地球周辺の宇宙空間では、低エネルギーイオンや電子が豊富に存在するプラズマ圏や相対論的な超高エネルギー粒子が捕捉されているバン・アレン帯などが重なり合って存在しています。そして、粒子が大幅な増減を繰り返したり、領域の形が変化したりするなど、それぞれの領域はダイナミックに変動しています。これらの変動の理由を説明するためには異なる領域間の結合を考える必要があり、プラズマ波動を介したエネルギーの流入・流出がメカニズムの候補となっています。

私たちは「あらせ」の観測データに「波動粒子相互作用解析」と呼ばれる新しい手法を適用し、プラズマ波動とイオンの運動を対応づけることで、プラズマ波動とイオンがやり取りするエネルギー量を明らかにすることとしました。例えば、プラズマ波動を構成する電界と同じ向きに運動する正イオンは電界によって加速されるため、プラズマ波動からエネルギーを受け取ります。逆にプラズマ波動の電界と反対方向に運動する正イオンは減速され、プラズマ波動にエネルギーを渡してプラズマ波動が強まります。実際にはイオンや電子は多数存在し、プラズマ波動からエネルギーを得る粒子も渡す粒子も存在します。しかし、粒子の運動方向の分布に偏りがあると、全体的にみてプラズマ波動から粒子、または粒子からプラズマ波動へのエネルギーの流れが発生し、これが正味のエネルギー流量となります。

私たちは「あらせ」に搭載された低エネルギーイオン質量分析器(LEP-i) と波動観測器(PWE)、磁場観測器(MGF) の 15.6ミリ秒ごとの観測データを用い、観測タイミング、イオンのエネルギー、そして運動方向ごとに整理されたデータ一つ一つと、同じタイミングで観測されたプラズマ波動の電界との対応をとっていきました。図1(a)(b)は冷たいイオンの加熱に加え、2種類のプラズマ波動( プラズマ中を伝搬するプラズマ波動の一種である磁気音波と電磁イオンサイクロトロン波) も同時に検出された観測イベントに対し、「波動粒子相互作用解析」を適用した結果です。図1(a) から、エネルギー輸送の向きに変動があるものの、全体的には磁気音波が冷たいイオンにエネルギーを与えていることが分かります。一方、図1(b) では、冷たいイオンから電磁イオンサイクロトロン波へのエネルギー輸送が検出され、プラズマ波動の発生・成長が示されています。この結果を模式的に表したものが図1(c) です。本研究はこれまで考えられていなかった、①磁気音波の生成→②冷たいイオンの加熱→③電磁イオンサイクロトロン波の発生と成長、というプラズマ波動とイオンの連鎖反応によるエネルギーの流れが宇宙空間に存在することを実証的に示しました(* 1)。なお、電磁イオンサイクロトロン波はイオンを散乱することによってプロトンオーロラを発光させると考えられるので、図1(c) には④プロトンオーロラの発光も描かれています。

エネルギーの流れの全体像を知るためには、プラズマ波動自体が運搬するエネルギーやイオン・電子が運動することによって運ぶエネルギーについても考慮する必要があります。プラズマ波動が運ぶエネルギー量はポインティングベクトルと呼ばれる量で表され、これは観測値から計算することができます。また、イオン・電子が運ぶエネルギーも観測から導出可能です。ところが、これらの量は観測場所を通過するエネルギー量であって、観測場所で消費または受領するエネルギー量ではありません。ある場所で受け渡しされるエネルギーの収支を考える場合、

(1) プラズマ波動からイオン・電子、またはイオン・電子からプラズマ波動へ受け渡しされるエネルギー量
(2) プラズマ波動の持つエネルギー密度
(3) イオン・電子の持つエネルギー密度
(4) プラズマ波動によってその場に流入、流出するエネルギー量
(5) イオン・電子によってその場に流入、流出するエネルギー量

を考える必要があります。本研究のような単一衛星での観測の場合、(1)(2)(3)は導出可能です。しかし、(4)(5)は単一衛星での観測では求められず、複数衛星での観測結果の差をとる必要があります。今後、天体周辺の宇宙空間プラズマのダイナミクスとエネルギー輸送を考える上で、複数衛星・編隊飛行ミッションの実現が望まれます。

(*1) Asamura, K. et al., Phys. Rev. Lett., 127, 245101 , doi: 10.1103 /PhysRevLett.127. 245101(2021)

ウェブリリースのリンク
https://www.isas.jaxa.jp/topics/002885.html

図1

図1:本研究で解析した観測イベントについて、プラズマ波動から冷たいイオンに渡される正味のエネルギー流量を示したプロットと模式図。(a) 磁気音波の場合、(b)電磁イオンサイクロトロン波の場合。それぞれのパネルに線が3 本プロットされており、真ん中が計算値を示し、上側と下側の線は信頼区間を表します。(c)本研究で明らかになったジオスペースでのエネルギーの流れの模式図。© ERG science team