次世代の超小型・省電力・高効率な宇宙用推進機である多孔質型イオン液体エレクトロスプレースラスタの推力生成メカニズム
本研究のポイント
- 多孔質エミッタから放出されるイオン電流を定式化する理論モデルを構築
- 本理論モデルを用いてイオン電流の実験結果を精度良く再現することに成功
- 今後、推進機の性能向上に向けた設計への活用に期待
研究概要
JAXA宇宙科学研究所で受託指導研究を行っている髙木公貴氏(横浜国立大学博士課程後期2年、JST創発プロジェクト・リサーチ・アシスタント、東京大学大学院修士課程修了)は、JAXAでの受入教員の月崎竜童准教授、修士課程での指導教員である西山和孝教授(共に宇宙飛翔工学研究系)、東京大学の山下裕介博士(現スタンフォード大学)、鷹尾祥典准教授(JST創発研究者)と、真空中でイオン液体を含浸した多孔質エミッタからイオンを放出して推力を発生させる物理メカニズムに関して、マルチスケールな解析を不要とする簡易な理論モデルを構築し、放出イオン電流の実験結果を精度良く説明することに成功しました。本研究は、工学委員会の戦略的開発研究費とJST創発的研究支援事業の助成を受け、JAXA宇宙科学研究所先端工作グループで製作され、宇宙科学研究所と横浜国立大学で実験が行われました。イオン液体を利用した宇宙推進機の性能予測への活用が期待できます。本研究成果は、国際科学誌「Journal of Applied Physics」(2024年6月27日付)に掲載され、特に注目すべき研究成果としてFeatured Article に選出されました。
社会的な背景
現在、宇宙開発では超小型衛星の開発が非常に注目を集めています。多数の衛星を用いたコンステレーションによる通信インフラの整備が急速に進められるなど、新たな産業基盤として構築されつつあります。しかしながら超小型衛星では、従来用いられてきた化学推進機は高圧ガスの制約が大きく、イオンエンジンなどの電気推進機は電力が不足し、良い推進機の選択肢が現状ほとんどありません。本研究では、高圧ガスを用いることなくイオン液体を貯蔵し、プラズマを生成することなく、推進剤となるイオン液体から直接イオンを放出して推力を発生させることで、大幅な効率改善を図ります。本推進機技術の確立により、超小型宇宙機も自由に宇宙空間を動力航行できることが期待できます。
研究成果
イオン液体を浸透させた多孔質エミッタの表面に高電界を加えるとイオンを効率よく放出できることから、宇宙推進機としての利用を目指して世界中で研究開発が進められています。しかし、多孔質表面に存在するイオン液体界面からイオンが引き出される物理現象はマルチスケールにわたり複雑なため、どれだけのイオンが放出されるのかを予測するには時間を要する数値シミュレーションが必要でした。こうした中、エミッタ内部のイオンの流れがイオン放出を決定していることを示唆する先行研究から着想を得て、多孔質構造によって抑制されるイオンの輸送をオーム則に基づく簡易なモデルで表し、しきい値電界を越える領域からイオンが放出されるとする定式化を行いました。その結果、複雑な表面の状態を考慮しない簡易なモデル化にも関わらず、モデルから予測される電流値は実験値と非常に良い一致を示すことに成功しました。
実験・解析手法
約1mmの微小な突起形状を持つ多孔質エミッタの形状を正確に計測し、その形状から数値計算で表面電界を算出します。一方、真空装置内でイオン液体を含浸させたエミッタ表面に高電界を与えることで放出されるイオンを電流値として直接計測しました。これらの電界と電流密度の関係を理論モデルで定式化し、マイクロスケールとナノスケールの異なる多孔質を用いて多孔質抵抗を変化させることで、イオンの輸送の違いがイオン放出に与える影響を調べました。
今後の展開
本論文で構築した理論モデルを用いることで、計算コストを劇的に抑え、スラスタの形状設計に対する放出イオンを予測することが可能となります。そのため、今後の推進機開発に本理論モデルを活用し、高性能化へ向けた設計の効率化が期待されます。本スラスタが実用化されれば超小型衛星を使った、コンステレーション、深宇宙探査、フォーメーションフライトの実現が期待されます。
掲載論文 (Featured Article)
Koki Takagi, Yusuke Yamashita, Ryudo Tsukizaki, Kazutaka Nishiyama, and Yoshinori Takao, "Simple model of multi-scale and multi-site emissions for porous ionic liquid electrospray thrusters", Journal of Applied Physics 135, (2024): doi: 10.1063/5.0195699
謝辞
本研究は、JST創発的研究支援事業JPMJFR2129,JAXA戦略的開発研究費(工学)による助成を受けて実施されました。実験に用いた多孔質エミッタは、日本電気硝子株式会社から提供されたポーラス材料を使用し、その加工はJAXA宇宙科学研究所先端工作グループにおいて行われました。