皆さんは、方位磁石が地球の作る磁場(地磁気)の方向を向いていることを知っているかと思います。それでは、その地磁気の向きがゆらゆら波打つことがあるのはご存じでしょうか。地磁気がどのように変化し、その原因は何なのかについて、古くから多くの科学者が観測や研究を続けてきました。数秒~数分の周期を持った地磁気の微小な振動(地磁気脈動)が初めて注目されたのは19世紀のことです。当時は、地上に設置された磁力計での地磁気観測が唯一の観測データでした。1960年頃に人工衛星によるプラズマ観測が始まると、地磁気脈動を含めた様々な現象と、地球周辺のプラズマや太陽風プラズマとの関係が解明されるようになりました。そのため、地磁気は磁気圏プラズマ環境を知るための地上の窓口と言えるでしょう。地磁気脈動の多くでは、プラズマの振る舞いを流体とみなす磁気流体力学(MHD)を適用することで、太陽風によって磁気圏が揺さぶられたときの固有振動がみえていることが分かりました。一方で、内部磁気圏(地球中心から地球半径の約10倍以内)にある、リングカレントと呼ばれる高エネルギーイオンが集中している領域では、イオン分布が引き起こすプラズマ不安定性によって地磁気脈動が発生している可能性が指摘されました。

本来、地球の内部磁気圏は磁気圧に対してプラズマ圧が大きくなく、MHD的なプラズマ不安定性が発生しにくい環境です。それでは、MHD不安定の代わりにプラズマの不安定性を引き起こしているものは何でしょうか?地磁気脈動が生じるメカニズムとしては、MHD理論では無視されていたイオンの運動論的効果の一つである、drift-bounce共鳴が注目されてきました。粒子のdrift運動でドップラーシフトしてみえる電磁場変動がbounce運動の周期と一致すると、粒子と電磁場変動が同期してdrift-bounce共鳴が起こります。また、特殊な共鳴条件として、粒子のdrift速度と電磁場変動の位相速度(vph = ω/k,ωは角振動数、kは波数)が一致するとdrift共鳴が起こります。このことから、drift-bounce共鳴を検証する際は、地磁気脈動の波数を求めなければならないという課題がありました。

私たちの研究では、幸運なことに、プラズマ不安定性が起きやすい磁気赤道で「あらせ」が地磁気脈動を観測した際に、地上の観測点でも同様の地磁気脈動を捉えた事例がありました(参考文献1)。衛星のデータからは、地磁気脈動が発生しているその場のイオンの詳細な分布を得ることができ、地上の複数観測点のデータからは地磁気脈動の東西波数を推定することができたのです。図1(a)に、「あらせ」が観測した約110 keV(脚注1)の高エネルギープロトンの位相空間密度を示します。青線と赤線はそれぞれ内側(地球方向)と外側(反地球方向)からやってきたプロトンの位相空間密度を表しており、黒線は外側から内側を差し引いたものをプロットしています。ちょうど内側(地球方向)への勾配が強くなった時間帯に、図1(b)にみられる地磁気脈動が発生していることが分かります。drift-bounce共鳴の理論では、地磁気脈動のエネルギー源として1)イオンの速度分布による不安定性、2)イオンの空間勾配による不安定性の二つを候補として挙げることができますが、この事例ではイオンの空間勾配によって地磁気脈動が発生したと考えられます。また、図1(c)には、「あらせ」の位置から磁力線でつながっているフィンランドの地磁気観測点(赤線:Sodankylä, 黒線:Muonio)の磁場データを示しています。SodankyläとMuonioは緯度がほぼ同じですが、経度が2度ほど離れた地点に位置しており、地磁気脈動の東西波数を推定するのに適していました。SodankyläとMuonioで、脈動の位相は90度程度ずれているため、地磁気脈動が細かい東西方向の空間構造を持っていることが分かります。地上の観測から得られた東西波数を110 keVのプロトンのdrift共鳴に当てはめてみると、共鳴条件を非常によく満たすことが分かりました。以上の衛星と地上の観測から、プラズマ不安定によって地磁気脈動が生じる様子を明らかにすることができました。すると、次のような疑問が新たに生じてきます。どのような過程を経て、内部磁気圏でイオンの不安定な分布が形成されるのでしょうか?これを解明するには、磁気圏全体での粒子分布をみていく必要があります。今後は、「あらせ」とVan Allen Probesとの共同観測や、磁気圏を模した数値シミュレーションなどを通じて、グローバルな描像を明らかにしたいと考えています。

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図1:(a)「あらせ」が観測したプロトン(約110 keV)の位相空間密度とその地球―反地球方向の勾配。(b)「あらせ」が観測した背景磁場方向の磁場変動。内側(地球方向)への勾配が強い時間帯で地磁気脈動が観測されています。(c)「あらせ」の位置の磁力線につながる地上観測点での地磁気東西成分の変動(赤線:Sodankylä、青線:Muonio)。位相差が大きいほど、地磁気脈動の波数が大きいことを意味します。

参考文献1)Yamamoto, K., Nosé, M., Kasahara, S., Yokota, S., Keika, K., Matsuoka,A., et al. (2018). Giant pulsations excited by a steep earthward gradient of proton phase space density: Arase observation. Geophysical Research Letters, 45, 6773- 6781. https://doi.org/10.1029/2018GL078293