地球周辺の宇宙空間は、「ジオスペース(Geospace)」と呼ばれています。太陽からは太陽風と呼ばれる超音速プラズマ流が吹き出し、太陽風と地球の磁場との相互作用によって、磁気圏と呼ばれる領域がつくり出されています。磁気圏では、プラズマ粒子が地球の磁場に捕捉されながら飛びまわっていて、そこには、ジオスペース最高エネルギー粒子が存在する「放射線帯(Van Allen 帯)」が存在します。太陽風が変化すると、ジオスペースは「宇宙嵐」と呼ばれる擾乱状態になることがあります。このとき、オーロラが数日間にわたって爆発的に輝くなど、ジオスペースの環境が激しく変化します。嵐が起こると、放射線帯は不思議な変化を示します。嵐の始まりとともに、放射線帯電子がすべて消えてしまい、その後、嵐が収まるにつれて電子が再び出現し、そして嵐が起こる前に対して電子の数が100〜1000 倍くらいに増えていきます。また、放射線帯粒子は、人工衛星の誤動作を招くなど影響が大きいため、その研究や予測は宇宙天気研究において最重要課題とされています。

2016 年12 月に内之浦宇宙空間観測所からイプシロンロケット2 号機によって打ち上げられた「あらせ」(ERG)のミッションは、この放射線帯変動と宇宙嵐の謎を解明することでした。この謎の解明を目指して、「あらせ」によるプラズマ粒子や電磁場の直接観測、オーロラ観測などによる地上からの多点ネットワーク観測、そしてシミュレーション・モデリングの連携体制によるジオスペース探査計画:ERG(Exploration of energization and Radiation Geospace)がスタートしました。この特集号では、打ち上げから5 年にわたって「あらせ」が成し遂げた数々の成果について、その一部を紹介していきます。

「あらせ」の成果を一言でいうと、プラズマ波動とプラズマ粒子の相互作用を介したエネルギー階層間結合を実証したことです。ジオスペースでは、粒子が希薄であるため、衝突がない無衝突状態となっています。では、衝突がないにも関わらず、なぜ粒子の変化が起きているのでしょうか? プラズマ中には、さまざまな周波数帯にわたるプラズマの波が存在しています。磁場中の荷電粒子は、(1)磁力線のまわりをまわるサイクロトロン運動、(2)磁力線に沿って往復運動するミラー運動、(3)経度方向をドリフトするドリフト運動に伴って3 つの不変量と呼ばれる量が存在します。このような荷電粒子と、数ミリヘルツのULF(極低周波) 帯のプラズマ波動との相互作用が起こると、(1)と(2) の不変量を保存した状態で起こる加速や減速が生じ、その結果として、放射線帯の電子の消失や増加が起こると考えられています。一方、約20年前から、放射線帯の電子の変化には、上記のULF 帯のプラズマ波動以外に、別のプラズマ波動が関与していることが指摘されてきました。プラズマ中には、コーラスと呼ばれる数百-数キロヘルツVLF(超長波)帯のプラズマ波動が存在します。このコーラスと電子は、サイクロトロン共鳴と呼ばれる過程を通してエネルギー交換を起こします。この過程では、波動が減衰して電子が加速することもあれば、逆に電子が減速して波動が成長することもあります。

放射線帯は、メガ電子ボルト(MeV)を超えるジオスペースで最高エネルギーの粒子群から構成されていますが、さらに、図1 に示すように同じ場所にプラズマ圏と呼ばれる1 電子ボルト以下のジオスペースで最も低温のプラズマ、さらにプラズマシートやリングカレントと呼ばれる数キロ-数百キロ電子ボルト(keV) のプラズマ粒子など、6 桁以上にわたるエネルギー階層のプラズマ粒子が共存しています。コーラス波動を励起するのは、リングカレント帯の電子ですが、励起したコーラス波動は、よりエネルギーが高い電子を加速します。つまり、粒子と波動の相互作用を介して、低いエネルギー階層から高いエネルギー階層の粒子群へとエネルギーの輸送が行われます。さらに、プラズマ圏の冷たいプラズマは、波動の位相速度を変化させることで、共鳴条件を変えるため、プラズマ圏も重要な役割を果たしています。このような相互作用によって、異なるエネルギー階層の粒子群が相互作用することを「エネルギー階層間結合」と呼びます。

図1

図1:ジオスペースに存在するプラズマ粒子分布と、波動粒子相互作用を介したエネルギー階層間結合の模式図(各エネルギー階層の図は、Ebihara and Miyoshi (2011)にもとづく)。6桁以上にわたって異なるエネルギー階層にプラズマ粒子が共存し、波動粒子相互作用を介して、エネルギー階層間の動的な結 合が発生し、放射線帯の消長など、ジオスペースの様々なダイナミクスが作り出されていきます。

この「エネルギー階層間結合」を解明するために、ジオスペースでの直接探査によって全エネルギー階層を連続して観測することが待ち望まれていました。放射線帯中心部での科学計測は、放射線による機体への影響や、雑音混入からこれまできわめて困難でしたが、「あらせ」は、小型・軽量化と耐放射線という相反する困難な課題を独自の技術と工夫で解決し、放射線帯中において、数十電子ボルトから数十メガ電子ボルトにいたる広いエネルギー帯のプラズマ粒子、さらに直流から10 メガヘルツまでの広い周波数帯の電場と磁場観測に世界で初めて成功しました。

図2 に「あらせ」搭載の粒子観測器が観測した各エネルギーでのプラズマ粒子、そしてプラズマ波動観測器と磁場観測器から導出した背景電子密度の空間分布を示します。「あらせ」によって、ジオスペースにおける6 桁以上にわたる各エネルギーのプラズマ粒子分布が、初めて実証的に観測されたのです。現在、これらの観測データは、宇宙科学研究所と名古屋大学の連携によるERG サイエンスセンターにおいて、データの標準化や付加価値のついた高次科学データの製造を行った後、世界中の研究者に公開されています。

本特集号で紹介している「あらせ」や、連携地上観測、シミュレーションによって、「エネルギー階層間結合」により放射線帯電子の増加や消失が起こることが数多くの観測事実から明らかになりました。また、超高高度のオーロラ加速域の発見など、打ち上げ前には予期していなかった発見も相次ぎ、報道発表や学術誌のハイライトといった形で、多くの方に興味を持っていただいています。

図2

図2:あらせ衛星の6つのプラズマ粒子観測器( LEPe, LEPi, MEPe, MEPi, HEP, XEP)、およびプラズマ波動観測器(PWE)、磁場観測器(MGF)によって観測された ジオスペースの異なるエネルギー階層のプラズマ粒子の分布図。横軸、および縦軸は地球からの距離(地球半径で規格化)。また、各図の色は密度や、電子、イオンのフラックスを表しています。

ここでは、本特集号の記事では紹介しきれない、地上観測との連携、国際共同観測の例を紹介します。「あらせ」は、地上観測点の上空を通過する際に、高時間分解能の観測モードに切り替えた運用を行っています。一方、地上観測側でも大気レーダーを同時に運用するなどの連携観測を積極的に進め、これまで8000 回以上の地上との同時観測を実現してきました。その一例として、「あらせ」と地上の大型大気レーダー、さらにシミュレーションとの連携研究から、コーラスによって周期数秒で明滅する脈動オーロラと呼ばれる特殊なオーロラが起きているときに、放射線帯の超高エネルギー電子も同時に大気に降ってきていること、さらにその降り込みの結果、高度数十km の中間圏のオゾンが10% 以上減少することがみいだされました。この発見は、宇宙の影響が、超高層大気だけではなく中層大気にも及んでいることを示すもので、今後さらに長期にわたる「あらせ」の観測によってその定量的な解明が待たれています。

また、「あらせ」は、国際宇宙ステーションや海外の科学衛星との連携観測も進めてきました。2012 年から2019 年まで運用されていた米国NASA の衛星Van Allen Probes とは、両衛星の高時間観測モードの同時運用によるプラズマ波動の波形収集を2 年間で500 回以上と過去に例をみない規模で実現してきました。その一例を図3 に示します。上は赤道面でVan Allen Probes がとらえたコーラス波動、下は同じ磁力線上の高緯度で「あらせ」がとらえたコーラス波動です。同じ磁力線上において、同じプラズマ波動を違う緯度で観測するという世界初の成果が国際連携によって得られたのです。

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図3:Van Allen Probes衛星(上)とあらせ衛星(下)で同一磁力線上の異なる緯度で観測されたコーラス波動。赤道面で発生したコーラス波動をVan Allen Probesがとらえた後に、「あらせ」が観測していることがわかります。

現在、「あらせ」は、順調に観測を継続しており、日本のそして世界中の研究者によって研究が進められ、打ち上げ前には想像もしていなかった新たな発見が相次ぎ、ジオスペースの描像を大きく変えつつあります。2020 年より太陽活動は第25 活動周期に入り、数年後には極大期となり、これまでとは違ったタイプの「宇宙嵐」が頻発することが期待されます。現在、ジオスペースでプラズマ総合観測を行っているのは「あらせ」のみで、世界中の研究者から「あらせ」のさらなる新しい発見、世界初となる太陽活動1 周期を超える観測への期待、そして「あらせ」と連携した観測計画の提案などが寄せられています。極大期を迎え、宇宙で最も過酷そして激しく変化する環境の中で観測する「あらせ」のこれからの活躍を楽しみに、そしてみなさまにさらに多くの成果をお届けできるように、プロジェクトメンバー一同、力を合わせて頑張っていきたいと思います。