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水星表層付近のプラズマ環境を観測するベピ・コロンボ「みお」。地球の表面は大気と磁場により太陽風から護られている。大気も磁場もない月では、太陽風が月面に直接降り込むことになる。大気が無く磁場が十分に強くない水星においても、この記事で解説されている天体表面物質と太陽風イオンとの相互作用は、主要な研究テーマとなる。 Credit: JAXA

概要

仲内 悠祐氏(JAXA)率いる研究チームは、太陽から放出されている水素イオンが月や小天体表層で珪酸塩鉱物(地球,月や小天体の主要構成鉱物)に衝突することで水分子(H2O)が生成されることを実験から実証しました。

近年の月探査機の観測データにより「月の水」の存在が報告され、月表層において太陽風の照射によりOHまたはH2Oが作られている可能性が議論されるようになりました。ここでは「月の水」とひと括りに言われて来ていますが、それがOH基の存在を示すのかH2Oの存在を示すのか、不明でした。これまでも太陽風の月面への照射を模擬する実験が実施され、水素イオン照射後に微小隕石衝突を受けることでH2Oが生成されるとの結果も報告されています。今回の仲内氏らの実験では、水素イオン照射 "のみ" でH2Oが生成されることが示されました。この結果は、太陽風の水素イオンが直接降り注ぐ月や小天体表層において、非常にシンプルな反応でH2Oが生成することが示されました。

研究の詳細

背景

月の形成においては、できかけの地球に火星サイズの大きな天体がぶつかって形成されたとするジャイアントインパクト説が有力と考えられています。ジャイアントインパクト説では、月全休がマグマに覆われる時期があったとされ、この時期に水を含む揮発性成分が枯渇したと考えられます。このことから、月には水は存在しないと考えられていました。しかし近年、月観測データの解析から月表層の非常に広い範囲に水(OH基またはH2O)が存在している可能性が強く示唆されました(例えばC.M. Pieters et al., 2009)。この水の起源は、月形成後に水を持つ小天体(彗星や小惑星)によってもたらされた可能性や、太陽風水素イオンと月面鉱物の反応により生成した可能性などが議論されています。中でも、後者の可能性については世界中で実験的研究が実施されています。太陽風(太陽から吹き出す、主に水素イオンと電子からなるガスの高速流(秒速400km/s))は太陽系空間を満たしています。月や小惑星の表層は大気がないため、太陽風イオンは月表面の鉱物に直接降り注ぎます。降り注いだ太陽風の水素イオンと月表面の鉱物に含まれる酸素イオンが結合することでOH基やH2Oが形成されることが期待されます。月における水の存在は、資源利用の可能性からも注目されており、どれだけの量がどこにあるかを知ることが重要であり、利用を考えた際には利用しやすいH2Oの生成機構を知ることは大切です。

仲内氏らは、大気の無い月や小惑星表層において水はどのように形成されるのか?という疑問を解決すべく、小惑星表層に存在する鉱物を介してのOH基やH2Oの形成過程を調べました。

実験の詳細

本研究では、高真空環境チャンバー内に設置した炭素質隕石に含まれる含水珪酸塩鉱物(Serpentine, Saponite)の粉末サンプルに対して太陽風プロトンを模擬した水素イオンビーム(H2+, 10keV)を照射し、天体表層環境を模擬しました。水素イオンビームの照射によるOHやH2Oの生成過程解明は、近赤外反射スペクトル変化を詳細に調べることで実現しました。実験は、福井県の若狭湾エネルギー研究センターとの共同研究 のもとで行い、当該研究研究センターのマイクロ波イオン源イオン注入装置と Fourier Transform Infrared Spectroscopy (FTIR)を用いました。若狭湾エネルギー研究センターの皆様には実験遂行に不可欠な低エネルギー・大強度水素イオンビームを得るために、水素イオンビームの生成・加速の検討・実施を行うなど、イオンビーム加速器による照射試験及び照射方法などにおいて、全面的なご協力をいただきました。

結果

水素イオン照射前後の近赤外反射スペクトル変化から、太陽風プロトンを模擬した水素イオンが含水鉱物に照射されることで、鉱物中のSi-O結合を破壊し、新たにSi-OHやH2Oを生成したことを確認しました(図)。なお、利用した含水珪酸塩鉱物には元々 metal-OHの結合が存在していますが、近赤外反射スペクトルのmetal-OHの存在量に関係する波長域に変化はありませんでした。この結果から、H2Oの形成プロセスは下記であると考えられます。

(1) 照射された水素イオンはケイ酸塩鉱物の結晶構造中の...O-Si-O-Si-O...を破壊(図b)

(2) ...O-Si-O-と照射された水素イオンが結合し、...O-Si-OHを新たに形成(図c)

(3) さらに照射された水素イオンが結合を切り、...O-Si-とH2Oを形成(図d)

図

Credit: JAXA

これまでの実験的研究結果からは、水素イオン照射のみではOH基の形成が確認されているにとどまり、H2Oの形成には水素イオンの照射に加えて微小隕石衝突が必要でした。仲内氏らの結果は、水素イオンの照射のみでH2Oの形成を確認した世界初の事例となります。また、OH基やH2Oの生成は102-103年程度と、非常に早く飽和量に達することがわかりました。生成量の定量は今後詳細化を進めていく予定です。

最近の研究結果との関係

先日、月面の太陽光が当たる領域において水分子(H2O)の存在が報告されました(NASA発表:C.I. Hanniball et al., 2020)。過去に報告されたの実験の結果に基づき、観測されたH2Oは、太陽風の水素イオンが月面表層鉱物に照射することでOH基が形成し、さらに微小隕石衝突を受けることでH2Oが形成されたとする可能性が有力と考えられています。今回の仲内氏らの研究結果は、太陽風の水素イオンが月面表層鉱物に照射される"だけ"でH2Oが形成されたことを示しており、よりシンプルな形成過程を提案しています。これらの研究結果は、今この瞬間も月面において太陽風の照射により水分子が生成され続けていることを意味します。今回発表された研究成果は、「月の水」の供給プロセスや供給量を推定する上で重要な知見となると考えられます。

論文情報

この研究成果は、2021年2月付 Icarus に掲載されました(available online October, 2020)。

タイトル:"The formation of H2O and Si-OH by H2+ irradiation in major minerals of carbonaceous chondrites"
掲載雑誌:Icarus, Vol.355, February 2021(available online October, 2020) 
DOI:10.1016/j.icarus.2020.114140