木星の数ある衛星の中でも、"イオ"は激しい火山をもつことで知られています。硫黄酸化物をはじめとする大量の火山噴出物は、イオの重力圏から脱出して宇宙空間に到達します。さらにこれらは硫黄と酸素に分解され、周囲のプラズマとの衝突や紫外線照射を経てイオン化し、高速で回転する木星の磁力線に捕まります。こうして出来たイオンや電子が、イオの軌道(5.91木星半径)に沿ってドーナツ状に木星を取り囲んだものを"イオプラズマトーラス"と呼びます。
イオの軌道は、木星の強力な磁場が支配する"内部磁気圏"と呼ばれる領域にあり、そのすぐ内側には相対論的エネルギー(〜50MeV)の電子を多く有する放射線帯や、その外側には木星の大規模なオーロラを輝かせるための高速電子(数keV)を供給する"中間磁気圏領域"が隣接しています。このように派手な領域に挟まれたイオプラズマトーラスを構成するイオンや電子は、どのような振る舞いをしているのでしょうか。その謎は光を使うことで読み解けます。
イオンや原子は、陽子と中性子からなる"核"と、それをとりまく複数の電子で構成されています。通常はどの電子もある決められた軌道をとり、エネルギー的に安定した状態(基底状態)にあります。しかし太陽光に照射されたり、他の粒子と衝突したりすることで、ほんの一瞬だけ"エネルギー状態"を上げることがあります(励起状態)。プラズマで満たされたイオプラズマトーラスにおいては、イオンと電子の衝突が主要な励起要因です。
イオンや原子は、それぞれ決められたエネルギー状態をいくつか持っています。電子と衝突したときに、どのエネルギー状態にどの程度の確率で遷移するかは、励起させる側である周囲の電子の温度や密度によって決まります。さらに、これらの励起状態は一瞬しか保てず、すぐに基底状態に戻ります。このとき、励起状態と基底状態の間の差分のエネルギーは光(輝線)という形で放出されます(発光)。この輝線が木星内部磁気圏を探るための重要な指標なのです。
ここでの鍵は、イオンが複数の波長(エネルギー)の輝線を同時に放射するということです。繰り返しますが、イオンがとり得るエネルギー状態は複数あるため、基底状態と比べたエネルギー差(輝線の波長に相当)にも複数の種類があるためです。イオプラズマトーラスから放射されるこれらの輝線の明るさは、「ひさき」に搭載されているような分光器を使えばそれぞれ別々に導出できます。このように、ある光源が放つ光を波長ごとに分けて強度分布に変換したものをスペクトルと呼びます。
なお、周囲の電子温度に対するそれぞれの輝線の光りやすさ(遷移確率、滞在時間等で決まる)は量子力学的な観点から長年研究されており、原子・イオンごとにデータが蓄積されています。このデータベースとスペクトルデータを使えば、衝突電子の温度分布や密度を導出できるのです。この手法はスペクトル診断とよばれ、空間構造の把握に長けた光学観測を通して、電子やイオンの温度・密度を導出できるというメリットがあります。
イオプラズマトーラスを構成する硫黄イオンや酸素イオンは、波長50〜150nmの極端紫外領域に多くの輝線を持つため、「ひさき」は遠隔的にイオプラズマトーラスの電子温度を導出するために最適な観測装置といえます。
4-図1は、実際に「ひさき」が取得したイオプラズマトーラスのスペクトル(黒)に、あるイオン組成・密度、電子温度を仮定して計算したモデルスペクトル(赤)を重ねたものです。このように、スペクトル診断手法を用いることで、「ひさき」は地球周回軌道から木星周辺の電子温度やイオン組成を導出することに成功しています。詳しくは文献※1をご参照ください。
4-※1 K. Yoshioka et al., J. Geophys. Res., 122, 2999-3012, doi:10.1002/2016JA023691 (2017).