今月号の『ISASニュース』は、赤外線天文衛星「あかり」の特集号です。「あかり」は宇宙からやって来る赤外線を観測する人工衛星で、日本時間で2006年2月22日の早朝に打ち上げられ、現在も観測を続けています。赤外線で見ると、宇宙は私たちの目で見るのとはまったく違う姿を見せてくれます。赤外線では宇宙の何が見えるのか、そして何が分かるのか、普段見られない宇宙を楽しんでいただきたいと思います。

赤外線は可視光線よりも波長の長い電磁波で、0.7~200マイクロメートル付近の波長を持っています。「あかり」は、このうち2~180マイクロメートルの範囲を観測しています。人工衛星を使うのは、赤外線の広い波長域において地球大気が不透明で、地上からはまったく天体が見えなかったり、大気が出す強い赤外線に邪魔されて観測条件が悪かったりするためです。「あかり」では、地球大気を抜け出して理想的な観測条件を求めました。

しかし実は、宇宙に行くだけで問題が解決するわけではないのです。私たちの身の回りにある普通の温度の物体は強い赤外線を出しており、天体望遠鏡も例外ではありません。明るく光っている望遠鏡を使って、天体からのかすかな光を観測するのは困難です。望遠鏡自身が赤外線を出さないようにするためには、極低温に冷却しなくてはなりません。「あかり」の望遠鏡は有効口径68.5cmの反射望遠鏡で、鏡は炭化ケイ素セラミックスでつくった超軽量鏡です。この望遠鏡とその焦点に置かれた観測装置全体が、液体ヘリウムと冷凍機を使って冷却されています(望遠鏡と冷却システムについては、あかりをとらえる「あかり」の望遠鏡システムの開発クールな衛星「あかり」の記事をご覧ください)。

「あかり」のフライトモデルの写真

図1 打上げ直前の「あかり」フライトモデル

図1は、打上げ直前に撮影した「あかり」です。高さは約3.7m、重量は約950kgあります。下から1m余りが人工衛星本体で、通信装置や電源、姿勢制御装置や軌道を変更するスラスターなどが搭載されています。まわりを取り囲む黒い板は太陽電池パネルで、軌道に投入された後に展開されます。衛星の上部2m余りが望遠鏡や観測装置を収めた冷却容器です。一番上の丸いドーム状の部分が望遠鏡の蓋で、軌道上で開けられて、望遠鏡が空を見ることができるようになります。望遠鏡が集めた赤外線を観測するのは遠赤外線サーベイヤ(FIS)と近・中間赤外線カメラ(IRC)の2台の装置で、それぞれが波長50~180マイクロメートルと2~27マイクロメートルの赤外線をとらえます。どちらも画像を撮る機能と、スペクトルを得る機能の両方を持っています。

「あかり」ミッションの主目的は、赤外線で全天を観測(全天サーベイ)して、赤外線を出している天体のデータベース(天文学では「カタログ」と呼びます)をつくり、それをもとに星や惑星系がつくられていく過程や、銀河が星をつくって成長していく様子などを探ることです。赤外線の天体カタログは、1983年に打ち上げられたアメリカ・イギリス・オランダの赤外線天文衛星IRASがつくったものがずっと使われてきました。「あかり」はもっと高い解像度や感度、広い波長域の観測による新しいカタログをつくり、現在の研究上の要求に応えようとしています。この目的のために「あかり」は、高度約700kmで北極と南極の上を通り、昼と夜の境界領域を飛ぶ軌道に投入されました。太陽や地球を直接見ると極低温冷却が破綻するため、望遠鏡は常に太陽を真横に見て、また地球とは反対側を向いて軌道を周回します。この運用では、望遠鏡は自動的に空をスキャンして、半年間に1回全天を観測できるのです。

「あかり」は2007年8月に液体ヘリウムを使い果たすまでに、2回以上の全天サーベイを行って膨大なデータをもたらしました。全天サーベイのほかにも、時々望遠鏡のスキャンを止めて、特定の天体の詳細な観測をする「指向観測」を5000回以上行いました。液体ヘリウムがある間、望遠鏡はマイナス267℃の極低温に冷却されていましたが、ヘリウムがなくなった後も冷凍機だけでマイナス230℃程度まで冷却が可能です。この温度でも波長5マイクロメートルより短い波長の赤外線は観測が可能で、現在はこの波長帯で指向観測を続けています。全天サーベイのデータに基づく天体カタログは、2008年に初版が完成しました。まだ比較的明るい天体だけを集めたカタログですが、プロジェクトチーム内で研究に使われ始めており、2009年の秋には一般に公開される予定です。指向観測のデータは一足先に研究が開始されており、成果がまとまりつつあります。今月号で紹介される観測結果は、この指向観測によるものが中心となっています。では、赤外線の宇宙をお楽しみください。

なお、「あかり」は、宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究本部(ISAS)のプロジェクトとして、東京大学、名古屋大学など、多くの大学の参加により実施されています。検出器の一部は情報通信研究機構の協力を得て開発されました。またデータ受信やデータ解析はヨーロッパ宇宙機構(ESA)とヨーロッパのいくつかの大学、韓国ソウル大学の協力で行われています。

(むらかみ・ひろし)