衛星イオは、太陽系で最も活発な火山活動をもつ天体です。イオの大気は二酸化硫黄を主成分とする火山性ガスから成り、宇宙空間へ流出したのち電離し、イオの公転軌道に沿ってプラズマの濃いドーナツ状の領域(プラズマトーラス)を形成します。惑星や衛星の大気から宇宙空間への散逸過程の一つにイオンピックアップ過程があり、原子・分子が電離し、電磁場による力を受けて宇宙空間へ散逸します。プラズマトーラスの電子温度は5万K程度の高温状態が維持されており、これが効率的な電子衝突電離と大気散逸の要因だと考えられています。

「ひさき」の打上げ前は、プラズマトーラスの電子が高温に維持される機構が未解明問題として残っていました。高温の電子の衝突励起によりイオンは極端紫外領域で発光するため、極端紫外の分光撮像装置を搭載した「ひさき」により、高温状態の維持機構を研究することができます。「ひさき」が硫黄イオンの発光を観測した結果、イオの下流で極端紫外線が強く光ることが明らかになりました※1,2。発光はイオの場所で急に上昇し、イオの近傍で電子の加熱が急速に発生していることがわかります(5-図1)。加熱量を推定した結果、イオ近傍での加熱だけで、プラズマトーラス全体の加熱の2割程度を担うことが明らかになりました。加熱された電子は、極端紫外領域での放射冷却によってエネルギーを失い、硫黄イオンの発光強度はイオから下流側に離れるにつれて低下していきます。電子加熱のエネルギー源は、中性ガスが電離することにより発生するイオンの運動エネルギーであると考えられています。イオからの中性ガスの流出量は毎秒約1トンに達し、電離によって1-2 TWものエネルギーがプラズマトーラスに注入されます。これまでの知見では、電離により生じた数100eVのピックアップイオンと電子とのクーロン衝突により、10日程度の時間スケールで電子が加熱されると考えられていました。一方、「ひさき」の観測結果は、10時間より短い時間で高温電子が発生することを示しており、イオの周囲では、効率的な電子の加熱機構が働いていることが明らかになりました。電子加熱機構の候補としては、ピックアップイオンから励起される電磁イオンサイクロトロン(EMIC)波による加熱が考えられています。高温のイオンから電子へのエネルギー輸送現象は、宇宙空間の至る所で見られ、EMIC波のようなプラズマ波動の介在が重要な役割を果たしていると考えられています。ジオスペース探査衛星「あらせ」による地球の内部磁気圏での電子加熱の観測、木星氷衛星探査計画JUICEによるエウロパ・ガニメデからの大気散逸に伴うEMIC波の観測※3,4を通して、プラズマ波動が介在した電子加熱について理解を深めていきたいと考えています。

5-図1

5-図1 (左)木星の北から見た、発光強度の空間分布の模式図。プラズマトーラス(青)は木星の自転(約10時間)と同じ角速度で回転しており、プラズマが常に衛星イオ(公転周期約42時間)に吹き付けている。(右)「ひさき」により観測された、衛星イオの軌道に沿った二価の硫黄イオン発光強度の空間分布。イオの下流側で発光強度が増大していることが分かる。

5-※1 F. Tsuchiya et al., J. Geophys. Res., 120, 10,317-10,333, doi:10.1002/2015JA021420 (2015).
5-※2 東北大学ウェブサイト(http://www.tohoku.ac.jp/japanese/2016/05/award20160512-01.html)
5-※3 笠羽康正 他, 日本惑星科学会誌, 25, 3, 96-107 (2016).
5-※4 Y. Katoh et al., in Planetary Radio Emissions VIII, Austrian Academy of Sciences Press, Vienna, 495-504 (2017).