地球周辺を周回する放射線帯の高エネルギー電子は、地磁気じょう乱時にその数が減少・増大することが知られています。その原因は、磁気圏の中に偏って存在している、様々なプラズマ波動との相互作用の結果であると考えられています。磁気圏の朝側で励起される、コーラスと呼ばれる波動との相互作用によりエネルギーを獲得する過程が、放射線帯電子の生成メカニズムとして重要視されています。また、磁気圏の夕方側で励起される電磁イオンサイクロトロン(EMIC)波動は、放射線帯に存在する高エネルギー電子を効率的に消失させる能力があることが知られています。

コーラス波動は、磁力線に対して右回りの偏波特性を持つ波動であり、同じく磁力線に対して右回りの旋回運動をする電子と、サイクロトロン共鳴によって効率的にエネルギーのやりとりを行います。一方で、EMIC波動は、磁力線に対して左回りの偏波特性を持ち、左回りの旋回運動をする陽子などのイオンと効率的にエネルギーのやりとりを行います。左回りの偏波特性を持つEMIC波動は、電子とは相互作用ができないように思われますが、電子のエネルギーが高く、左回り偏波のEMIC波動を追い抜く場合、電子にとっては右回り偏波にみえます。この「異常共鳴」という過程を経て、効率的にエネルギーのやりとりを行います。このEMIC波動との相互作用により、電子の運動が乱され、電子が大気へと突入し、磁気圏からは消滅してしまいます。これが、放射線帯の高エネルギー電子がEMIC波動によって消失する素過程の概要であり、1970年代に、この可能性が指摘されました。

EMIC波動による消失の可能性は理論的な側面からの研究が先行し、EMIC波動と出会った高エネルギー電子は、すぐに大気へと消失してしまうような高い消失率が提案されてきました。2000年代に入り、このEMIC波動による消失の観測的実証がなされ、この実証には、地上観測が有効活用されました。EMIC波動は、磁気圏の赤道域で励起された後、磁力線をつたって地上まで伝搬し、地上に設置された磁力計で、磁場の振動として観測されることが知られています。また、EMIC波動の励起に伴い、数keV程度の陽子が大気へと降り込み、その結果、特徴的な色のオーロラ(陽子オーロラ)が発光することが知られています。上述の実証の際には、地上の磁力計で磁場の振動がみられるのに伴って出現した陽子オーロラの上空に、放射線帯電子が同時に降り込んでいることが確認されたことが決め手となっています。

EMIC波動が放射線帯電子を消失させる、という点は実証されましたが、その効率の良さに関しては議論の余地があります。消失の効率の良さ、つまり、どれくらい早く放射線帯の電子が消えていくのか、を理解するためには、(1) EMIC波動の出現のタイミングを同定し、(2)EMIC波動の出現後、捕捉された電子数が減っていく様子を捉える必要があります。近年、EMIC波動の出現をモニターできる装置が設置された地上観測点が急速に発達しており、(1)のポイントを明らかにするために、この地上観測網の活用が不可欠です。また、(2)のポイントは、放射線帯を観測する複数の衛星が必須となります。2012 年9 月、NASAのVan Allen Probes 2 機が、放射線帯を観測するために打ち上げられました。2016年12月に「あらせ」が打ち上げられたことにより、Van Allen Probesとあわせて3機体制で、放射線帯を観測することができるようになりました。これらの衛星が入れ替わりで放射線帯を通過することで、放射線帯電子の数の時間発展を、詳細に議論することが可能となりました。

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図1:「あらせ」(黒)、Van Allen Probe-A(マゼンタ)、Van Allen Probe-B(青)が観測した、放射線帯通過時の2 . 5MeVの電子フラックスの動径方向分布。下: この時間帯における、「あらせ」とVan Allen Probesが通過した動径距離の時間発展の図。Van Allen Probe-Aが放射線帯の領域から離れていった後に、「あらせ」とVan Allen Probe-Bが放射線帯の中を通過していき、EMIC波動の出現に対応した放射線帯電子フラックスの減少を観測した。

図1 に示すのは、「あらせ」と2 機のVan Allen Probesで観測された、2 . 5 MeVの電子フラックスの動径方向分布です。VanAllen Probe-Aが放射線帯を通過した直後、地上観測網では、EMIC波動の出現が確認されました。その後、「あらせ」とVanAllen Probe-Bがそれぞれ放射線帯を通過し、放射線帯の電子数が減っていく様子を捉えています。この時、それぞれの衛星が放射線帯を通過した時間の差は、数分から数十分程度であり、EMIC波動によって放射線帯の電子数が短時間で変化したことを示しています。このような短い時間スケールでの変化は、従来の単一衛星による観測ではなし得なかったものです。また、地上観測網を有効に活用したことにより、EMIC波動の出現タイミングを正確に同定できたことも、重要なポイントです。理論的には、EMIC波動による消失の早さは電子のエネルギーに依存する、とされています。今後、さらなる調査で、EMIC波動による放射線帯電子変動について、理解を深めていきたいと考えています。