世の中には"お宝"と呼ばれるものは多々あって、お宝の考え方もさまざまです。宇宙研のお宝の一つは、長年蓄積してきた宇宙科学データです。それらの多くはDARTSと呼ばれる宇宙科学データのアーカイブに集約され、世界に公開されています。基本的には、どなたでもお使いください、という方針です。これらの宇宙科学データは、研究者にはよく知られており、多くの方々に使っていただいています。ここでは、さらに広く一般の方にも宇宙科学データを知って楽しんでいただけるようなお話をします。DARTSには、専門分野の研究者を別にすれば、その存在すら気付かれていない宇宙科学データがたくさんあります。そこに分け入って、面白そうなお宝を探す季節があります。毎年開催されている相模原キャンパス特別公開間近のころです。その時期になると、DARTS関係者が集まって、展示用の宇宙科学データを選ぶ打ち合わせをします。

「混ぜるな、危険?」というお話

2015年の特別公開では、小型高機能科学衛星「れいめい」の観測データのハイライトシーンを公開しました。「れいめい」は長年オーロラを観測してきた科学衛星ですが、広報Webサイトに載るようなトピックス(例えば「小型科学衛星『れいめい』の現状と今後」)などからたどることができる映像は限られていました。一方DARTSでは、「れいめい」の動画がすべて公開されています。総数7000本近い品ぞろえです。でも、その中からハイライトシーンを発掘するには、どうすればよいのでしょう。動画をすべてチェックしていたのでは、文字通り日が暮れてしまいます(そればかりか、何度夜が明けてしまうか分かりません)。

そこで、公開されている動画それぞれについてハイライトになりそうなシーンを機械的に探し当てることにしました。まずは蓄積されている動画のフレームごとに2次元のFFT(高速フーリエ変換。時間方向や空間方向の変化を周波数成分の表現に変換する手法の一つ)を施し、そこから低周波成分の分散を計算しました。次に、計算結果から分散が大きかったデータをピックアップしました。経験則としては分散が大きい方が見応えのある画像だったのですが、中にはオーロラではない画像も混じっていました。結局のところ内容の仕分けには人の手が要るのですね、と諦めの境地に入りつつ眺めてみると、どこかの地形っぽいものや、雷と思われる発光現象などが含まれていました。科学的な意義はさておき、これはこれで興味深いと考え直し、オーロラ以外のシーンもハイライトの候補に残しました。

次に、それらをどう見せるか、ということになるのですが、元の観測装置(多波長オーロラカメラ)は670,557.7,427.8ナノメートルの3波長を観測していて、それぞれ酸素や窒素などの発光に対応しているのだそうです。科学者にとっては、これら3種の特徴的な波長が明確に切り分けられていることにこそ意義があるのですが、くしくもこれらは、光の三原色付近の波長になっています。そうなると混ぜたくなるのが人情というものでして、今回はR(赤),G(緑),B(青)の3色合成をしてみました(図1)。たったこれだけの作業でも、白黒テレビからカラーテレビに変わったときのような衝撃がありました(え、生まれたときからカラーテレビだったから、その衝撃が理解できないですって?)。

「れいめい」が観測した3つの波長の画像データと合成画像

図1 「れいめい」観測データ

こうして特別公開で披露したコンテンツは、「宇宙の小箱」というサイトから「宇宙カレンダー」として常時公開しています(図2)。定番の太陽画像をはじめ、小惑星探査機「はやぶさ」やX線天文衛星が撮った画像もカレンダー形式で並んでいます。"あの日""あのとき"の1枚を探してみてください。

カレンダー形式で並べられた「れいめい」の9枚の観測画像

図2 「れいめい」ハイライト

「あの日見た空の色を......」というお話

次は、赤外線天文衛星「あかり」やX線天文衛星「あすか」「すざく」の観測データのお話です。

「あかり」の全天観測データは、FITSという研究者向けのフォーマットで公開されています。これを皆さんに手軽に楽しんでいただける画像として公開できるよう、取り組みを始めたところです。基本的には、元の公開データに忠実に全天画像を作成することになるのですが、ここで一つ決めなくてはならないものがあります。それは、"色"です。「あかり」の場合、遠赤外線の四つの波長での全天観測データが公開されていますが、そのどれもが目に見えない光です。本当の"色"を私たちは知らないので、それらを目に見える色に割り当てる必要があるのです。

天文などの分野では、短波長(高温側)の観測に対しては短波長(寒色系)の色、長波長(低温側)の観測に対しては長波長(暖色系)の色を割り当てます(図3左)。「あかり」が観測した遠赤外線の空が赤く描かれていると、とてもあったかそうな気配が漂いますが、実は波長の長い側の観測データは、バナナでくぎが打てるような極寒の世界を映しているのです。青く描かれることの多い短波長側の観測データの方が、まだ暖かい世界を映し出しているのです。それに対して、サーモグラフィなどの分野では、高温側に暖色系の色、低温側に寒色系の色を割り当てて可視化しています(図3右)。それぞれに理由があって結果として逆のことをしているわけですが、皆さんはどちらがお好みでしょうか。

あかり全天観測データを天文分野風の配色とサーモグラフィ風の配色で画像化した2つの画像

図3 「あかり」が見た空の色は?

「あかり」の公開データとしては、中間赤外線2波長(9,8マイクロメートル)が間もなく加わる予定です。ますます多彩な波長で宇宙を見ることができるようになります。さて、ここにはどんな色を割り当てたらよいのでしょうか。

次は、とても波長が短い方の、見えない光のお話です。

「あすか」や「すざく」をはじめとするX線天文衛星の観測データは、普通の天文写真とは違い、観測した1個1個の光の粒についてエネルギー(可視光で言うならば"色")や観測時刻を読み取れるようになっています。いわば、特殊なフォーマットの動画になっているのです。例えば、かにパルサーという中性子星は、1秒に30回の周期で明滅を繰り返しています。これを仮にビデオカメラで撮影できたとしても、そんな高速のパルスを撮ることは難しいわけですが、例えば「あすか」の観測データを使うと、そのような速い明滅も動画として描くことができます。ランダムに届いているように見える一連のイベントも、明滅の周期分だけずらしながら精度よく幾重にも重ねていくと、パルサーの軽快な明滅を再現できるのです。

「あすか」や「すざく」、「あかり」が見上げた星空がどのような世界だったのか興味がある方は、国際科学映像祭のオフィシャルチャンネルから映像が公開されていますので、ご賞味ください。この作品は全天周ドーム向けの映像なので、普通のパソコンなどで再生すると激しくゆがみますが、どうぞご容赦ください。

「失われた軌跡を求めて」というお話

SPICE形式のデータは探査機や天体などの位置や姿勢などをまとめたもので、これが分かれば探査機がいつ、どこを飛んでいたかを絵にすることもできます。

SPICE形式のデータとしては、金星探査機「あかつき」の金星周回軌道投入の予測軌道が公開されたのが記憶に新しいところです。ほかにも「はやぶさ」が小惑星イトカワ周辺でたどった軌跡もSPICE形式で公開されています。イトカワの形状や自転のデータも同様に公開されているので、これらを組み合わせると、「はやぶさ」とイトカワのランデブーをCGにすることができるのです。

「はやぶさ」打上げ10周年を迎えるに当たっては、このSPICE形式のデータから、かつて「はやぶさ」がたどったであろう軌跡をCGで再現しました(図4)。そのときは、「はやぶさ」がイトカワにタッチダウンする様子までは再現できませんでした。実は、タッチダウン付近の位置データがなかったのです。ぜひともタッチダウンまで再現したいですね、ということで論文などを調べて、残されたデータを突き合わせました。幸いなことに、タッチダウン前後に「はやぶさ」がイトカワを4方向に測距したデータが残っていました。これは、いわば「はやぶさ」がイトカワに伸ばした4本の"脚"のようなものでした。そこで、仮に「はやぶさ」がイトカワ付近に放り投げられたとしたときに、この「はやぶさ」から見た"脚先"とイトカワの形状モデルとがよく合致する場所を探しました。そこから導き出された一つの仮説を、増補版のCGにして「宇宙の小箱」で公開しました。この小さな星に王子さまがいたら、こんな光景を目の当たりにしたかもしれません。

イトカワを4方向に測距したデータから推定されたはやぶさのタッチダウンの様子をCG化した画像

図4 星の王子さま、こんにちは

この先、どこまで「はやぶさ」の失われた軌跡に迫れるのか、それは探検隊の努力と根性にかかっています。

これからも牛の歩みではありますが、宇宙科学の最前線をお伝えできるよう、探検を進めていきたいと考えています。その行く手を阻む思いがけないダンジョン、などというお話ができましたら、またいつか、どこかでご紹介しましょう。

(みうら・あきら)

ISASニュース 2016年3月 No.420 掲載