約15年前、土星探査機カッシーニが木星の近傍を通過しました。このときの観測から、イオプラズマトーラスと木星の極に現れるオーロラは、ある時間差をもちながら突然明るさを増すことが知られるようになりました。3-図1の横軸は1999年10月からの通算日を示しており、縦軸はEUV波長領域で測定したオーロラとトーラスの発光強度を表しています。この当時から、両者に見える突発的な増光の時間差の示唆する物理プロセスが議論となっていました。「ひさき」の解決すべき課題の一つです。
これに対し、2013年末から木星の観測を開始した「ひさき」でしたが、当初の観測データを見たチーム内には一抹の不安が残っていました。我々は、イオプラズマトーラスとオーロラの増光の時間差を測った成果(Yoshikawa et al., 2015, GRL)を発表してきましたが、どちらの発光強度もカッシーニで観測した明るさよりも非常に小さかったのです(例えば、3-図2の横軸25よりも左側)。我々の観測に何らかの見落としがあり、本来は見えるべきものが見えづらくなっているのではないか?
2014年の年末、2回目の木星観測キャンペーンが始まりました。3-図2の横軸(X軸)は経過日数、縦軸が(上段)イオプラズマトーラスのイオン種ごとの発光強度、(中段2枚)木星の北極のオーロラ強度(示しているデータは同じものですが縦軸のスケールが異なります)、木星に到達したと予想される太陽風の動圧(地球周回衛星による観測からの推測)を表しています。X<20の日時では、オーロラとイオプラズマトーラスは確かに増光しています(青▽で示した部分)が、カッシーニのとらえた(3-図1)のようなはっきりとした明るさの変化はありません。しかし、2015年1月10日を過ぎたころ、だんだんとイオプラズマトーラスの明るさが増していくことに気づき始めました。当時は、これが自然現象であるとは断言しきれず、前述したとおり潜在的に何か問題を抱えているのではないかという不安な心境も重なり、「大きな不具合が表面化し始めた」と覚悟を決めたこともありました。1月30日には、この明るさの増加ははっきりとしたものになりました。しかし同時に、硫黄一、二価イオンの明るさだけが増していることが分かり、「ひさき」の観測装置の原理を考慮に入れると、これが機器の不具合や人工的なものとは考えられず、本物の自然現象を捉えていると信じるようになりました。2月に入り、ハワイの地上望遠鏡がイオ火山の爆発を捉えていたという報告を受け、2015年1月10日前後から始まった緩やかな明るさの増加は火山活動によるものだと私たちは確信するに至りました。
3月に入り(X>30)、驚くことが起こりました。オーロラとプラズマトーラスに起こる突発的な増光がはっきりと見えるようになったのです。つまり、3-図1に示したカッシーニの観測のように、両者の増光がはっきりとしてきたのです。最近まで注目されてはいませんでしたが、カッシーニによる観測の開始前に火山の爆発が衛星イオで起きたという証拠があります。3-図1の黒線に見られる明るさの減少は火山爆発が収まりつつある期間を表しているそうです。つまり、木星のオーロラとイオプラズマトーラスのはっきりとした増光を見るためには、その前に火山爆発が起きていることがひとつの条件になっていたのです。ここまでで、「ひさき」が正常な観測を続けていると我々は確信ができましたし、地上観測によるイオプラズマトーラスの情報も集まり、いよいよ物理プロセスの解釈に進むことができました。ここまでに得られた情報を総合すると、(1)カッシーニが捉えた明るさの増加は、Tvashtar火山の噴火が原因であるのに対し、2015年に「ひさき」が捉えた増加はKurdalagon火山の噴火が原因である。(2)火山噴火後5日を経過しないうちに、硫黄一価イオンによる明るさが最初に増え始め、ほぼ同時に硫黄三価イオンによる明るさが減少し始める。(3)3〜6日経過し、硫黄二価イオンによる明るさが増え、数カ月後には元の明るさに戻る。(4)イオプラズマトーラスの明るさが増し始めてから30日を経過した頃から、突発的なオーロラの増光は(頻度はそれほど変わらないが)はっきりと見え始める。つまり、火山噴火の影響は1〜2カ月を経過したのちにオーロラの明るさに影響を及ぼし始める。これはイオプラズマトーラスが5日以内に反応することとは対照的である。
現在は、上記の変化時間に、原子・イオンの衝突断面積を考慮して、イオプラズマトーラス内の密度や温度に関する数値モデルが構築できると期待しています。イオの火山噴火が、その周囲のイオン組成に影響を及ぼすことは容易に想像できますが、反太陽方向に何十木星半径も離れた領域にも影響を及ぼすことは非常に興味深いことです。
オーロラとプラズマトーラスの増光の時間差ですが、おおよそ10〜13時間くらいであることが分かってきました。この時間差は現在も計測中です。オーロラを引き起こす高エネルギー電子の源がどこで発生するかは仮定をしなければなりませんが、この時間差は木星の内部磁気圏には内向きにゆっくりした(10〜50 km/sec)高温電子の流れが存在していることを示唆しています。