概要

宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所 学際科学研究系の斎藤芳隆准教授らの研究グループは、スーパープレッシャー気球2機を2024年1-2月に南極昭和基地から放球し、南極域の高度18km付近における大気重力波の動態や役割を調べる観測を実施しました。この実験で利用したスーパープレッシャー気球は皮膜に高張力繊維の網をかぶせることで耐圧性能を、皮膜を二層化することで気密性能を持たせるというユニークな方法で長時間の飛翔を可能にしたものです。同観測では、高度18km付近の下部成層圏における大気重力波起源の風速変動を捉えるとともに、気球放球時の制約条件を従来よりも大幅に緩和することに成功しました。新たな成層圏プラットフォームであるスーパープレッシャー気球を用いた観測技術の確立は、将来的に様々な科学・商業分野への応用につながると期待されます。なお、本研究結果の詳細については、2024年11月25日に東京都立川市で行われた「第156回地球電磁気・地球惑星圏学会 総会および講演会」で発表されました。

背景

大気重力波は、浮力を復元力とする大気波動の一つで、大気が地球全体規模で子午面を循環する原動力となっている現象です(Fritts and Alexander 2003)。この理解が短期的な気象の予測と長期的な気候予測の両方の観点で重要です。南極では重力波の活動が活発であることが知られているものの、観測データが少なく、気象モデルの確実性が南極での重力波観測で制限されているのが現状です。私たちは、この現状を打破するべく、南極昭和基地にある南極唯一の大型大気レーダーPANSY(*1)(Sato et al. 2014)による大気重力波の鉛直プロファイルの測定に加えて、スーパープレッシャー気球による水平方向の情報取得によって三次元的な理解を進めようと、2020年から、南極域での大気重力波観測実験、LODEWAVE (LOng-Duration balloon Experiment of gravity WAVE over Antarctica)を開始いたしました(冨川、他、2021)。

この実験で重要なのが、スーパープレッシャー気球です。この気球は体積を一定に保つことでほぼ一定の高度を長ければ数か月にわたって飛翔することができる飛翔体で、成層圏に長期滞在可能な新たな観測・通信プラットフォームとして注目されています。従来、科学実験で用いられてきたゼロプレッシャー気球の場合、気球の下部に排気口があり、気球の中のガスの圧力が大気圧と等しくなっています。日が沈むと気球のガスの温度が下がってしぼみ、浮力を失って気球は降下します。このため、日没になると気球に積んだバラストと呼ばれる砂を投下して軽くすることで、降下を防いでいます。気球が飛び続けるには、このバラストを毎晩、落とさなければなりません。つまり、最初に積んだバラストの量で飛行時間が制限されてしまいます。これを防ぐべく、気嚢部を密閉して常に気嚢部の圧力を大気圧よりも高い状態で保ち体積を一定に保つことで浮力の変動を防ぐのがスーパープレッシャー気球です。しかし、このためには昼間にかかる高い圧力に耐える必要がありますし、ガスが長時間漏れないように気密にする必要があります。本研究グループでは、気球皮膜に高張力繊維の網をかぶせることで耐圧性能をもたせ、皮膜を二層化して層間の流路を閉塞することで気密性能を高めるというユニークな手法でスーパープレッシャー気球を開発しました(斎藤、他、2021、斎藤、他、2023)。

これまでの観測

LODEWAVEの第1回のキャンペーンは2022年1-2月に南極昭和基地で実施され、3機のスーパープレッシャー気球を飛翔させ、昭和基地にある大型大気レーダーPANSYとの共同観測に成功しました(Tomikawa et al. 2023)。これがスーパープレッシャー気球による日本初の科学観測となりました。この実験では、スーパープレッシャー気球によって観測された慣性周期(*2)に近い周期の重力波が、最新の再解析データERA5(*3)を用いた解析結果では表現されていないことが確認され、現状の高解像度シミュレーションであっても南極での観測結果なしには不十分な精度にしか到達できていないことが改めて確認されました(Tomikawa et al. 2024)。一方、気球の飛翔期間はいずれも3日以内にとどまり(Saito et al. 2024)、目標としていた10日以上には届かず、次回の観測に向けて気球本体や放球方法の改良に取り組んできました。

今回の成果

LODEWAVEの第2回キャンペーン観測として、2024年1-2月に南極昭和基地より2機のスーパープレッシャー気球を放球し、高度18km付近を飛翔させることに成功しました(冨川、他、2024)。今回の気球の大きな改良点は、放球時の強風対策として気球中央部を縛って気球下部が広がることを防ぐネクタイを導入したことと、第1回のキャンペーンで利用した気球で使っていた内層のゴム気球に換えて、内層も外層もポリエチレン気球を利用したことにありました。ネクタイは良好に動作し、3 m/s以上の強風下での放球が可能であることが確認されましたが、飛翔期間は第1回キャンペーン観測と同様に3日以内にとどまり、更なる気球の改良が必要なことも明らかとなりました。

観測では、周期が慣性周期に近い大気重力波による水平風速と飛跡(図1)の振動を捉えることに成功しました。今回のキャンペーン観測中にも南極昭和基地大型大気レーダーPANSYとの同時観測を行っており、PANSYでも同様の風速変動が観測されました。これらの結果は、大気重力波研究の最新の成果であるだけでなく、日本独自のスーパープレッシャー気球の様々な科学・商業分野への応用に向けて大きな一歩となる成果です。

今後の展望

今後、スーパープレッシャー気球の更なる改良を進め、次回のキャンペーン観測を2027年4-11月に南極昭和基地で実施する予定です。

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図1:放球した2機のスーパープレッシャー気球の飛跡。(冨川、他、2024

<用語解説>
*1 南極昭和基地大型大気レーダー(PANSY):約1000本のアンテナで構成される南極唯一の大型大気レーダー。2011年に南極昭和基地に設置され、2012年から連続観測を継続しています。

*2 慣性周期:地球の自転に伴う空気塊の回転運動の周期。大気重力波の周期の上限でもあり、昭和基地付近では約13時間です。

*3 ERA5 : 欧州中期予報センター(ECMWF)による第 5 世代の大気再解析で、大気、陸地、海洋に関連する膨大な数の気象変数に対して時間単位の予測を提供します。

<論文タイトルと著者>
タイトル:南極域における大気重力波のスーパープレッシャー気球観測(LODEWAVE:LOng-Duration balloon Experiment of gravity WAVE over Antarctica):第2回キャンペーン観測の報告

著者:冨川喜弘1) 10), 斎藤芳隆2) , 村田功3) , 佐藤薫4) , 平沢尚彦1) , 高麗正史4) , 中篠恭一5) , 秋田大輔6) , 松尾卓摩7) , 藤原正智8) , 加保貴奈9) , 吉田理人10) , 川上莉奈7)

極地研1) , JAXA 2) , 東北大院・環境3) , 東大院理4) , 東海大工学部5) , 東京工業大学環境・社会理工学院6) , 明治大学理工学部7) , 北海道大学大学院地球環境科学研究院8) , 湘南工科大学大学院工学研究科9) , 総研大先端学術院10)

プレスリリース:https://www.sgepss.org/meeting/SGEPSS_FM2024_Press_Release.pdf

<参考文献>
Gravity wave dynamics and effects in the middle atmosphere,
Fritts, D. C., and Alexander, M. J.
Rev. Geophys., 41, 1003 (2003)
Doi: 10.1029/2001RG000106

Program of the Antarctic Syowa MST/IS Radar (PANSY)
Kaoru Sato, Masaki Tsutsumi, Toru Sato, Takuji Nakamura, Akinori Saito, Yoshihiro Tomikawa, Koji Nishimura, Masashi Kohma, Hisao Yamagishi, and Takashi Yamanouchi
J. Atmos. Solar Terr. Phys., 118A, pp.2-15. (2014)

南極域における大気重力波のスーパープレッシャー気球観測計画(LODEWAVE:LOng-Duration balloon Experiment of gravity WAVE over Antarctica)
冨川喜弘, 佐藤薫, 斎藤芳隆, 村田功, 平沢尚彦, 高麗正史, 中篠恭一, 秋田大輔, 松尾卓摩, 藤原正智 ...
宇宙航空研究開発機構研究開発報告: 大気球研究報告 JAXA-RR-20-009 pp.19-33 (2021)

LODEWAVE実験にむけたスーパープレッシャー気球の開発(I)
斎藤芳隆, 泉芙由美, 秋田大輔, 中篠恭一, 松尾卓摩, 冨川喜弘, 橋本紘幸, 松嶋清穂
宇宙航空研究開発機構研究開発報告: 大気球研究報告 JAXA-RR-20-009 pp.35-56 (2021)

LODEWAVE実験にむけたスーパープレッシャー気球の開発(II)
斎藤 芳隆, 冨川 喜弘, 村田 功, 秋田 大輔, 中篠 恭一, 松尾 卓摩, 橋本 紘幸, 松嶋 清穂
宇宙航空研究開発機構研究開発報告: 大気球研究報告 JAXA-RR-22-008 pp.25-35 (2023)

LODEWAVE (Long-Duration Balloon Experiment of Gravity WAVE over Antarctica)
Yoshihiro TOMIKAWA, Kaoru SATO, Yoshitaka SAITO, Isao MURATA, Naohiko HIRASAWA, Masashi KOHMA, Kyoichi NAKASHINO, Daisuke AKITA, Takuma MATSUO, Masatomo FUJIWARA, Takana KAHO, and Lihito YOSHIDA
Journal of Evolving Space Activities 1 ID:14 (2023)
Doi:10.57350/jesa.14

Simultaneous Observation of Near-Inertial Frequency Gravity Waves by a Long-Duration Balloon and the PANSY Radar in the Antarctic
Yoshihiro TOMIKAWA, Isao MURATA, Masashi KOHMA, Kaoru SATO
Journal of the Meteorological Society of Japan, 102 6, pp.655−664, (2024)
Doi:10.2151/jmsj.2024-034

Flight Performance of Super-Pressure Balloons for LODEWAVE
Yoshitaka SAITO, Yoshihiro TOMIKAWA, Isao MURATA, Daisuke AKITA, Kyoichi NAKASHINO, Takuma MATSUO, and Takuji SUGIDACHI
Journal of Evolving Space, accepted (2024)

南極域における大気重力波のスーパープレッシャー気球観測(LODEWAVE:LOng-Duration balloon Experiment of gravity WAVE over Antarctica): 第2回キャンペーン観測の報告
冨川 喜弘、斎藤 芳隆、村田 功、佐藤 薫、平沢 尚彦、高麗 正史、中篠 恭一、秋田 大輔、松尾 卓摩、藤原 正智、加保 貴奈、吉田理人、川上 莉奈
JAXA Research and Development Report, accepted (2024)

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放球直前のSP気球の様子(2024年1月8日) (冨川、他、2024