2016年12月20日20時00分00秒(日本標準時)、ジオスペース探査衛星ERG「あらせ」を搭載したイプシロンロケット2号機が予定どおり打ち上げられました。イプシロンロケット2号機は計画どおり飛行し、打上げ後、約13分27秒に「あらせ」を正常に分離し、軌道に乗せました。

イプシロンロケットは、M-VロケットおよびH-IIA ロケットで培った技術を最大限に活用して開発した3段式固体ロケットです。2013年9月には、第3段の上に小型液体推進系(PBS:Post Boost Stage)を搭載したオプション形態で試験機が打ち上げられました。試験機ではH-IIAやM-Vからの技術を継承することで短期間・低コストでロケット機体の開発が行われました。ロケットの打上げシステムは機体・設備・運用からなっていますが、試験機では自動点検などを導入し、地上設備のコンパクト化と運用性の革新を果たしました。

その後に、機体性能の最適化を図るためにさらなる改良開発(強化型開発)が進められました。2号機は、強化型イプシロンロケットの基本形態で打ち上げられました(図1)。強化型イプシロンの推進系では、打上げ能力の増強および衛星搭載スペースの拡大の要求に対応しつつ、低コスト化を目指しました。そのためにJAXAとメーカーが一体となって、試験機打上げ実績の反映、低コスト化の研究成果の活用、製造技術の最新化が行われました。

図1 強化型イプシロンロケット概略図

図1 強化型イプシロンロケット概略図

最新化の目玉は推進系で、第2段モータです。第2段モータは、新規開発でM-35と呼ばれます。宇宙科学研究所が開発した全段固体燃料であるM-Vロケットの、3段目モータの第4形態であったM-34の次の形態として、M-35という名称を付けました。M-34までに培った知識、経験、成果を最大限に活かして最新化しているので、2段目に搭載しますが、敬意を表してM-3ナンバーを踏襲しています。今回は、その最新のM-35モータの開発と地上燃焼試験、打上げについてご紹介します。

M-35モータの開発

強化型イプシロンロケットの第2段モータM-35のM-34からの最も大きな変更点は、全体的な大型化です。フェアリング内部に搭載していたモータケースの外径を2.2mから2.5mに拡大して、モータケース外殻構造をロケット外殻構造化(エクスポーズ化)し、推進薬量を11トンから1.4倍の15トンに増加しています。これを含んだロケット全体の最新化によって、トータルで打上げ能力の約30%の増強を実現しており、高度500kmの太陽同期軌道(SSO)への軌道投入能力は590kgになっています。

推進薬は、強化型イプシロンの開発の趣旨を踏まえて、従来までの上段用と同等の性能を維持しつつ、低コスト化を実現できるものを新規開発しています。具体的には、金属燃料であるアルミニウム粉末はSRB-Aと共通品を使用、燃焼速度はこれまでは酸化剤である過塩素酸アンモニウムの粉末の大きさの割合で調整していたものを、燃焼触媒の酸化鉄によって調整する方式に変更、推進薬の形状はこれまでヘッドエンドウェブ(モータの前部まで推進薬を詰めた形状)であったものを内孔貫通型(モータの前端からノズルまで推進薬に内孔を設けた形状)に変更しています。量産品の共通化、製造工数の削減等も実施しています。新規推進薬の開発を行い、代表径φ640mmのサブサイズモータによる試作試験で性能検証を実施し、設計・性能の妥当性を確認しました。

イグナイタ(点火装置)は、従来の上段モータに適用していた後方着火の投棄型を廃止し、前方着火方式を採用し、モータ組立て時の運用性を向上しています。また、適用材料を主モータと共通化することによって、高性能化と低コスト化を両立させています。実績が多く信頼性の高い第1段用イグナイタと部品を共用できる設計を意識して開発が行われました。試作燃焼試験を実施し、イグブースタからイグナイタへの着火特性が良好であることを確認しました。また、ガスリークもなく、スロート径の著しい拡大も見られず、健全であることを確認しました。

新規のケースライニング(インシュレーションとも呼び、モータケースと推進薬の間にあり、推進薬の保持と燃焼からモータケースを保護する役割がある層)材料を開発しました。この材料は、従来材料と同等の耐断熱性を有しながら、気密性・水密性を持っています。従来は水密用、気密用の材料を積層する必要がありましたが、この新材料を適用することで単層構成によるケースライニングとすることが可能となり、軽量化による性能向上が実現できました。複数ロットでの材料特性を取得し、実機への適合性に問題ないことを確認しました。また、実機形態での気密性確認を目的に、φ300mmモータでの気密試験を実施した結果、実機形態でも気密性を保持できることを実証しました。さらに、試験用のモータケースで実機サイズの製造性に関する検証も行いました。

ノズルは、高性能と低コストの両立を実現するために、伸展ノズルを採用せずに必要な比推力が得られる設計としています。過去のモータ開発で蓄積した実証技術をもとに、ノズル内面プロファイルを最適設計することで、高比推力を発揮できます。姿勢制御のために可動ノズル(TVC=Thrust Vector Control:推力偏向ノズル)を採用する点は試験機の第2段モータと同様です。しかし、フレキシブルジョイントおよびその熱保護方法を再設計することで軽量化と可動時の抵抗の低減化を実現し、モータを大型化させながらも、既存のアクチュエータでの操舵を可能としました。スロートインサート材には従来と同様に強度面での信頼性が高いC/Cコンポジット(炭素繊維強化炭素複合材料)を採用しています。設計完了後、フレキシブルジョイントの舵角および圧力による変形の特性確認を目的とした試作試験を実施し、設計の妥当性を確認しました。

M-35真空地上燃焼試験

2015年末にM-35の設計・製造の最終検証を目的として、真空地上燃焼試験(M-35-1 TVC)を能代ロケット実験場真空燃焼試験棟内の中高度高空性能試験設備(MATS)のテストスタンドを利用して、初期真空槽圧140torr程度の環境で実施しました。M-24-1TVC以来、十数年ぶりのTVC付き上段モータの開発であり、拡散筒を用いた中高度高空燃焼試験となることから、将来の資となる技術データの取得・解析、若手への技術継承の貴重な機会として活用しました(図2)。

図2 M-35真空地上燃焼試験

図2 M-35真空地上燃焼試験

テストスタンドは、二重円筒の拡散筒を設けた真空槽となっており、拡散筒内で衝撃波を発生させ、燃焼中に真空度を保つようになっています。拡散筒はモータの排気火炎により高温になるため、二重円筒内に水を流し冷却させました。冷却水は冷却水貯槽から供給しており、一定流量流れるようにPID制御を行いました。1秒間に800ℓもの水が必要でした。また、燃焼中はM-35モータのTVCを適宜稼働させ、TVCの機能の確認を行いました。供試体周辺の計測器は気密中継盤を介して、100mほど離れた第一計測室にあるデータロガーに接続されており、管制や制御も第一計測室において実施しました。モータ燃焼後の後燃えを最小限に抑えることを目的として、燃焼終了後にモータケース内に液化炭酸ガスを噴射し、モータケース内への空気流入を阻害するとともにケースおよびノズルを冷却しました。

2015年12月21日、天候は曇り、気温は16.5℃、東向きの風2.5m/sで、この時期の能代では珍しい絶好の燃焼試験日和でした。迷うことなく、計画どおりの午前11時00分に点火を実施しました。安定に着火し、着火後に消炎がないことが確認されました。着火遅れ時間は200ms程度であり、ほぼ予測どおりであり、着火安全余裕も十分確保できていることが確認されました。実測値に圧力のチョーク補正やスロート拡大履歴推定による補正、燃焼ガス剥離の補正を行い、検証結果値を得ました。タグ値(事前に取得した各種基準値)を基に事前予測した結果と比較して推力と燃焼圧力の検証結果は全体的に高い傾向がありました。要因として、燃焼圧力による推進薬グレインの変形およびスロートエロージョン履歴の見積もり差異が考えられるため、それらの影響を補正した再予測を行った結果、検証結果とおおむね一致しました。異常な燃焼は発生しなかったと判断できる結果でした。その他、TVCノズル駆動はコマンドに追従して動作し問題なかったこと、真空状態を保つための拡散筒および冷却水供給系も正常に機能したこと、試験後の供試体も外観上の異常がないことを確認しました。計測データは、拡散筒からの逆火によるセンサ焼損のため、途中から一部取得できていないデータが存在するものの、設計の最終検証に必要なデータは問題なく取得できました。M-35真空地上燃焼試験は成功裏に完了しました。平均燃焼圧力は4.7MPa、平均真空推力は35トン、燃焼時間は129秒で良好な結果が得られました。真空地上燃焼試験で得られた結果を反映して、ケースライニングの厚さの見直しおよび推進薬の基準燃焼速度の見直しを行い、打上げに向けてより万全な設計へと変更しました。

イプシロン2号機打上げ

冒頭でも紹介しましたが、2016年12月20日20時00分00秒イプシロンロケット2号機が打ち上げられました(図3)。前日は風も強く天候が荒れるとの予報でしたが、予想に反して打上げ時は雲一つない快晴で絶好の打上げ日和でした。推進系担当の筆者は、射点から2kmほど離れたESC(Epsilon Support Center)の待機場所で、イプシロン2号機からリアルタイムで送られてくるデータを見ながら、かつ、窓の外の上昇していくイプシロン2号機を眺めていました。リフトオフに成功し、第1段燃焼終了後、衛星フェアリング分離、第1段・第2段が分離された後、リフトオフから2分45秒後に予定どおり第2段の燃焼が開始されました。リアルタイムで送信されてくる燃焼圧力データの履歴を追い、燃焼終了までの129秒間、予測とほぼ一致していることが確認できました。ホッとした瞬間でした。その後、窓の外に目をやると、第2段・第3段分離を目視で確認することができました。夜の打上げで、稀に見る快晴であったため、第3段モータの燃焼している様子も肉眼で見ることができました。リフトオフから13分27秒後に衛星が分離され、所定の軌道に投入されたことが確認され、イプシロンロケット2号機、強化型としては初号機の打上げが成功裏に終了しました。現在は、ポストフライト評価を進めており、強化型イプシロンの完成版としての3号機打上げに向けてさらなる改善を進めています。

図3 イプシロンロケット2号機打上げ

図3 イプシロンロケット2号機打上げ

イプシロンの進化は、強化型イプシロン、H3ロケットと技術を共有するシナジーイプシロンとまだまだ続きます。宇宙への敷居をより下げることを目指して、今後も新たなアイデアを取り入れ、革新的な推進系の研究開発を行っていきたいと思います。

【 ISASニュース 2017年4月号(No.433) 掲載】