衝撃波の数値計算における課題

私自身が航空宇宙工学に興味を持ち始めたのは高校時代でした。東京工業大学工学部機械宇宙学科に進学した私は、そこでJAXA(当時は航空宇宙技術研究所)の研究者の方による特別講義を聴講し、「流体力学はこんなにも航空機の実際の飛行・設計に役立てられているのか!」と驚きました。そして大学院では名古屋大学大学院工学研究科航空宇宙工学専攻の流体力学講座(中村 佳朗研究室)に進みました。

大学院では衝撃波が発生する二段式宇宙往還機の空気力学を研究テーマとしました。幸い名大には極(ごく)超音速(マッハ8.1、つまり音速の8.1倍の速度)流れを実現できる衝撃風洞装置があり、そこで実験を行っているメンバーがいたため、私はその数値解析を担当しました。しかし取り組んでみると、宇宙機にとても重要な「衝撃波背後(下流)の空力加熱」が数値計算でうまく再現できませんでした。空力加熱とは空気力学的な作用(ここでは特に、衝撃波背後の高温状態と薄くなってしまった境界層)により周囲の気体から宇宙機に熱が伝わる現象です。この加熱が大き過ぎると宇宙機に致命的な損傷を与え、2003年にはスペース・シャトル「コロンビア」の空中分解事故にもつながってしまいました。

数値計算による衝撃波背後の空力加熱の再現には、博士後期課程に進学後も悩み続ける事になります。なぜなら関連する研究例は多くなく、また調べれば調べるほど、極超音速の空力加熱を完璧に扱える計算方法が見当たらなかったためです。中には上手に極超音速機の空力加熱を数値計算で美しく捉えている研究例もありましたが、私が同じ方法を真似しても満足の行く結果を得る事ができませんでした。当時の私はとても混乱しました。

そこで博士後期3年生の時に米国ミシガン大学へ1年間、交換留学をしました。ミシガンでは数値流体力学(Computational Fluid Dynamics Conference, CFD)の大家Roe先生の下で流体の数値計算法の研究を行いました。その結果、既存のどの方法を用いても、極超音速流れでは「カーバンクル現象」と呼ばれる衝撃波における不安定解(図1左)やその亜種が現れてしまう事を明らかにしました。つまり、空力加熱を完璧に再現できる方法は存在していなかったのです。不安定解は手法や条件によって現れたり現れなかったりするのですが、中にはたまたま現れなかった場合のみを載せてしまう事で「カーバンクル現象を解決した」と謳っている論文もありました(著者らの意図ではなかったと思いますが...)。これにより、「CFDによる空力加熱の再現は可能だ」と考える研究者やユーザも少なくなく、業界自体が混乱していました。我々はこの問題を整理し、カーバンクル現象の起こりやすい状況や、比較的起こらない方法を体系的に調べ上げてAIAA Computational Fluid Dynamics Conference(2007年、米国マイアミ)にて発表しました。聴衆の反響は大きく、講演後にトイレで隣に来た人が「We have (an)excellent speaker!」とほめて下さった事が今でも研究の大きな励みなっています。なおこの成果は1年半後、AIAA Journalに掲載されました※1

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図1 宇宙機先頭部を模擬したCFD(圧力等高線)。従来法で「カーバンクル現象」が起き、衝撃波形状がおかしくなっている状態(左)と、SLAU2により正常な数値計算が行われた例(右)。

衝撃波を安定に捉える流体数値計算法『SLAU2』の提案

AIAAで発表後まもなく帰国し、2008年3月に名古屋大学中村先生の下で無事に博士(工学)の学位を取得した私は、翌4月よりJAXA情報・計算工学センター(現・第三研究ユニット、居室は宇宙科学研究所内)でプロジェクト研究員としてお世話になることになります。センター長の嶋さんはCFD手法の国内で数少ない研究者(しかも現役)で、当時開発中だった計算手法SLAU (Simple Low-dissipation Advection-Upstream-splitting-method)の研究を私もお手伝いする事になりました。SLAUは従来の圧縮性CFD手法の弱点であった低速流れ(非圧縮流れ)における問題(数値的な散逸量が過大となり、解がおかしくなってしまう)を簡単な定式化で解決したものです。また高速流れ、つまり衝撃波においても比較的安定な性質を有していました。しかしそれでも、異常解が現れてしまう場合もありました。そこで私はミシガン大学での研究を活かし、SLAUや類似手法の性質を詳細に調べ上げました。そして高速流れにおいては、数値的な散逸(解をぼやけさせる代わりに、計算を安定化させる)を衝撃波内部においてのみ、マッハ数に応じて大きくさせる事で、カーバンクルを大幅に回避する事に成功しました(図1右)(当時調べた限りでは、カーバンクルを完全に回避しました)。この改良手法をSLAU2と名付け、Journal of Computational Physicsに発表しました※2。現在、SLAUとSLAU2を併せると圧縮性流体の計算法としては7割程度の国内シェアを占めます。またSLAU2は前身のSLAUと異なり、理想気体以外にも利用できる事から、燃焼、混相流、超臨界流体、電磁流体などへと適用されてきており、JAXAソルバFaSTARやLS-FLOW、戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「革新的燃焼技術」による燃焼解析ソルバHINOCAなどに標準実装され社会で広く活用していただいています(最近では、スタンフォード大学のSU2 (Stanford University Unstructured)コードにも実装され始めているようです)。

提案手法を用いたイプシロンロケットの空力解析:「ロールモーメント」の予測

一方でJAXA研究員としては、好きな研究のみを行うというわけにはいきません。私は当時開発中であった次期固体ロケット(仮称)の空力WG(ワーキンググループ)と、その空力解析(CFDにより空気による力やモーメント、周囲流れ等を明らかにする事)に必要となるCFDソフトウェアLS-FLOWの開発チームに参加しました。1年目はロケットの風洞試験(JAXA宇宙科学研究所の遷・超音速風洞を利用)に参加しながらも、思うように数値計算結果が得られない日々が続きました。しかし2年目辺りからようやくLS-FLOWの検証を終え、風洞実験結果と付き合わせながら次期固体ロケットの空力計算が行えるようになりました。研究論文の執筆と異なり、成果を身近な人にすぐに喜んでもらえる...そんな「モノ作り」の楽しさを知った貴重な時期でした。そして3年目くらいにロケットの名称が「イプシロン」に定まった頃、複数の論文にイプシロン空力研究の成果を発表できるようになりました。

ロケットの空力課題の一つに、「ロールモーメント」と呼ばれるものがあります。これはロケットの基軸周りに発生する回転モーメントの事で、もしこれが発生した場合にはロケット後端に搭載した3軸ジェット(SMSJ、Solid Motor Side Jetと呼ばれる)による姿勢制御が必要となります(図2、数々の突起部から衝撃波が発生し、これによりロールモーメントが作られている様子が分かります)。しかし3軸ジェットに積載できる燃料に限りがあるため、必然的にこれによる姿勢制御能力にも限界があります。一方でこのモーメントは、その値が小さすぎる故に実測が困難でした(ノイズに埋もれてしまう)。そこで数値シミュレーションによりこれを予測する必要があったわけです。我々は自ら実施した風洞試験による綿密な検証を行った後、提案手法であるSLAUおよびSLAU2、内製ソフトウェアLS-FLOW、そしてJAXAスパコンJSS(JAXA's Supercomputer System)を駆使して、イプシロンに働くロールモーメントが「プロジェクトが想定している範囲内の大きさである事」「前身のM-Vロケットと同程度の大きさである事」を示しました。これにより、2011年当時の設計内容を大きく変更する事無く2013年の初号機打上げに至ったものと聞いております。この成果はJournal of Spacecraft and Rocketsに収められています※3

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図2 イプシロンロケット空力解析例(マッハ1.5飛行時)。機体の色は圧力(白が最も高く、次いで赤。青が最も低い)。機体先端や突起先端の白色箇所で最も高い圧力を受けている事が分かります。

JAXA退職後、私は日本学術振興会特別研究員PDとしてNASAグレン研究所の客員研究員、その次に名大助教を経て現職に就きました。現在では上記の研究を更に発展させ、ロケット一般に働くロールモーメントへの突起部の影響や、JAXA再使用ロケットに役立つ大迎角空力特性について大学院生たちと一緒に研究を進めており(図3)、既に論文を複数発表したり※4,5,6,7、学生優秀発表賞を受賞※8したりしています。ここでも、(主に学生たちが)JAXAの遷・超音速風洞装置やスパコンを利用させていただいております。やはり「JAXAのロケットに貢献できる」という研究は学生の高いモチベーションにつながっている事を実感しております。JAXA―大学間の連携は多くの宇宙科学の問題を明らかにし、また確実に学生を大きく成長させています。昨今の情勢を鑑みますとルールのある程度の厳格化は避けられないのかも知れませんが、今後もぜひともこのJAXA―大学連携を続けさせていただきたいと切に願っております。何卒宜しくお願い致します。

図3

図3 細長物体周り高迎角(150度)流れの空力解析例(マッハ0.1飛行時)。迎角150度とはほぼ後ろ向きの飛行状態であり、通常の飛翔体は経験しません。よって空力的知見も乏しいのですが、今回の数値計算により大小様々なスケールの渦が機体各所から発生する様子が捉えられました(色は圧力で、青が低圧)。

謝辞

最後になりますが、名古屋大学(現・中部大学)指導教員の中村 佳朗先生、JAXA情報・計算工学センターの嶋 英志センター長(JAXA研究員時代の上司)、ミシガン大学Roe教授、同卒業生のFarzad Ismail博士、JAXAイプシロンロケットの空力研究でお世話になったJAXA野中 聡先生、葛生 和人先生(現・東海大学)、藤本 圭一郎様、入門 朋子様、福添 森康様、計算力学研究センターの青野 淳也様、イプシロンロケットプロジェクトチームの皆様、横浜国立大学北村研究室のメンバーに感謝申し上げます。

参考文献

※1 Kitamura, K., Roe, P., and Ismail, F. "Evaluation of Euler fluxes for hypersonic flow computations," AIAA Journal, Vol. 47, No. 1, pp. 44-53. doi:10.2514/1.33735 (2009)

※2 Kitamura, K., and Shima, E., "Towards shock-stable and accurate hypersonic heating computations: A new pressure flux for AUSM-family schemes," Journal of Computational Physics, Vol. 245, pp. 62-83. doi:10.1016/j.jcp.2013.02.046 (2013)

※3 Kitamura, K., Nonaka, S., Kuzuu, K., Aono, J., Fujimoto, K., and Shima, E., "Numerical and Experimental Investigations of Epsilon Launch Vehicle Aerodynamics at Mach 1.5," Journal of Spacecraft and Rockets, Vol.50, No.4, pp.896-916. doi:10.2514/1.A32284 (2013)

※4 Aogaki, T., Kitamura, K., and Nonaka, S.: Numerical Study on High Angle-of-Attack Pitching Moment Characteristics of Slender-Bodied Reusable Rocket, Journal of Spacecraft and Rockets, (掲載決定)

※5 Inatomi, A., Kitamura, K., and Nonaka, S.: Numerical Analysis on Reusable Rocket Aerodynamics with Reduced-Yaw-Force Configurations, Trans. JSASS Aerospace Tech. Japan "ISTS Special Issue", (掲載決定).

※6 Aogaki, T., Kitamura, K., and Nonaka, S.: Computational Study on Finned Reusable Rocket during Turnover, Trans. JSASS Aerospace Tech. Japan "ISTS Special Issue", (掲載決定).

※7 Harada, T., Kitamura, K., and Nonaka, S.: Roll Moment Characteristics of Supersonic Flight Vehicle Equipped with Asymmetric Protuberance, Trans. JSASS Aerospace Tech. Japan "ISTS Special Issue", (掲載決定).

※8 河内 和観、原田 敏明、北村 圭一(横浜国立大学)、野中 聡(JAXA)、"非対称突起物を有する細長物体空力特性についての超音速風洞試験"、日本航空宇宙学会 第49期年会講演会、1B09(2018年4月)

【 ISASニュース 2018年7月号(No.448) 掲載】