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画像:NASA

宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、米国航空宇宙局(NASA)が2027年頃までの打上げへ向けて開発を進めている超大型の宇宙望遠鏡「ナンシー・グレイス・ローマン宇宙望遠鏡」(以降「ローマン宇宙望遠鏡」※1)に対して、太陽系外惑星観測を行う上でキー技術である「コロナグラフ装置」への光学素子の提供や、ローマン宇宙望遠鏡が取得したデータのJAXAの地上局による受信および国立天文台等の国内の地上望遠鏡との協調観測の取り組みを通し、国際協力として参画しています。

今般、ローマン宇宙望遠鏡について、地球と類似する太陽系外惑星の直接観測のための技術実証を目指すコロナグラフ装置の製作が進み、その最終試験において達成された装置の性能についての発表がNASAより行われました。詳細はNASAのプレスリリースに述べられるとおりですが、ローマン宇宙望遠鏡のコロナグラフ装置の望遠鏡組み込み前の最終試験において、非常に明るい主星(恒星)の光を隠してすぐそばにある惑星を検出するため装置に求められる性能が達成できたことが示されています。地球と同じような惑星の直接観測のためには、わずか0.1秒角(0.1秒角は1度の1/3600)離れたところで主星の100億分の1も暗い天体を観測する技術が必要です。今回の達成は、さらに将来の大型宇宙望遠鏡での地球類似惑星を研究するための大きな技術的な前進と言えます。JAXAは高精度の光学素子の提供や装置に偏光観測機能を追加する工夫などで装置の開発に貢献しています。

ローマン宇宙望遠鏡 とは

ハッブル宇宙望遠鏡、ジェームズ・ウェブ宇宙望遠鏡に続くNASAの大型宇宙望遠鏡ミッションであるローマン宇宙望遠鏡の開発が、2027年頃を目標とする打上げに向けて順調に進んでいます。

ローマン宇宙望遠鏡は、光を集める主鏡の大きさではハッブル望遠鏡と同じく直径2.4mです。しかし、広い視野を観測する能力、つまり、一度に観測することができる宇宙の広さでは、ハッブル宇宙望遠鏡の約200倍の能力を持っています。この広い視野を活かして、ローマン宇宙望遠鏡では、「広視野観測装置(WFI: Wide Field Instrument)を搭載し、主に次の3点の科学成果の創出を目指しています。

  1. 約100億光年先の宇宙まで、数億個の銀河の分布や数千個の超新星爆発の光度変化を観測して、数十億年前に減速から加速(※2)に転じたとされる宇宙の膨張の歴史とその中での銀河の分布構造の形成と進化の歴史を精密に測定し、精密な宇宙論研究を行うこと
  2. 重力マイクロレンズ(※3)という手法を用いて、銀河系の中の太陽系外惑星をあらたに数千個発見し、太陽―地球軌道距離を越えるような、主星から離れた冷たい惑星までを観測して、太陽系外惑星の軌道分布の全貌を明らかにすること
  3. 様々な分野での広視野を活かした近赤外線波長での天文学研究を実施すること

ローマン宇宙望遠鏡のもうひとつの大きな目的が、(広視野観測とはまったく逆ですが)明るい恒星のすぐそばにある暗い天体を直接観測するという、高コントラスト観測の技術実証を行うことです。このために、ローマン宇宙望遠鏡には「コロナグラフ装置(CGI: Coronagraph Instrument)」を技術実証装置として搭載します。コロナグラフとは、もともとは、(皆既日食のように)明るい太陽の光を隠してその周囲にひろがるコロナを観測する装置を指しますが、ここでは、明るい恒星の光をうまく「隠す」ことにより、そこからわずかの角度しか離れていないずっと暗い天体を観測するための装置を指します。直接系外惑星が観測することができれば、惑星の色や詳しい波長スペクトルとその時間変化などから惑星大気や表面についての情報が得られます。とくに地球類似惑星などでは、生命の兆候(バイオマーカー)の発見につながると期待されます。

しかし、たとえば我々の太陽系を約30光年離れたところから見ると、地球は太陽からわずか0.1度角で、可視光線での明るさの比は、ものすごく大きく、約100億分の1になります。このような観測が本当に可能となるか、まさにそのための技術実証として、ローマン宇宙望遠鏡コロナグラフ装置が目指すのは、明るい星からわずか0.2秒角離れたところで、約1千万分の1それよりも暗い天体を検出し、さらに様々な画像処理解析をおこなうことで、さらに高いコントラストの観測を実現することです。
NASA のプレスリリースにも説明がありますが、コロナグラフ装置ではこのための光の波面を制御する可変形鏡(※4)や、光の道筋上で結像させた焦点面や瞳面で恒星の明るい光だけを"隠す"ための工夫を凝らしたコロナグラフマスクなどを装備します。恒星の明るい光を点として文字通り隠すだけではなく、周囲にひろがる淡い光の裾野(回折光と言います)を含めて隠したり、打ち消し合ったりさせることで、恒星周囲の惑星が存在しうる領域で恒星の光に邪魔されずに、恒星のわずか数千万分の1の明るさの天体(惑星)を観測することができます。このような観測を「高コントラスト」観測と呼びます。また、このように恒星の光の影響をできるだけ低減した上で、光を波長毎にわける分光観測や、反射光を分離することができる偏光観測の機能により、さらにコントラストを高めることが期待できます。

このように、ローマン宇宙望遠鏡のコロナグラフ装置が、宇宙望遠鏡での初めての可変形鏡を備えた本格的なコロナグラフ装置として実証できれば、さらに次世代の望遠鏡で地球類似惑星の直接観測に挑むことができます。ローマン宇宙望遠鏡は、最大のコントラストとして、データ取得後の様々な解析による工夫を含めると10億分の1に迫ることを目指していますが、これが達成できれば、より大型の宇宙望遠鏡などに応用することで、地球類似惑星を検出できる 100億分の1の高コントラスト観測の実現をいよいよ目指すことができます。現在、NASAを中心に国際大型計画ハビタブル・ワールド宇宙望遠鏡の検討が始められていますが、ローマン宇宙望遠鏡コロナグラフ装置の成果がこのような計画に直結するものとなります。

JAXAおよび日本の寄与について

日本は、NASAとの協力に基づき、JAXA宇宙科学研究所・ローマン宇宙望遠鏡プロジェクトを中心に、大阪大学、国立天文台、北海道大学、名古屋大学をはじめ国内の大学・機関の研究者とともに、ローマン宇宙望遠鏡計画に参画しています。

コロナグラフ装置については、日本の研究グループの経験・実績を活かした「偏光」観測機能を付け加えるための光学系のデザインを担当しました。また、日本の企業の持つ優れた加工技術・コーティング技術を活かして、装置の中の光学素子の提供を行っています。大きな装置全体の中では一部の機能・コンポネントになりますが、いずれもコロナグラフ装置技術実証に重要な役割を担います。コロナグラフ装置では、わずかな反射光や光学系のずれ・ひずみがその性能を大きく損ねてしまうことがあります。高精度の加工・コーティング技術が、装置の最終的なダークホール(主星の光を遮って暗い天体を観測できる領域)の性能に直結します。日本が提供したこれらの光学素子は、ローマン宇宙望遠鏡が目指す高いコントラストのための非常に高い精度の光学観測の実現に寄与するものです

偏光観測のための光学系については、東京大学およびアストロバイオロジーセンターの田村元秀教授とともにそのデザインを行い(オプトクラフト社協力)、これを実現する光学素子であるウォラストンプリズム((株)光学技研が製作)と集光レンズ(三共光学工業(株)が製作)のフライト品までを製作して提供しています。惑星の反射光のみが偏光をうけることを利用して、偏光観測によって主星・惑星のコントラストを最大化するための観測手法を実践することなどを目指します。将来の地球類似惑星の検出に伴う究極的なコントラストを目指す上で不可欠な技術実証課題としては、観測装置による微小な偏光にともなう誤差の評価も行う予定です。

また、JAXAからは、コロナグラフ装置の心臓部といえるマスク製作のための精密光学基板を提供しています。マスクの加工自体はジェット推進研究所(JPL)で行われましたが、その基板については、北海道大学・村上尚史講師とともに、高精度の研磨加工とコーティング技術を持つ日本の企業(夏目光学(株))が製作を担当しました。

日本のローマン宇宙望遠鏡への貢献は、(1)コロナグラフ装置の他にも、(2)ローマン広視野観測装置で得られる膨大な観測データを受信するためのJAXA地上局による受信協力、(3)国立天文台と協力してすばる望遠鏡-ローマン宇宙望遠鏡協調観測を実施すること、(4)大阪大学と協力してPRIME望遠鏡-ローマン宇宙望遠鏡協調観測を実施すること、(5) 観測計画の策定への参加を含む科学協力、が含まれます。今回発表となったコロナグラフ装置以外の協力についても、打上げに向けた準備が着々と進められています。

JAXA宇宙科学研究所・ローマン宇宙望遠鏡プロジェクトのリーダーをつとめる山田亨教授のコメント:
「広大な宇宙空間に我々以外の生命の可能性はあるのか? いま我々は、地上や宇宙の望遠鏡を活用してこの大きな謎を探るべく、太陽系以外にある遠くの惑星の観測を詳細に行う野心的な挑戦を行おうとしています。ローマン宇宙望遠鏡コロナグラフ装置は、天文学にとどまらないこの人類的な問題である地球類似惑星の観測のための大きな技術的なステップになります。今回の試験結果は大変心強く、今後の望遠鏡の完成・打上が楽しみです。コロナグラフの主要な光学素子に寄与していることは日本の大きな貢献と言えます。」

JAXA宇宙科学研究所・ローマン宇宙望遠鏡プロジェクトの主任研究者 (PI)をつとめる住貴宏・大阪大学教授のコメント:
「人類初の高コントラストの実現により、将来のハビタブル・ワールズ宇宙望遠鏡での系外惑星、そして生命の可能性の探査に向けた大きな技術的な進展が期待できます。」

ローマン宇宙望遠鏡と日本の参加についてのより詳細な解説記事は、以下をご覧ください。


(註)
※1 ナンシー・グレース・ローマンは、NASAの最初の主任天文研究者であり女性として最初に幹部職についた天文学者で、ハッブル宇宙望遠鏡の母、とも言われています。ローマン宇宙望遠鏡は彼女の名を冠しています。
※2 宇宙の加速膨張の観測的証拠が得られており、未知のダークエネルギーによるものと考えられていますがその物理学的な正体は不明です。ローマン宇宙望遠鏡は加速膨張の様子をより精密に測定することによりダークエネルギーの性質の手がかりを得ることを目指しています。
※3 手前の天体(恒星、銀河、銀河団など)の重力により周囲の空間がゆがみ、背後の天体の光が曲げられて集まることで、本来の光度より明るく見える現象を重力レンズといいます。とくに恒星によって引き起こされるものをマイクロレンズとよびますが、恒星に惑星が存在すると重力レンズによる光度変化に特徴的な変化が生じます。
※4 光の波面を変形させるために薄い鏡の裏側に多数のアクチュエイター(ピストンのように押し引きする仕組み)を配置して高速で変形させることができる鏡です。