岸川 諒子氏(産業技術総合研究所 物理計測標準研究部門)と川崎 繁男(JAXA宇宙科学研究所)らからなる共同研究チームは、窒化ガリウムダイオードとシリコン高周波整合回路を混成したHySIC(Hybrid Semiconductor Integrated Circuit)構造により、マイクロ波電力を直流電力に変換する高周波整流回路を実現し、その動作実証に世界で初めて成功しました。開発したHySICはマイクロ波で伝送した電力を効率よく直流電流に変換できることが期待され、かつ、宇宙線耐性が強く、また、小型化・軽量化が可能なデバイスです。今回動作実証したHySIC高周波整流回路を高性能化することで、人工衛星内の無線給電など将来の宇宙開発や地上応用が期待されます。
本研究成果は、2018年11月6~9日に国立京都国際会館(京都府京都市)で開催される2018 Asia Pacific Microwave Conference(APMC 2018)にて発表されます。
なお、本研究の一部は、一般財団法人宇宙システム開発利用推進機構からJAXA宇宙科学研究所に委託された経済産業省「太陽光発電無線送受電高効率化の研究開発」(平成26年度~平成28年度) の成果が基になっています。
IT技術の進歩と無線通信が社会インフラとして整備されつつあり、情報のワイヤレス化が急速に進んでいます。次のステップは、電力・電源のワイヤレス化、つまりコンセントやバッテリーフリーで様々な電気機器類が作動することでしょう。電力が無線で供給されるようになれば、電源ケーブルの配線が難しい場所で電気機器類を動かすことができます。また、様々な制約からバッテリーの設置やバッテリーへの充電が難しい場合でも電気機器類を使うことができるようにもなります。
考案されている無線電力伝送方法は大きく分けて三つ、電磁誘導を用いる方法、磁気共鳴・電界共鳴を用いる方法、電波で電力を伝送する方法があります。マイクロ波を用いた無線伝送技術は、電波で電力を送る方法のなかでもマイクロ波と呼ばれる波長帯の電波を用いる方法です。他の方法と違い、数m以上の長距離でも電力伝送できるというメリットがあり、様々な分野での利用が期待されています。例えば、建物内の無線電力伝送システム、EV車の充電を含め電気機器の無線充電、宇宙で太陽光発電した電力の地上への送電、IoT端末機器への電源供給などです。
そして、マイクロ波無線電力伝送は、衛星・探査機への応用も期待されています。人工衛星や探査機など宇宙機内にはガスセンサー、振動センサー、温度センサーなど多数のセンサーが取り付けられ、機体や装置の状態を常に監視しています。こういったセンサー類にケーブルで電力供給する場合、コネクターの接続ミスや破損により機器が使えなくなるおそれがあります。これを避けるために繰り返す試験は、衛星や探査機のコストを押し上げてしまいます。無線で電力を供給できれば、機器類へのケーブル設置作業が不要になりますから、衛星の製作が簡単で短期間に行えるようになり、結果的には低コスト化を実現できます。このほかにもケーブルを取り付けた場合に比べ、無線電力供給では宇宙機の形状変化の自由度が高くなるというメリットもあります。
さて、無線給電方法で電気機器を動かすためには、マイクロ波で送った電力を直流電流に変換する必要があるため、いかに効率よく直流電流に変換できるかが実用化への第一歩となります。
本研究では衛星や探査機搭載用の無線電力伝送システムの開発を目指し、マイクロ波の電力を効率よく直流電流に変換する回路(整流回路)の設計と製作、動作確認を行いました。整流回路でいかに効率よくマイクロ波の電力を効率よく直流電流に変換できるかによって、無線電力伝送システムの性能が決まると言っても過言ではありません。
共同研究チームは、整流回路にHySIC(Hybrid Semiconductor Integrated Circuit)技術を適用しました。HySIC技術は、共同研究チームの一員である川崎 繁男が2014年に提唱した技術で、複数の半導体を一つの回路に混成させ、一種類の半導体では実現不可能な機能を持たせることができる回路のことです。HySICは低コスト・超小型化を可能とする高周波集積回路として期待されています。
整流回路は、整流デバイス(ダイオード)・(平滑回路・)入力整合回路・負荷抵抗から構成されます。マイクロ波から直流電流へ変換するにはダイオードを用います。本研究ではダイオードとしてGaN(窒化ガリウム)を用いました。GaNは電力損失の少ない次世代ハイパワーデバイス用半導体として期待されている物質です。物性が近いSiC(炭化ケイ素)に比べ低コストで製作でき、加工しやすいというメリットに加え、マイクロ波の波長域では、SiC以上の性能を持つ物質です。
次に、マイクロ波で伝送した電力を効率的に直流電流に変換するために、回路のインピーダンス(交流回路での電流・電圧比。直流回路での抵抗に相当)を一致させました。インピーダンスが異なるモノを接続すると、接続面で高周波信号の反射が起こります。そのため直流電流に変換する前に電力を損失し、変換効率が落ちてしまうのです。これを回避するため、整合回路によってダイオードと、回路のインピーダンスを一致させます。
インピーダンスを一致させるためには、まず、GaNダイオードのインピーダンスを正確に測らなければなりません。マイクロ波領域におけるGaNダイオードのインピーダンスは、様々な測定方法および伝送線路の補正技術が存在し、最適な組み合わせは不明でした。
図2は、研究をリードした岸川氏が考案したダイオード特性評価のために専用に設計・作製したダイオード特性評価用回路です。右側の伝送線路補正用デバイスを用いて、測定を行うコネクターとGaNダイオード間の伝送線路の影響を補正しています。この工夫によりGaN ダイオード単体のインピーダンス特性を高確度に測定することが可能となりました。
GaN ダイオード単体の正確なインピーダンスがわかると、整合回路を設計することができます。本研究で用いるHySIC整流回路では、ケイ素(Si)で作製したSi整合回路を用い、GaNダイオードとSi整合回路のインピーダンスが整合状態となるよう、Si整合回路の基本パターンを設計しました。マイクロ波の入力状態によってGaNダイオードのインピーダンス特性は変化しますが、今回は、出力電力が約100mWで電力変換効率も最大となるように回路を設計することとしました。さらに、安定して高い効率で整流するよう、基本の設計パターンを基に、入力電力などが変動した際の電力変換効率への影響についてシミュレーションすることによって、Si整合回路の設計を最適化しました。
図3で今回開発したHySIC整流回路の入力電力と出力電力を示します。安定した出力電力が得られていることがわかります。今回得られた100mW程度の直流電力を用いると、人工衛星内に設置した8個の温度センターを動作させることができます。地上応用の場合は、スマートフォンなどに搭載されているBluetooth、1〜3台と通信することができます。
このように本研究で、HySIC整流回路の動作を実証できました。研究チームは、今後、実用化に向けて一歩一歩、開発を進めようとしています。現在の電力変換効率は10%程度ですが、シミュレーションによって効率は40%程度まで高くできることがわかっています。次の目標は、20%の効率を得ることです。
今回動作実証した窒化ガリウム/シリコン HySIC 高周波整流回路は、人工衛星で不可欠な宇宙線への耐性が高いという特性だけではありません。従来の基板上に製造された整流回路に比べて小型化が可能であるため、省スペース性にも優れています。さらに高電力・ 高電圧での電力の伝送が可能であるため高効率で高速な充電の可能性もあります。本研究成果により、将来の地上におけるセンサネットワークへの電源供給や電気自動車の充電への利用も期待されます。