地球磁気圏の中の放射線帯電子は数keV(~103 eV)から数MeV(~ 106 eV)にわたる幅広いエネルギーを持つことが知られています。地球の夜側(磁気圏尾部のプラズマシート)から供給される数keV程度の電子は、地球を取り囲むように東方向へ流れ、ドーナツ状の領域(電子放射線帯)を形成します。供給された電子は磁気圏の中で生じるさまざまな物理過程を経て1000倍以上のエネルギーを獲得し、ほぼ光の速さにまで加速されます。この加速要因の1つとして、プラズマ中の電磁波と荷電粒子との相互作用として知られる"波動粒子相互作用"が考えられています。しかし、理論やシミュレーションによってその重要性は長く指摘されてきましたが、これまで「その場」観測をもとにした実証が実現されていませんでした。

「あらせ」が搭載している中間エネルギー電子分析器(MEP-e)1によって、約10 keVから80 keVまでの電子の、エネルギーと飛んでいる方向の詳細な観測が可能になりました。この観測データを用いた栗田らの解析 2 より、ピッチ角が60度から80度で、エネルギーが約17 keVから25 keV程度の電子フラックスが、電子放射線帯の中で有意に増加している様子が発見されました。ここでいうピッチ角とは、磁力線方向に対する電子の運動方向の角度のことです。このようなフラックス増加が観測されたのとほぼ同時に、「あらせ」は 2.5 kHz付近の周波数を持つホイッスラー波と呼ばれる電磁波を観測しました。ホイッスラー波は電子と相互作用をしやすい電磁波として知られており、栗田らの研究では、20 keV程度の電子フラックスが増えたのは、このホイッスラー波が波動粒子相互作用を介して電子を加速した結果であるとしています。しかしながら、衛星位置の1点観測から得られるデータは限られており、実際にホイッスラー波がどのようにして加速に寄与しているのかまでは明らかにされませんでした。

「あらせ」はこのような電子観測と波動観測に加え、背景磁場強度とプラズマ密度に対する詳細な観測データを提供しています。このような詳細な観測データは、より現実に近い「その場」の状況を数値モデルで再現することを可能にします。これら詳細データを用いて、テスト粒子モデル3 によるシミュレーションを行い、観測とシミュレーション結果の比較を行いました。このシミュレーションによって得られた電子フラックスの時間変化は、「あらせ」による観測と良く一致するという結果が得られました(図1)。これは、「あらせ」の「その場」の状況を、シミュレーションが良く再現している、ということを意味しています。さらに、ここで得られたシミュレーションデータを解析することで、ホイッスラー波によって電子がどのように加速されているのかについて調べました。25 keV付近にまで加速された電子の軌道について時間を約30秒さかのぼって追跡すると、これらの電子はピッチ角を約40度、エネルギーを約10keV増加させていることがわかりました。これは、波動粒子相互作用による電子の散乱を記述する準線形理論(波同士の位相の間に相関が無く、それらによる粒子への作用が拡散過程で記述される)では説明することができないほどに大きな値でした。また、電子1つ1つのエネルギーおよびピッチ角変化を詳細に追跡してみると、1秒程度の短い時間で数keVほどのエネルギーを獲得する電子が多く存在していることがわかりました(図2)。これは、ホイッスラー波による電子の「位相捕捉」と呼ばれる非線形加速機構で説明することができ、準線形理論には含まれない急激なエネルギーとピッチ角の増加を実現します。「あらせ」によって得られた観測データをもとにしたシミュレーションにより、栗田らが発見した電子フラックス増加は、ホイッスラー波に位相捕捉された電子の非線形加速によるものであることが確かめられました。

シミュレーションによって観測データを実証することは、実際に観測された現象をより詳細に理解することだけではなく、実際に起きている物理過程をシミュレーションにより再現できるということ、つまりは数値モデルとしての有効性を実証していることにもなります。今後は「あらせ」による観測実証のための数値実験に加え、波動粒子相互作用による電子の加速/消失機構のさらなる理解、また、放射線帯電子フラックスの変化を予測する宇宙天気予報モデルへの応用へ研究を発展させていきたいと思います。

図1

図1:ピッチ角に対する電子フラックス量を示しています。
上のラインは24.5 keV、下のラインは20.5 keVのエネルギーを持つ電子フラックスを表しています。左から右へ時間変化を表しており、紺色の破線とエラーバーが観測で得られた電子フラックス、赤線がシミュレーションによって計算された電子フラックスを示しています。(参照文献[4]のFigure 3から一部を転用)

図2

図2:ある1つの電子のエネルギーの時間変化を示しています。赤線がシミュレーションによって計算された電子のエネルギー、紺色の破線はこの変化に対する近似曲線を示しています。この近似曲線が示す特徴量より、加速前の電子エネルギー(15.71 keV)、獲得エネルギー(7.98 keV)、加速時間幅(50.2ミリ秒)、加速が生じた時間(26.73秒)を見積もっています。(参照文献[4]のFigure 8から一部を転用)

参照文献

[1] Kasahara, S., Yokota, S., Mitani, T. et al. Medium-energy particle experiments--electron analyzer(MEP-e) for the exploration of energization and radiation in geospace(ERG) mission. Earth Planets Space 70 , 69(2018). https://doi.org/10.1186/s40623-018-0847-z

[2] Kurita,S., Miyoshi, Y.,Kasahara, S.,Yokota, S.,Kasahara,Y., Matsuda, S., et al.(2018). Deformation of electron pitch angle distributions caused by upper band chorus obser ved by the Arase satellite. Geophysical Research Letters , 45 , 7996 - 8004. https://doi.org/10.1029/2018GL079104

[3] Saito, S., Miyoshi, Y., and Seki, K.(2012), Relativistic electron microbursts associated with whistler chorus rising tone elements: GEMSIS-RBW simulations, J. Geophys. Res ., 117, A10206 , doi:10.1029/2012JA018020 .

[4] Saito, S., Kurita, S., Miyoshi, Y., Kasahara, S., Yokota, S., Keika, K., et al.(2021). Data Driven Simulation of Rapid Flux Enhancement of Energetic Elec trons With an Upper Band Whistler Burst. Journal of Geophysical Research: Space Physics, 126(4). https://doi.org/10.1029/2020ja028979