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微小重力環境下で形成した模擬宇宙ダスト。右下のスケールバーは10 nm。(クレジット:Kimura et al.

宇宙には100nm以下のダストと呼ばれるナノ粒子が多量に存在しており、最終的には惑星系の材料になります。この宇宙ダストは超新星爆発や晩期型巨星などの、終末期の恒星が放出するガスに含まれる重元素(水素やヘリウムより重い元素)から形成されることが天体観測からわかっています。しかし、宇宙ダストが形成される過程を粒子のサイズや構造などの特徴をふまえて理論的に説明することはできていません。

終末期の恒星の周りの環境で宇宙ダストがどのように形成されるのかをその場で直接調べたくても、とても困難です。理論的な研究、または模擬的な環境での実験や観測をするしかありません。そこで、北海道大学の物質科学研究者である木村勇気氏を代表とする研究チームは、炭素が主要な役割を果たして形成される鉱物として炭化チタンを対象に、その粒子が形成される過程を微小重力実験により再現しました。

宇宙ダストの形成過程を理解するためには

科学全般に関する国際的な学術誌「Science Advances」の掲載論文によると、微小重力環境にてコア-マントル構造を持つ炭化チタンのナノ粒子(中心部と周辺部が異なる組成・特性を有する粒子:以下、コア-マントル粒子)の形成過程を調べたところ、炭素質ダストの形成は微小な世界でだけ見られるナノ現象が鍵となることがわかりました。

宇宙ダストの形成はガスが集まって固体となるというだけ(?)なのに、なぜその過程を理解することが難しいのでしょうか。研究チームは、その主な原因が『ナノ粒子に特有の物性』にあると考えています。ダストの形成は、マクロな固体の物理では説明ができない"ナノ"のサイズ領域(1~100ナノメートル程度)で進みます。物質のサイズがナノ領域にまで小さくなると、単位体積当たりの表面積が非常に大きくなるので、その表面は内部と原子・分子同士の結合状態が異なりエネルギーが高い状態にあります。その結果、表面張力が変わる、拡散が速くなる、融点が下がるといった、マクロな固体とは異なる特性が現れることが知られています。それにもかかわらずこれまでは、宇宙ダストの形成について、ナノ粒子の物性はマクロな固体と同様であると仮定して研究されてきたのです。

微小重力実験は重要な手段

研究チームは、JAXA小規模計画である「DUST (Determining Unknown yet Significant Traits)」プロジェクトの一環として、日欧協力による観測ロケット実験を行いました。そこでは、観測ロケットの放物線飛行により得られる数分間の微小重力環境のもと、宇宙ダスト再現装置の中でチタンと炭素を高温で蒸発させました。すると、その炭素原子とチタン原子からなるガスが冷えていく際に、核生成(※)を経てナノメートルサイズの微粒子(模擬宇宙ダスト)が形成されます。微小重力状態では、ガス中の対流の影響が無視でき、微粒子がそのまま浮遊します。ガス中の温度や濃度の分布が時間変化して微粒子が形成される様子を、光学的な方法によりリアルタイムで観察しました。

核生成:過飽和や過冷却の状態にある気体や液体から、新しい相が小さな粒子として出現する現象。原子・分子同士が付着する確率(以下、付着確率)および表面張力は、核生成理論に基づく計算を行う際に最も不確実性が高い物性値です。

地上では、ダストの素材を加熱蒸発させて終末期の恒星の周辺におけるダストの形成領域を再現しようとすると、ガス中の濃度や温度の分布が原因となって対流が生まれてしまいます。その結果、ダストが形成される環境に大きな空間不均質が生じます。一方、微小重力下では、蒸発ガスは蒸発源から等方的に拡散するために、核生成は均質な条件で起こります。そこで、微小重力実験がダスト形成の研究において重要な手段となるのです。

2019年6月に欧州の観測ロケットMASER 14が打ち上げられ、予定通り実験を行いました。そして、透過型電子顕微鏡を用いて、回収した実験試料をナノスケールで詳しく分析しました。その後、最新の核生成の理論を用いて、コア-マントル粒子がガス中で形成される過程を検討しました。

微小な世界でだけ見られるナノ現象に注目

研究チームは、炭素質ナノ粒子では、これまでのモデルで用いられていた値よりも付着確率がはるかに小さく、かつ表面張力が大きいことを発見しました。そして、これらの物理量および終末期の恒星が放出するガス環境の推定値(温度、炭素およびチタン原子の数密度)を、ナノ粒子の核生成そして結晶成長の理論に当てはめたところ、コア-マントル粒子の形成が以下の三段階のプロセスを経ることを明らかにしました。

  1. まず、ガス中の極めて高い過飽和状態で、炭化チタンおよびチタンに優先して、多数の炭素の粒子が核生成します(初期粒子の形成)。
  2. 炭素粒子が成長するのに伴い、土台となるその表面で炭化チタンの核生成も同時に起こります。そして、表面のチタン原子が拡散により炭素粒子の表面から内部へ素早く取り込まれる結果、内部に炭化チタンが濃集して炭化チタンのコア-炭素のマントルという構造が発現します(コア-マントル構造の発現)。
  3. ナノ粒子同士は互いに接触すると、まるで水滴同士が合体するがごとく、全体の表面エネルギーが最小となるように融合します。その後に、構造を維持しつつコアおよびマントルの厚さが増し粒子の数は減ります(ナノ粒子の融合成長)。

ナノ粒子内ではマクロな固体の内部に比べて原子・分子が速く拡散します。そして、終末期の恒星周辺では、炭素原子の数密度がチタン原子に比べてはるかに高いのです。そのため、上記の2.では、粒子表面のチタン原子が炭化チタンとしてコアへと素早く取り込まれつつ、そのコアの周囲に炭素原子が積層し続けることでマントルが維持されることになります。

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コア-マントル粒子の形成過程を示す模式図。灰色:炭素 (C)、水色:炭化チタン (TiC)。(クレジット:Kimura et al.

これまでは、炭素質ダストにおいて中心に炭化チタンのナノ結晶を持つコア-マントル構造がなぜ現れるのかを説明できませんでした。今回の研究成果は、宇宙ダストの特徴を理論的に説明する方法の確立につながります。そして、隕石中に見つかる46億年より昔に形成して太陽系が作られる際に材料となった粒子や天体観測で検出されるダストの形成過程について、構成する元素の核生成と速い拡散そして粒子同士の融合というナノ現象に注目した新たな解釈を与えます。

北海道大学の故・中谷宇吉郎氏が「雪は天からの手紙である」と表現したように、雪の結晶の形は上層大気の温度と水蒸気の過飽和度によって大きく変化することを定量的に示す関係図が中谷ダイヤグラムとして知られています。同様に、宇宙ダストを構成するさまざまなナノ粒子の物性とふるまいを正確に測定し、それを天体観測の結果と照らし合わせることで、隕石中の宇宙ダストの特徴からその形成環境を明らかにするダイヤグラムが将来出来上がるかも知れませんね。

ナノ現象の理解は新たな扉を開く

核生成の過程やナノ粒子の物性に関する知識は、惑星状星雲、超新星、惑星大気など様々な天体で形成される粒子だけでなく、地上でのナノ粒子の形成の理解にも不可欠です。そして、研究チームが明らかにした核生成を経る多段階の物質形成は、近年様々な分野でも報告が相次いでいる新しい考えであり、材料科学にかかわる幅広い研究分野にも影響を与えるものです。すでに述べてきたようにナノ粒子はマクロな固体と異なる特性を示すため、エレクトロニクス、光学、医療、表面科学など様々な分野でナノ粒子の研究および利用が近年急速に増えています。ナノ現象の理解と応用は未踏の科学技術領域への新たな扉を開く可能性を秘めていると言えるでしょう。

論文情報

原題:Nucleation experiments on a titanium-carbon system imply nonclassical formation of presolar grain
雑誌名:Science Advances
出版日:2023年1月13日
DOI:10.1126/sciadv.add8295
著者名・所属:木村勇気1、田中今日子2、稲富裕光3、Coskun Aktas、 Jürgen Blum
1. 北海道大学 低温科学研究所
2. 東北大学 理学研究科
3. 宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所
4. ブラウンシュバイク工科大学 地球宇宙物理研究所