました。見かけ上の剛性向上というのは例えば、平坦な板よりも波板の方が曲がりにくくなる現象です。これによって、デバイスの反りやしわのような微細な変形であっても、14mの膜面全体の形状を変え得るということがわかってきました。

図4

図4 初期形状が反っている膜面デバイス(上)。反りを考慮した場合としない場合の膜面形状(下)。

最後に

これまで述べてきたように、大きな膜を宇宙で広げることは、少ない打上げコストで大型の構造物を建設できるという大きなメリットがある一方、折り目や反り等の微細な変形を考えながら設計する必要があります。今回の研究で得られた成果を設計論まで発展させ、OKEANOSをはじめとする将来の膜構造物の実現に貢献していきたいと思います。

謝辞

本稿は第11回宇宙科学奨励賞受賞にともない執筆させていただきました。研究を進めるうえで、ソーラーセイルWG構造部会の先生方に大変貴重なご意見を賜りました。この場をお借りして感謝申し上げます。

【 ISASニュース 2019年4月号(No.457) 掲載】