オーロラは北極や南極で緯度が70度付近に地球を一周するようにベルト状に現れることが知られています。これをオーロラ帯と呼びます。このオーロラ帯よりも少し低緯度側に、特に磁気嵐の時に赤いオーロラが現れることが知られており、Stable Auroral Red(SAR)アークと呼ばれてきました。このSARアークは、大磁気嵐の時に日本で観測される赤いオーロラの原因の一つとも考えられています。

なぜ低緯度側に特異な赤いSARアークが光るのでしょうか?オーロラが赤く光る原因は、数十電子ボルト以下の低いエネルギーの電子が大量に降り込むことで、地球大気の酸素原子が励起されて光っているためです。このエネルギーは、オーロラ帯のオーロラを作る電子のエネルギーの10-100分の1以下です。このように低いエネルギーの電子だけを大量に降りこませるメカニズムとして、これまでは、クーロン衝突と波動粒子相互作用という2つの説が提案されていました。磁気嵐で地球近くまで侵入してきた数千から数万電子ボルトという高エネルギーのイオンが、クーロン力を通した間接的な衝突やイオンが立てる電磁波動を介して、地球近くに大量に存在する地球大気起源の電子を加熱することで、この大量の低エネルギー電子ができる、という考え方です。しかしクーロン衝突と波動粒子相互作用は全く異なるメカニズムで、どちらが効いているかを直接観測で同定する研究はこれまでほとんど行われていませんでした。

「あらせ」は、このSARアークの原因となるメカニズムが発生している内部磁気圏を飛翔して、広いエネルギーのイオンや電子、電磁波動を観測しています。そこで、SARアークが発生しているときに、その上空をうまく「あらせ」が通過している例をみつけ出せば、このSARアークの発生原因の議論に決着をつけることができると考えられます。しかし、「あらせ」はどんどん動いて行ってしまうので、「あらせ」が上空を通過している際にうまくSARアークが現れている例を見いだすことは容易ではありません。私たちは、「あらせ」の2016年度の打ち上げに合わせて、SARアークが発生しやすいオーロラ帯のすぐ低緯度側にあたる緯度60度付近のロシア、カナダ、アイスランド、アラスカ、北欧2か国に、合計8台の高感度全天カメラを設置して観測を続けてきました1。この結果、うまくSARアークの上空を「あらせ」が通過しているケースをこれまでに2例得ることができ、これらを2つの論文として発表することができました2 , 3。これらの研究により、SARアークは主にクーロン衝突による電子の加熱で発生していること、発生直後のSARアークには電磁波動も関与していることが新たに示されました。これらの結果は、直接観測を使ってSARアークの生成メカニズムを世界で初めて同定した結果であり、日本でみられる赤いオーロラの発生原因の解明にも貢献しています。今後はさらにこのような観測例を増やすとともに、同じ緯度帯で近年注目されているSTEVEという特殊な紫色のオーロラの衛星―地上同時観測にも挑戦しています。「あらせ」が観測している内部磁気圏には、STEVEの原因となるような未知の現象が存在している可能性があり、今後の観測成果が期待されます。

1. K. Shiokawa et al., Earth, Planets and Space, 69:160 , doi: 10.1186/s40623-017-0745-9,(2017).
2. Y. Inaba et al., J. Geophys. Res., 125, https://doi.org/10.1029/2020JA028068 (2020).
3. Y. Inaba et al., J. Geophys. Res., 126 , https://doi.org/10.1029/2020JA029081 (2021).

図1

図1:(左)2017年3月28日にフィンランドのニロラ観測点で観測されたSARアークとその上空を横切った「あらせ」の軌道。赤い光のみを透過させるフィルターを装着したカメラで観測しており、光の強さをレイリー(R)という単位で表している。画面の上半分の白い部分がオーロラ帯のオーロラ。その南側の緯度60 度付近で東西に延びた薄い白い帯がSARアーク。画面の上端や下端にみえる黒い影はカメラの周囲の森林。22時08分頃に衛星がSARアーク上空を通過していることがわかる。(右)上のパネルは、「あらせ」で観測された高エネルギーイオン量と地球大気起源の電子量から、クーロン衝突を仮定して計算された電子の熱フラックス量。下のパネルは左の画像データから抽出された衛星位置での赤い光の明るさ。赤・黒・青の3 本の線は、発光高度の仮定や磁場モデルを変えて抽出したもので、どれもほぼ同じ曲線になっており、モデルや高度仮定に依存しないことがわかる。熱フラックス量と比べてピーク位置が少しずれているのは、衛星位置をカメラ画像上に投影する際に使用したモデル磁力線の不確定性によると思われる。この「あらせ」のSARアーク上空通過の際は、電子を加熱することができる電磁波動は観測されておらず、クーロン衝突がSARアークの原因と考えられる。Inaba et al. (2020)の図を本稿用に加工。