「あらせ」が観測する磁気圏内のプラズマや波動が、地球の大気とどのように影響しているかを調べる上で、地上の光学機器ネットワーク観測等に加え、地上レーダーとの連携観測が重要です。特に、北欧のEISCAT(欧州非干渉散乱)レーダーは、磁気圏から極域電離圏に降り込む電子のエネルギー分布や、磁気圏に流出し始める電離圏イオンの動きや温度を測定可能な大型観測装置です。「あらせ」と共同で観測を行うことにより、地球大気と磁気圏との繋がりの定量的な理解が深まります(図1 の左側参照)。

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図1 : 左側は、「あらせ」とEISCATレーダーとの共同観測の模式図(Miyoshi et al., 2021のプレスリリースより抜粋)。右側は、EISCAT_3Dレーダーによる多局式立体観測のイメージ図。

この「あらせ」とEISCATレーダーによる共同観測の研究対象としては、(1)朝側における脈動オーロラとコーラス波動/ピッチ角散乱との関係の研究、(2)夜側における電離圏イオンの磁気圏への流出現象、(3)オーロラサブストーム発生時の降下粒子の研究、等が挙げられます。これらの研究内容と共同観測におけるデータポリシーをまとめた白書を、「あらせ」打ち上げ前の2016年9月、10月に用意し、EISCAT科学協会(6つの加盟国と5つの準加盟機関で現在構成)で議論・検討を重ねました。その結果、EISCAT科学協会全体で「あらせ」との共同観測の支援体制を確立しました。具体的には、「あらせ」との共同観測を、EISCAT科学協会の全加盟国による特別実験として実施することにより、2017 年6 月以降(2021 年10月まで)に、合計110回(合計約440時間)の同時観測データを取得しています。さらに、日本を含む各国の特別実験やEISCAT科学協会の公募するピアレビュー実験、共通実験などを組み合わせることにより、これまでに150回を超える共同観測を実施しました。

これらの共同観測データを基に、「あらせ」が磁気圏内でプラズマコーラス波動を観測した同時刻に、EISCATレーダーにより高度65 kmまでの大気電離を直接観測した研究結果(Miyoshi et al., 2021)が得られています。脈動するオーロラ活動に伴う成層圏上部・中間圏のオゾン破壊促進を示唆する研究成果として、太陽地球系科学分野の進展に大きなインパクトを与えています。また、磁気嵐の発生時に、極域電離圏内の分子イオンの上向き輸送と内部磁気圏内の分子イオンの増加を同時に比較した研究結果(Takada et al., 2021)は、分子イオンが磁気圏にどのように供給されるかを理解する上で重要な研究成果と言えます。その他に、昼側での高エネルギー降下粒子の起源や、サブストーム時の磁気圏から電離圏への降下粒子の特徴などの研究成果も、この共同観測から得られつつあります。

この「あらせ」とEISCATレーダーとの共同観測の主な弱点としては、EISCATレーダーの観測領域が磁力線に沿った1方向(線観測)の電離圏のみであることが挙げられます。この磁力線に沿った同一領域を「あらせ」が上空で観測する時間は非常に限られており、「あらせ」とEISCATレーダーで同じ現象をみているかどうかの問題は多くの共同観測イベントで生じます。それを克服できる新たな大型観測施設がEISCAT_ 3 Dレーダーです(図1の右側参照)。EISCAT_ 3 Dレーダーは極域電離圏を3次元的に観測可能であり、それにより、「あらせ」の観測領域から磁力線を辿った電離圏のプラズマ物理量を広い範囲で測定可能となります。さらに、EISCAT_ 3 Dレーダーは降下粒子による大気電離を世界最高の精度で測定可能です。日本を含む国際共同で北欧に建設中であり、2023年から運用を開始予定です。「あらせ」と EISCAT_ 3 Dレーダーとの新たな連携観測・共同研究により、磁気圏と電離圏・熱圏・中間圏との繋がりに関する新たな科学的知見が数多く得られることを期待しています。

参考論文:
Miyoshi, Y., K. Hosokawa, S. Kurita, S.-I. Oyama, Y. Ogawa, S. Saito, I. Shinohara, A. Kero, E. Turunen, S. Kasahara, S. Yokota, T. Mitani, T. Takashima, N. Higashio, Y. Kasahara, S. Matsuda, F. Tsuchiya, A. Kumamoto, A. Matsuoka, T. Hori, K. Keika, M. Shoji, M. Teramoto, S. Imajo, and C. Jun, Penetration of MeV electrons into the mesosphere accompanying pulsating aurorae, Scientific Reports, 11, 13724, 2021.

プレスリリース:
https://www.isee.nagoya-u.ac.jp/news/research-results/2021/20210714-2.html
Takada, M., K. Seki, Y. Ogawa, K. Keika, S. Kasahara, S. Yokota, T. Hori, K. Asamura, Y. Miyoshi, and I. Shinohara, Low-altitude ion upflow observed by EISCAT and its effects on supply of molecular ions in the ring current detected by Arase(ERG), Journal of Geophysical Research: Space Physics, doi: 10.1029/2020JA028951, 2021.