「宇宙天気」という言葉をご存知でしょうか?まだ聞きなれない人も多いかと思います。宇宙で雨や雪、台風が発生することはありませんが、宇宙では人工衛星が放射線やプラズマにさらされた環境にあります。そして時には、それらの増大により、衛星機器が電気を帯び放電したり、ビット反転する等の不具合が生じたりすることがあります。このような宇宙環境の変化は、地球の天気になぞらえて宇宙天気と呼ばれています。「あらせ」の観測ターゲットである放射線帯の高エネルギー粒子の変動は、地球周回軌道の人工衛星にとって最大の脅威であり、宇宙天気研究の最重要課題の1つ挙げられています。特に近年は、生活に欠かせない位置情報サービスや天気予報、通信など、様々なサービスが人工衛星等の宇宙インフラにより支えられています。国連の統計によると2019年現在、地球近傍で運用中の人工衛星の数は5200機以上に達しており、安全な衛星運用のために宇宙天気の監視・予測を強化することが急務となっています。

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図1:放射線帯電子・太陽風・地磁気じょう乱のリアルタイム観測値(2020年10月20日~ 30日)とこれらを入力して計算した放射線帯電子フラックスの予測値(2020年11月1日~4日)

情報通信研究機構(NICT)宇宙天気予報グループでは、「あらせ」から送られてくる「現在」の放射線帯の分布や強さを示す宇宙天気データを利用して、「未来」の放射線帯がどのように変化するかを予測する研究に取り組んでいます。図1は私たちが開発した予測システムによる計算の実運用結果の例です。左側が入力に利用した2020年9月30日までの観測値データで、右側がその翌日(10月1日)以降の電子フラックスの予測値を示します。高速太陽風の到来により、L= 4.5付近にあった放射線帯電子フラックスは10月24日頃に消失し、その後、L= 5付近から増大し始めているのが観測データから分かります。予測値はその増大が10月2日頃まで続き、Lが高い場所から徐々に減少に転じることを推定しています。この予測が当たったかどうかの観測結果はここでは示していませんが、この予測は観測を非常によく再現していました。予測には、現在のデータの質が非常に重要であり、より新しくかつより精度のよいデータを入力することで予測の質が高まります。「あらせ」の宇宙天気データには、XEPによるエネルギー0.4 〜 5.4 MeVの電子フラックス、HEPによるエネルギー100 〜 2000 keVの電子フラックス、MGFによる磁場強度の観測値が含まれており、これらは宇宙で観測されてから数分以内という早さでJAXAのSEES( 宇宙環境計測情報システム(https://sees.tksc.jaxa.jp/))から提供されています。NICTはこれらのデータを入力に利用し、「あらせ」の衛星軌道上の電子フラックスの予測計算結果をWebサイトで公開しています。(https://radi.nict.go.jp/arasespaceweather/forecast.html

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図2:放射線帯予測モデルの予測精度(2018 〜 2020 年の3年間)

図2に2018年から2020年までの予測精度を示します。L値ごとに予測の精度が異なりますが、リードタイム1日の1日先予測の精度は概ね全てのL値で80 %を超えることに成功しています。ただし、2日先、3日先とリードタイムが延びるごとにやはり予測精度は下がり、特にL値が高い場所では4日先以降の予測精度は50 %を下回っています。そのため、精度向上にむけたさらなる研究開発を進めています。一度、宇宙空間に打上げられた人工衛星は、放射線を避けるために軌道を変えることも、故障を直しに行くこともできません。しかしながら、監視と予報を強化すること未来の危険を人工衛星によるサービスを担う事業者や衛星運用者へ伝え、衛星不具合による私たちの生活への影響を最小限に止めることに役立てばという思いで、今後も予報精度向上にむけた研究開発に取り組みたいと思います。