アストロバイオロジーは、宇宙における生命を科学的に調べ、宇宙での生命の起源や進化を探求する若い学問領域です。天文学、惑星科学、生物学、生命化学、地球科学、工学など非常に多岐にわたる学際的学問と言えます。日本の宇宙科学でも、赤外線天文衛星や小惑星探査機など、アストロバイオロジー研究に間接的に貢献するプロジェクトは2000年代から実施されてきました。しかし、アストロバイオロジーを主目的に据えた計画は、国際宇宙ステーション(ISS)「きぼう」日本実験棟の船外実験プラットフォーム(以後、「曝露部」)にて2015年から始まった「有機物・微生物の宇宙曝露と宇宙塵・微生物の捕集」実験、通称「たんぽぽ」計画が日本初です。

「『たんぽぽ』計画の研究の根幹を成すアストロバイオロジーという学術分野は、日本ではまだ新しく認知度が低かったため、科学的価値がなかなか認められず、フライトまでこぎつけるのに苦労しました」と橋本博文准教授(JAXA 宇宙科学研究所)は話します。

「たんぽぽ」の科学目標は、「生命の原材料となる有機物の宇宙塵による地球への輸送」と「地球生命が惑星間を移動する可能性」の両方を検証することです。そのために全国26カ所の大学・研究機関の研究者がチームを組んで、いくつかのサブテーマを探求しています。そのサブテーマの一つが、生命が宇宙空間を移動するという仮説(パンスペルミア仮説)を検証するものです。「たんぽぽ」ではこの仮説を検証するために、「地球低軌道上での地球起源微生物の採集」と、「極限環境微生物の宇宙での生存実験」に挑みました。

写真1

写真1:曝露パネル単体の写真

写真2

写真2:曝露パネルの曝露運用直前の写真。軌道上ISS/JEM与圧部内でExHAMに取り付けられている。

宇宙空間に晒された生物が一定期間以上生存するのであれば、他の天体の探査機を送り込む場合、また、他の天体から物質を地球に持ち帰る場合にも、注意を払う必要があります。惑星防護・宇宙検疫の専門家でもある藤田和央教授(JAXA 宇宙科学研究所)は、本研究の意義について以下のように述べています。「3年間という短期間の曝露実験のため、滅菌の主要な要因は紫外線だと考えられます。しかし、紫外線は遮蔽性が高く、遮蔽物があればその背後の微生物はほとんど滅菌されません。そのため、例えば微生物が叢を形成していると、曝露面から1 mm 程度の深さまでは紫外線の影響が及ぶので速やかに滅菌されますが、その下は滅菌されにくいことが予想されます。また、微生物は不活性の状況(萌芽など)であれば、真空下でも極低温下でも、かなりの長期間生存することが知られています。つまり、従来の知見から、宇宙空間に曝露された微生物のうち、生存するものもいるだろうと予想されます。今回の研究結果の意義は、曝露実験によって、この推測を定量的に証明したことにあります。」

ISSは、高度約400 - 500 kmの低軌道を周回しており、「きぼう」曝露部の「簡易宇宙曝露装置(ExHAM)」を用いた「たんぽぽ」の実験では、放射線耐性細菌(デイノコッカス・ラジオデュランス)の塊の厚さを変えた複数の曝露試料を用意し、一定期間生存できるか、再び培養できるかが調べられました。実験に用いた細菌は、摂氏35度以下の紫外線や放射線の影響がない真空中で、長期間にわたり生存できる微生物です。橋本准教授は、曝露パネルという「たんぽぽ供試体」の温度計測を担当しました。「供試体が搭載されたExHAMには電力供給がありません。温度計測するためには、バイメタル温度計の針を「きぼう」の船外カメラで読むというローテクとハイテクが混ざった不思議な作業を担当しました」と語ります。

写真3

写真3:黄色で囲われた部分がバイメタル温度計。バイメタルコイルが温度変化により緩んだり、締まったりすることで軸を回転させ、その回転角を温度指針で読み取ることにより温度を計測する。使用したバイメタル温度計は、摂氏−140から80度で、温度精度は5度という設計仕様をもつ。

3年間の曝露実験を終え、地上に持ち帰られた試料を調べたところ、生存している細菌もいることがわかりました。3年間、宇宙空間にいても細菌によっては生存可能ということが実証されたのです。

橋本准教授は、結果が出たときの気持ちを次のように語っています。「紫外線、放射線、高真空という過酷な宇宙環境下でも微生物が3年間生きることが検証できたということは、予想はされていたもののやはり驚きでした。宇宙検疫(惑星防護)の重要性も証明されたと思います。」

藤田教授は、「今後、生命が存在する可能性のある天体へ探査を行う場合においては、地球由来の微生物を多量に持ち込むことがないように、宇宙機に残留する微生物が宇宙線から長期間遮蔽され生存できるような部位を設けないなどの工夫が必要でしょう。また、生命が存在する可能性のある天体から資料を持ち帰る際にも、宇宙線から長期間遮蔽された領域から資料を採取する場合、最大限の注意が必要であると考えられます」とコメントしています。

「たんぽぽ」計画の結果を受けた実験も提案されています。その一つが、「きぼう」のロボットアームを利用した短期間曝露実験です。この実験を提案しているメンバーの1人でもある橋本准教授は、生物が宇宙環境で生きる条件、逆にどうして死ぬかということを詳細に調べたいと今後の研究について抱負を語っています。

東京薬科大学 リリースページ

https://www.toyaku.ac.jp/lifescience/newstopics/2020/0826_3998.html

関連論文1:

タイトル: DNA Damage and Survival Time Course of Deinococcal Cell Pellets During 3 Years of Exposure to Outer Space
掲載誌: Frontiers in Microbiology
DOI: https://doi.org/10.3389/fmicb.2020.02050
https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fmicb.2020.02050/abstract

関連論文2:

タイトル: たんぽぽミッションにおける機械式宇宙温度計の開発
掲載誌: 日本機械学会論文集
DOI: https://doi.org/10.1299/transjsme.15-00538
https://www.jstage.jst.go.jp/article/transjsme/82/835/82_15-00538/_article/-char/ja/