「ひさき」の最大の強みの1つに「惑星専用」である点が挙げられます。ハッブル宇宙望遠鏡などの、汎用の大型宇宙望遠鏡では、なるべく多くの対象を観測する必要があります。研究者は、競争率の非常に激しい観測提案審査を突破しても、年間で数回撮像するチャンスを得られれば良い方です。一方「ひさき」は、特定の惑星を、長期間切れ目なく観測できます。宇宙空間で、同じ天体を、ただひたすらじっと観測し続ける。「連続監視」ができるわけです。一見地味ですが、実は、「ひさき」によって世界で初めて実現できた、非常に新しい惑星観測手法なのです。
この独自性は、他の宇宙望遠鏡等との連携観測で、大きな役割を果たし国際・学際連携をリードしてきました(6-図1)。最初の成果は2014年初頭でした。当時JAXAの研究員だった筆者、サラ・バッドマン博士、垰 千尋博士らが協力して提案し、「ひさき」とハッブルで木星を2週間に渡って、同時に観測する時間を獲得しました。ハッブルとしては異例の長期観測です。
この観測では、「ひさき」で木星オーロラの時間変動を監視し、ハッブルの世界最高解像度の撮像によりその構造を測定することで、時間変動と空間構造を網羅した観測を目指しました。これにより、オーロラと磁場を介して結合している、木星周辺の広大な宇宙空間におけるエネルギーの解放・輸送過程を解明するのが狙いです。
観測期間中、「ひさき」は、木星のオーロラが突然、数時間に渡って爆発的に増光していることを発見しました。今までの観測頻度では検出できなかった急速な変動を、「ひさき」が初めて捉えたのです。運良く、ハッブルの撮像が、増光時のオーロラの構造を捉えました。これにより、世界で初めて時間的・空間的特徴を網羅したオーロラ観測が、狙い通り成立したのです。
これらの観測から我々は、木星では、地球とは異なり、自転や磁場のエネルギーがオーロラを自励的に増光させる、新しい仕組みがあることを示しました。この成果は、JAXAや欧州の大学との共同プレスリリースで発表され、米国地球物理学会レターの表紙を飾りました※1。
次に仕掛けたのは、X線天文分野の望遠鏡との協働です。あまり惑星を観測してこなかったX線望遠鏡を、「ひさき」と同時に木星に向けることで、様々な情報を得ます。この同時観測を行うために、筆者は日米欧の天文学者らと協力して、チャンドラX線宇宙望遠鏡をはじめとする、世界のX線望遠鏡へ提案を行い、2014年4月に観測が実施されました。
「ひさき」が監視する木星オーロラは、太陽からの高速なプラズマ流「太陽風」の日々の変動と良く相関するため、太陽風変動の指標となります。チャンドラ等が観測するX線のオーロラは、数千億度の温度に相当する、太陽系で最高エネルギーのプラズマから放射されます。これらの観測から、最高エネルギーのプラズマ加速と、太陽風の関連を調査することが目的です。
観測の結果、「ひさき」のオーロラの日々変動と、太陽風のシミュレーションを組み合わせることにより、太陽風擾乱の木星への到達時刻を高精度に導出できました。また、チャンドラ等によるX線オーロラの日々変動の観測から、X線オーロラと太陽風の変動が相関していることが分かりました。これにより、最高エネルギーのプラズマ加速は、太陽風の変動と木星磁場の相互作用がエネルギー源となって、駆動されることを発見しました。この成果は、JAXAや欧州の大学との共同プレスリリースで発表され、米国地球物理学会誌の表紙を飾りました※2。
我々は今、2016年7月から木星周回を開始しているジュノーとの連携に取り組んでいます。ジュノーが木星に到着する以前から、筆者はジュノープロジェクトと直接交渉を重ね、「ひさき」やハッブルとの協力観測体制を整えてきました。遠隔観測だけで同定してきた、木星のエネルギー解放・輸送過程の正体を、ジュノーのその場観測で決定づけるのが狙いです。
2016年5月、「ひさき」とハッブルにより、オーロラの突発増光の開始時間を、正確に捉えることに成功しました(6-図2)。この開始時間の直前、ジュノーのその場観測から、太陽風の衝撃波が木星に到来していることが判明しました。このことから、木星の自転や磁場以外にも、太陽風が磁気圏にエネルギーを供給していることが示されました。以上から、突発増光の源となる、磁気圏のエネルギーの蓄積・解放・輸送過程を絞り込むことに成功しました。この結果は、米国地球物理学会レターのジュノー特集号に掲載されました※3。
現在ジュノーは、極域のオーロラ上空すれすれを飛ぶ周回軌道に入っています。今まで私たち研究者が想像もしなかったオーロラ発生の仕組みが、次々と明らかになっています。
「ひさき」が発見したオーロラの背景にある、エネルギー解放・輸送過程が、ジュノーの観測により決定的になるかもしれません。筆者たちは、ジュノーの研究メンバーと協力しつつ、そのゴールに向かって研究しています。今後とも、「ひさき」がリードする国際・学際連携にご注目ください。
6-※1 T. Kimura et al., Geophys. Res. Lett., 42, 1662-1668, doi:10.1002/2015GL063272 (2015).
6-※2 T. Kimura et al., J. Geophys. Res., 121, 2308-2320, doi:10.1002/2015JA021893 (2016).
6-※3 T. Kimura et al., Geophys. Res. Lett., 44, 4523-4531, doi:10.1002/2017GL072912 (2017).
6-※4 理化学研究所プレスリリースより転載(http://www.riken.jp/pr/press/2017/20170523_1/)