地球周囲の宇宙空間、ジオスペースに存在する電子とイオンからなるプラズマからは、様々な電磁波(プラズマ波動)が自然発生しており、プラズマの分布やエネルギーを変えてしまうことが知られています。特に周波数1Hz程度の「電磁イオンサイクロトロン波動(以下、EMIC波と呼びます。)」と呼ばれる電磁波は、数MeVのエネルギーを持つ放射線(放射線帯の電子)を散乱させて消失させたり、プロトン(陽子)の散乱によって極域でのプロトンオーロラの発生に寄与したりすると考えられています。理論解析やスーパーコンピュータによる大型数値実験により、EMIC波は数10keV程度のプロトンとの共鳴現象によって発生すると考えられていました。特に、周波数の上昇や降下を伴うEMIC波はイオンと非線形な相互作用を起こし、プラズマの散乱や加速を非常に効率良く起こすといわれています。エネルギー源となるプロトンはEMIC波によって分布を不均一な形に歪められ、その歪な分布が電流となってEMIC波の周波数変調や急激な成長を引き起こすと理論的には考えられています。しかしながら、これまで、宇宙空間での衛星観測において、プラズマの中からEMIC波が発生し、非線形な相互作用を起こす直接的な証拠は捉えられていませんでした。

我々の研究グループは、EMIC波の電磁場とプロトンのサイクロトロン運動の位相関係からプロトンの密度分布の揺らぎを特定し、電磁波-プラズマ間の相互のエネルギー授受を直接計測する新しい解析手法「WPIA」を開発しました。我々はまず、「あらせ」に搭載されている磁場計測器「MGF」とプラズマ波動観測器「PWE」の一部である電場計測器「EFD」がそれぞれ観測した電磁場ベクトルデータからEMIC波、とりわけ周波数変動を伴うような非線形な波動を探しました。中でも比較的珍しく、理論やシミュレーションでも発生原理の解明が不十分な周波数降下を伴うEMIC波を発見できたため、WPIAを用いてエネルギー授受の現場と発生メカニズムの詳細な解析を行いました。「あらせ」に搭載されている低エネルギーイオン観測器「LEP-i」が観測したイオンの3次元速度分布関数データと電磁場のデータを組み合わせてWPIAを行い、EMIC波の周波数を下げる、成長を引き起こすと考えられているそれぞれの電流を世界で初めて発見することができました。

また、これらの電流を形成すると考えられているプロトンの分布の歪み「プロトン・ヒル」を発見しました。そして、プロトン・ヒルが時間的に変化する様子を捉えることに成功しました。「あらせ」が捉えた波の成長とともに時間変化するプロトン・ヒルの模式図を下に示します。この時間変化は数秒の間で起きる現象であり、「あらせ」の高時間分解能での常時観測によって初めて捉えることができたものです。これによって、理論的に予見されていたEMIC波の非線形な成長のシナリオを証明しました。WPIAは今後、宇宙プラズマの中で発生している様々な種類の電波の分析に応用されていくことが考えられています。特に、「あらせ」の電子の高時間分解能データに本解析手法を適用することにより、明滅するオーロラを作り出している起源といわれる、周波数数千ヘルツの電波:「ホイッスラー波動・コーラス」が生まれる様子が解明されると期待されています。本成果は下記の名古屋大学ウェブサイトにてプレスリリースされております。

(https://www.isee.nagoya-u.ac.jp/news/research-results/2021/20210713.html)

図

図:「 電磁イオンサイクロトロン波」発生の様子。右上の図は周波数が下がる電磁イオンサイクロトロン波との共鳴の様子、右下の図は周波数が変わらない電磁イオンサイクロトロン波が発生した時のイオンとの共鳴の様子を示します。どちらも密度の不均一(山)が観測されますが、周波数が一定の場合から降下するものに変化した時、山が位相角の小さい方に移動することが示唆されています。© ERG science team