太陽の光量(明るさ)の変化は、地球大気中のオゾンにどのような影響を与えるのだろうか?今井 弘二研究員(国立研究開発法人 宇宙航空研究開発機構)と共同研究チームは、国際宇宙ステーション(ISS)に搭載された超伝導サブミリ波リム放射サウンダ(SMILES)の高精度な観測データを用いて、2010年1月15日に起こった日食時のオゾン量の変化を調べました。すると、月の影で暗くなっている地域では、明るい地域に比べて、中間圏のオゾン量が多くなっていることがわかりました(下記解説文図3参照)。またその変化の様子は地表からの高度によって異なっていることもわかりました。これまでの観測は、精度が悪く、太陽の明るさが変わることで、オゾン量がどのように変化するのかについての考察ができませんでした。

大気中のオゾン量はさまざまな要因で決まっています。それらの要因の中で、本研究は日食を利用することによって、太陽光量の変化のみが大気中のオゾンに与える影響を示した重要な成果です。

研究チームはオゾン量を決める他の要因についても調査を進めています。SMILESのデータ解析を進めることで、大気中のオゾン生成と破壊のメカニズムの解明が進み、減少した大気中のオゾン量の回復時期について、正確な予測ができるようになると期待されます。

解説文

地球大気の大きな傷口。それがオゾンホールです。大気中のオゾンは、太陽からの有害な紫外線を吸収してくれます。オゾンの量が減少すると、太陽からの紫外線が地上に届くようになり、地上の生物に悪い影響を与えます。1982年に気象庁(当時)中鉢繁らは、南極上空に全オゾン量が極端に少なくなっているところを発見し、1985年には英国のジョセフ・ファーマンらが、急激な減少傾向にある事を報告しました。この発見は世界に大きな衝撃を与え、大気中のオゾンの減少を止めるために、オゾン破壊の原因となるフロンなどの排出を規制する取り組みが国際的に行われてきました。この取り組みのおかげで、オゾンの減少は止まったかのようです。

しかし、オゾン量がいつ回復するのか、様々な大学や研究機関が化学気候モデル(注1)を用いた将来予測を出していますが、その結果には大きなばらつきがあります。これは大気中のオゾンの生成と破壊のメカニズムがまだよくわかっていない部分があることもその一因になっています。

オゾンの典型的な高度分布を示したグラフ

図1 オゾンの典型的な高度分布 © JAXA

オゾン量の変化やその環境(高度、気温、太陽の光量、関連分子の濃度など)依存性を明らかにするには、精密な基礎データを集めることが必要です。そのため、国際宇宙ステーションに搭載されたSMILES(超電導サブミリ波リム放射サウンダ)は、世界に先駆けて超伝導技術を駆使した高感度受信機を装備し、オゾンやその破壊物質の観測を2009年10月から約半年間にわたって行いました。

2010年1月15日6時30分(世界標準時)の日食の様子を示した地球の模式図

図2 2010年1月15日6時30分(世界標準時)の日食の様子 ©JAXA
点線で囲まれた領域は部分日食が見える地域であり、矢印は月の影の中心が進む経路を示している。

日食が起ったのは、SMILESの観測期間中の2010年1月15日のことでした(図2)。赤道アフリカから東アジアにわたって金環日食(注2)が見られ、その時の様子はニュースや新聞でも話題になりました。そして、世界の多くの人がその世紀の天体ショーに酔いしれている頃、月によって太陽光が一時的に遮られ影になった地域を、偶然にもSMILESが観測しました(図3)。千載一遇とも言えるその機会は、「日食のときに、上空のオゾン量がどのように変化するのだろうか?」という素朴な疑問に答えるばかりでなく、中間圏と呼ばれる高度領域で、オゾン量を決める要因がどういったものであるのかという、未だに完全には理解されていない問題について、新しい知見をもたらすことにもなりました。

日食時のSMILESの観測の様子

図3 日食時のSMILESの観測の様子 ©JAXA
丸印はSMILESが観測した高度64 km(中間圏)のオゾンの様子であり、矢印はSMILESの観測が進む方向を示している

「日食は太陽の明るさ"だけ"が変化したときにオゾンがどう変化するのかを調べる絶好のチャンスです。こういったチャンスはめったになく、SMILESの高精度な観測データが得られたことはまさに奇跡だと言えます。」と今井氏は話しています。「この研究は大気科学と天文学の知識を併せた分野横断型の研究です。私だけでなく世界の第一線で活躍されている共同研究者の方々のおかげで、画期的な成果が得られました。」

SMILESが観測した中間圏オゾンの高度分布のグラフ

図4 SMILESが観測した中間圏オゾンの高度分布 ©JAXA
黒色破線と実線はそれぞれ昼間と夜間のオゾン混合比の平均値。その他の線は日食時の観測値であり、太陽面積の遮蔽率によって色分けをしている。

太陽光はオゾンの存在量を決定づける大事な因子です。そのため、図4に示すようにオゾン混合比の高度分布は、昼と夜では違っています。SMILESが捉えた日食時の観測データは、中間圏のオゾン混合比が低高度ほど夜の値に近づいていることを示していました。これは低高度の方が反応速度は速く、主となる化学反応も異なるためです。論文中には、その観測結果と従来の理論予想を比較した考察が記載されています。

研究チームは、日食時にSMILESが捉えたオゾン以外の微量成分についても引き続き調査を行っています。「かつてない高精度な観測を行ったSMILESのデータ解析を進めることで、オゾン生成と破壊のメカニズムの解明が進むと期待しています」とSMILESのプロジェクトリーダである京都大学生存圏研究所 塩谷 雅人教授は語っています。

注1 化学気候モデル(かがくきこうもでる):
大気中に存在する化学物質の分布やその変動を計算する数値モデルの一種。

注2 金環日食(きんかんにっしょく):
太陽、月、地球が一直線上に並び、地上から見た太陽が月に覆われる現象を日食という。月の視直径が太陽より大きく、太陽の全体が隠される場合を皆既日食(または皆既食)、月の外側に太陽がはみ出して細い光輪状に見えることを金環日食(または金環食)という。