概要

  • 月惑星への着陸探査では天体表層との相互作用を考えて探査機の設計を行うことが重要だが、地球より重力が小さい天体への着陸を検討する際に参照することが必要となる、低重力での粉粒体のふるまいに関する十分なデータベースは存在しない。
  • これまでの着陸探査機の数は100機程度であり、観測機会が限られるだけでなく天体表層の粒子のふるまいを観測するような計画はなされてこなかった。地上実験では、初期状態の安定した1G未満の一定重力環境を長時間実現することが難しく、低重力環境下の数値モデリング等から導き出された粉粒体のふるまいについて、その答え合わせをするための実験データがきわめて限定的であった。
  • ここでは、 国際宇宙ステーション/「きぼう」モジュールの遠心機付き細胞培養装置(CBEF:Cell Biology Experiment Facility)を人工重力発生装置として使用することで、任意の重力環境(0.063G~2.0G)を再現し、長時間の安定した一定重力下で各種粉粒体(砂やレゴリス模擬土等の8種類)の流動特性の観測を行った結果を報告する。
  • 実験結果により、低重力下であってもいくつかの砂の流動特性はよく知られた物理法則に定量的に従い、質量流量が重力の大きさの平方根(√G)に比例することがわかった。また、測定結果の回帰分析により、砂の「かさ密度 *」が重力とともに減少する示唆を得た。今回のHourglassミッションはISASと有人宇宙技術部門の連携で行われたものであり、本来の目的とは異なるものの、この遠心機が任意の低重力環境を安定的に長時間供給できることに気付いたことから、粉体流動特性を計測する装置を製作・装着し実験の実施に至った。これは、地球近傍宇宙環境での実験を深宇宙での着陸探査の事前実証に用いるという新しいアプローチである。
  • また、低重力環境下の粉粒体のふるまいに関するモデリングに対して答え合わせが可能となるデータ群を獲得したことは、学術的な理論予測の検証に用いるための基礎データを得ただけでなく、将来の着陸探査の安全性を高め、表層を構成するレゴリス等の飛散によるミッション能力低下への対策案検討にも資するものである。

*かさ密度とは、一定容積の容器もしくは空間に粉粒体(砂やレゴリスなど)を充填し、その内容積を体積としたときの密度のこととなります。一般的にこの密度が大きい地盤は硬く、小さい地盤は柔らかくなります。天体表層がどのような「かさ密度」になっているかを予測し、また、摩擦角等その他のパラメタと合わせて既存モデルから地盤との相互作用力を計算し、探査機の着陸装置やローバの移動機構、サンプル採取装置、これらの形状やアクチュエータの能力等を決定することが行われます。

研究内容

地球外の固体惑星の表層は細かい砂(レゴリス)で覆われており、ミッション時に着陸機やロボット等の探査機はその砂と直接触れ合うことになります。探査機がその砂からどういった影響を受け、逆に探査機が砂へどう影響を及ぼすのか、つまり、探査機と砂の相互作用を予測することが、未知の天体を探査する宇宙機設計では重要となります。例えば、着陸脚パッドが天体表層にどれくらい埋まると抜けなくなってしまうので面積をどの程度にする必要があるのか、ロボットがどのくらいの効率で走行できるので太陽電池サイズや電池容量がどれくらい必要か等、この相互作用は探査機システム随所の仕様性能を見積もる上で重要な因子となります。

一方、レゴリス等粉粒体の挙動解析の答え合わせは実験で行うべきですが、地上と天体表層では重力、大気圧、温度、様々な環境が異なり、地上実験ですべてを再現することは困難です。特に、地上では粒子やその集合体には重力が支配的な作用力として働くが、低重力下では粒子サイズにより異なる力(分子間力、静電気力等)が支配的となり、全体としてどのようにふるまうのか、相互作用がどうなるか、作用力が限定された解析では予測することが難しくなります。

したがって、天体表層の特性は現地に行って触れてみて初めてわかることになりますが、探査機の開発をそれまで待つことはできません。事前に可能な限り様々な力要素の結合を考慮して粉粒体のふるまいを予測し、保守的かつ余裕を多く含ませた設計で打上げに挑まないとならず、多くのリソースを要することになります。そのような背景の下、Hourglassミッションでは様々な粉粒体の低重力下での挙動を取得することができ、これを答えとして解析に必要なパラメタセットを獲得することで、要求リソースを低減した探査機設計が実現できるようになります。

従前より月惑星探査に不可欠な着陸機やローバの設計検証ならびに各種ミッションの事前検証には数値シミュレーションが活用されています。ただし、探査機の着陸目標となる天体表層の重力は1G未満となり、地上実験で答え合わせすることが難しいです。例えば、航空機によるパラボリックフライト(放物線運動)や落下塔(自由落下状態)が低重力の試験環境として良く利用されますが、これらの手段では安定した長時間の低重力環境の再現は難しく、レゴリス等粉粒体の流動挙動の重力依存性を検証するための十分な測定結果を得ることは困難です。

したがって、現状の探査機設計では、天体の遠隔観測や成り立ちから表層の特性を予測して与えられるパラメタに限られ、その不確かさは大きいです。過去に天体表層で探査機が活動した結果は多数あり、マクロな相互作用力の観測結果はありますが、一方でレゴリス粒子のふるまいを観測するためには、極端なことを言えば、浮遊している数十umのレゴリス粒子を追尾しながら動画で撮影し続ける必要があり、難しいことには論を待ちません。もし、閉じられた空間に安定した長時間の低重力環境を整備し、その中で小さなレゴリス粒子のふるまいを動画撮影することができれば、計算の基礎となるパラメタセットが取得できると考えられます。

そこで、Hourglassミッションでは、国際宇宙ステーション(ISS: International Space Station)の「きぼう」モジュールに設置されているターンテーブル型の細胞培養実験装置(CBEF: Cell Biology Experiment Facility)により生成された遠心力を利用した1G未満を含む人工重力環境下で、地球上の砂や模擬レゴリスが封入された砂時計型の試験体を活用した流動実験を行いました。

火星衛星探査計画MMX(Martian Moons Exploration)では、微小重力天体へ探査機が着陸し、長時間滞在することを想定しており、接地以降の探査機の応答次第では転倒や埋没等でミッション継続不可能になり得るため、小天体表層地盤やレゴリスの特性をどう設定すればよいのか、早い段階から研究者が議論を行っていました。そのような中、CBEFで粉粒体を用いた試験を行うことが大学研究者含むMMXの着陸装置検討チームの中でアイデアとして持たれ、偶然機会を得た有人宇宙技術部門との話し合いで相談し、実施が決定しました。

従来、動物実験等で使われているCBEFは任意の低重力環境を安定的に長時間供給できることから、粉体流動特性を特定するために適した重力環境を提供してくれる装置と考えられ、宇宙飛行士の安全を担保した上でそれを用いた試験を実施することとなりました。これは、地球近傍宇宙環境での実験を深宇宙での着陸探査の事前実証に用いるという新しいアプローチとも言えます。

試験条件となる重力環境は、CBEFが実現できる回転数下限の1rpmから地上で再現実験も可能な2Gとし、その間の水準数は、実験装置の稼働可能時間と実施すべき試行数から、着陸探査対象となり得る地球月と火星の重力を含む形で決定しました。また、8種類の粉粒体についても、対象天体となる地球月、火星、火星衛星の模擬レゴリス、研究者が良く使う地上の砂として硅砂、個別要素法(DEM: Distinct Element Method)の計算結果と比較しやすい粒径を揃えたアルミナビーズを選びました。

粉粒体が真空状態で封入された砂時計型の実験装置(Hourglass box)をMEU(Measurement Experiment Unit)に入れ、CBEFのターンテーブル(Artificial gravity generator)上90度ごとに4つ搭載し、回転速度を制御することで人工重力としての遠心力を発生させました(図1)。

Fig1

図1: 人工重力発生装置 (©JAXA)

Fig2

図2: Hourglass Boxの機器構成と搭載品写真

これによりISS内の微小重力環境下で遠心力が付加された粉粒体は人工的な低重力環境下に置かれることになります。その状態を保ったまま、砂時計型の試験体を遠心力方向に対して繰り返し反転させました(ひっくり返しました)。様々な人工重力レベルに対応するようにターンテーブルの回転速度を制御し、粉粒体が人工重力方向に流動落下する様子をカメラで撮影しました。

Hourglass Boxの内部構成と搭載品写真を図2に示します。Hourglass Box内には試料の粉粒体を封入した砂時計型及びメスシリンダ型の容器、粉粒体の挙動撮像用カメラ(連続静止画像)、人工重力測定用の三軸加速度センサ、容器一式を一定時間ごとに反転させるサーボモータが搭載されました。また、Hourglass Boxは一次電池で駆動する方式としました。

本ミッションでは8種類の粉粒体を実験試料として選定しました(表1参照)。同表S/N101のアルミナビーズはその他の粉粒体の比較対象として選定しており、粒径はほぼ球形で粒度分布幅は非常に小さいです。S/N102、203の東北珪砂の特性は従来研究で多く報告されており、地球上の砂の典型例として選定しました。S/N103の豊浦砂も東北珪砂と同様に地盤工学の分野で標準砂として用いられ土質特性が解明されており、品質が安定し、本実験と従来知見との比較にも適しています。さらに将来の探査活動先として想定される地球月、火星衛星、火星の模擬レゴリスも選定し、それぞれS/N104、 204、202、201としました。

表1: 実験試料と封入対象実験装置、対象実験

Table1

実験は計8式のHourglass Boxを4式ずつRun1とRun2の2回に分けて実施しました。宇宙飛行士がHourglass Boxの2つのトグルスイッチをONし、CBEFに取り付けた後、自動でシーケンスが走り、それに応じて、ターンテーブルを地上からの直接操作(回転数制御)で回転させました。図3-1、3-2に示す人工重力(0.063~2.0 G)に等価な遠心力をターンテーブルで発生させました。

Fig3

図3: 実験で再現した人工重力値(月の重力: 0.17G、火星の重力: 0.38G、地球の重力: 1.0G)

Hourglass Boxは8時間動作を想定し、最初の1時間はCBEFへの組込のため待機期間、その後の7時間で砂時計を420回反転させました。得られたデータはHourglass Box内のSDカードに保存され、それを軌道上で宇宙飛行士がPCに読み込ませ、ISSと地上局との通信によりその内容はすべて地上へ降ろされました。各試験試料の流動終了時の画像を図4に示します。

Fig4

図4: 流動終了時の粉粒体の様子 (0.063G)

まず、実験結果を正しく解釈するために、自然重力と人工重力環境下での流動挙動の違いについて数値シミュレーションを実施しました。解析には粉体工学分野や土質力学分野で実績のある個別要素法を利用しました。自然重力および人工重力環境下におけるアルミナビーズの解析結果を図5に示しています。解析の結果、粉体の流動速度に関連する排出口上部の堆積状態は、自然重力環境と人工重力環境とで良い一致が確認できました。他方、人工重力環境下では、粒子が一端排出されると無重力状態(ISSでは微小重力)となり等速運動を示すのに対し、自然重力環境下では等加速度運動を示します。そのため、底面到達時の速度には両者で差異が見られました。加えて、人工重力環境では、回転系から慣性系への移行に伴い、粒子は落下中にコリオリ力の影響を受けます。しかしながら、本実験装置の落下距離の範囲では、これらの影響は重力条件が及ぼす流速に対するそれよりも小さいことが確認できました。このような数値シミュレーションによる検証により、本実験は自然重力における粒状流の重力依存性を十分に再現できていることが確認できました。

Fig5

図5: 個別要素法を用いた低重力環境での流動シミュレーション (0.1G)

次に、流動速度の測定結果の回帰分析により、流動速度の重力依存性はよく知られたBeverloo則に低重力条件下でも従うことを明らかにしました。また、これまで仮説の域にとどまっていた低重力条件下での流動速度は、砂の種類によっては重力の大きさの平方根(√G)に比例することを実証しました(図6)。さらに、回帰分析の結果から、砂のかさ密度が重力と共に減少することを示唆する結果を得ました。

Fig6

図6: 砂の流動速度の重力依存性(回帰分析結果)

Hourglassミッションでは、限定された空間の制御された模擬重力環境(10水準)下で8種類の粉粒体(模擬レゴリス、自然砂等)の挙動ならびに堆積状態を観測した連続画像データが3000以上獲得されました。

このデータを基にした、本研究の成果である砂の流動特性やかさ密度の重力依存性の結果は、機械とレゴリスの低重力下での相互作用の予測のために必要な力学モデルやパラメタセットの決定に資すると考えられます。例えば、将来の探査目標となる天体の素性の良い地盤初期状態を設定可能となり、レゴリスが置かれている重力の大きさに強く依存する着陸機への地盤反力やローバの走行能力の数値解析の精度向上に寄与し得ます。また、天体表層からのレゴリス飛散等への対策において、これまでの多水準のパラメトリックスタディを進めることで最悪ケースを想定した多くのマージンを含んだ設計から脱却し、限定されたパラメタを用いた効率的かつ最適な設計にも期待が持てるようになります。結果として、設計検証の信頼性向上、探査機の軽量化、開発期間の短縮を促進し、日本における高頻度な探査活動への一つの布石になると考えられます。

そして、これまで粒子レベルではだれも見たことのない低重力での粉粒体のふるまいは、研究者以外の興味も誘引し、月で砂時計をひっくり返したら何分になるでしょうか?といった素朴な疑問にも憶測のない答えを与えることができるようになります。また、数値モデリングの限界は、考慮した作用力しか考慮できないことであり、低重力では重力以外の力がどの程度働くのか、重力が弱まることで作用力モデルの構造自体が変わるのか、今回の実験データの解析によりそれらの答えが少しずつ見えてきています。このように今回獲得されたデータから、将来、惑星形成過程の同定や宇宙機設計に資するさらなる情報が研究者により抽出される可能性は高いと考えられます。

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用語解説

1. Hourglassミッション:国際宇宙ステーション「きぼう」モジュールの人工重力発生装置上に実験装置(Hourglass box)を搭載し、低重力が砂の特性(例えば、粒子自体の挙動,粒子群が示す相互作用力等)に及ぼす影響を調査するミッション。
URL : https://humans-in-space.jaxa.jp/kibouser/subject/science/70485.html

2. 細胞培養装置(CBEF):「きぼう」モジュールにある細胞培養装置(CBEF: Cell Biology Experiment Facility)。装置内にある遠心機能により、人工重力を発生させることができ、月面や火星の重力環境を模擬できる。
URL : https://iss.jaxa.jp/kiboexp/equipment/pm/cbef/

3. 計測実験ユニット(MEU: Measurement Experiment Unit):CBEFに実験試料を取り付けるための小さな箱。
URL : https://humans-in-space.jaxa.jp/biz-lab/experiment/pm/beu/

4. 個別要素法(Distinct Element Method):分析対象物を個別の粒子の集合体としてモデル化し、粒子同士または粒子と固体間の接触と滑りを考慮して、各時刻におけるそれらの運動を分析する数値解析手法。

5. Beverloo則:Beverlooらによって提案された、サイロや砂時計などの排出口から流れ出る粉粒体の質量流量(単位時間当たりの質量)を記述した法則。J. Chem. Eng. Sci. 15, 260-296 (1961).

論文情報

原題: Granular flow experiment using artificial gravity generator at International Space Station
著者名・所属:尾崎 伸吾* 1,石上 玄也* 2,大槻 真嗣* 3,宮本 英昭 4,和田 浩二 5,渡部 雄太郎 1,西野 巧留 1,小嶋 洋至 2,早田 圭之介 2,中尾 悠希 2,須藤 真琢 6,前田 孝雄 7,小林 泰三 8 (*corresponding authors)
1. 横浜国立大学,2. 慶應義塾大学,3. JAXA (ISAS),4. 東京大学,5. 千葉工業大学,6. JAXA (探査ハブ),7. 東京農工大学,8. 立命館大学
雑誌名: npj Microgravity
掲載日時:2023年8月8日
DOI:10.1038/s41526-023-00308-w
実験や数値シミュレーションの動画: https:/osf.io/3zcm2/