2026年6月12日、種子島宇宙センターより打ち上げられたH3ロケット6号機(30形態試験機)で超小型衛星「VERTECS」が太陽同期軌道へ投入されました。直後の軌道周回では相模原局でのハウスキーピングデータ受信に成功し、その後の初期運用段階では充電効率の向上などに取り組むとともに、搭載観測装置の軌道上性能評価、試験観測を行い、定常観測運用を開始しました。
VERTECSは宇宙航空研究開発機構(JAXA)新事業促進部が実施する「産学官による輸送・超小型衛星ミッション拡充プログラム」の初回公募にて選定され、九州工業大学、関西学院大学、東京都市大学、東京大学をはじめとする複数の大学とJAXA宇宙科学研究所のメンバーが2022年度から開発を進めてきました。その科学目標は、可視光の波長域で宇宙背景放射の輝度およびその波長依存性を測定することにより、銀河系外に広がる未知の放射の起源を探ることです。銀河系外から届く全天で一様な放射を総じて宇宙背景放射と呼びますが、検出限界よりも暗い多数の銀河の光を足し合わせた成分(以下、銀河積算光)が可視〜近赤外域における宇宙背景放射の一因であることが知られています。しかし、近赤外域の観測データから見積もった宇宙背景放射の輝度は、図1に示すように銀河積算光の推定輝度を有意に超過しており、未知の放射成分の存在を示唆してきました。この未知の放射成分として可能性のある仮説が2つ、"銀河ハロー浮遊星説"と"宇宙初期天体説"です。これらは近赤外域では同様の波長依存性を示すため見分けがつかない一方で可視域ではその差が歴然と現れるため(図1)、VERTECSでの可視光多色精密測光観測によって初めて未知の放射源に制約がつくと考えられます。宇宙背景放射のように広がった天体光は、集光力が低い小口径の望遠鏡であっても、その広い視野をもってすれば視野内平均において統計精度を高められるという利点があるため、超小型衛星を天文観測に活かす絶好のサイエンステーマと言えます。
図1:先行研究での宇宙背景放射観測値(黒プロット)。近赤外域では銀河積算光(灰色領域)を超過した輝度を示す。この超過成分の起源として考えられる"銀河ハロー浮遊星"(赤破線)と"宇宙初期天体"(青破点線)は可視域で異なる波長依存性を示す。(クレジット:VERTECSチーム)
VERTECSは、3Uのバス部、3Uのミッションペイロード部からなる計6Uの衛星で、ミッションペイロード部には口径35mmの屈折式望遠鏡と、4つのバンドパスフィルターを組み合わせたCMOSセンサを搭載しています(図2)。1バンドあたり約3度×3度の広視野を1回の露光でカバーし、さらに1年間でほぼ全天にわたる多数の指向方向に対して撮像観測を行うことで、全天の空の表面輝度を可視光4バンドで精密測光観測する計画です。これにより、まず太陽系内や銀河系内に広がる様々な放射成分の寄与を理論モデルによって推定し、次に観測された空の表面輝度からそれらを差し引くことで、その先の銀河系外からやってくる放射成分のみを抽出します。
図2:(a) 衛星モデルの断面図と検出器面の様子。(b) 衛星全体の外観写真。(c) 構体パネルを取り外した状態での衛星内部の写真。(クレジット:VERTECSチーム)
初期運用では、衛星を目的の天域へ向け、搭載した観測装置によって撮像を行うとともに、取得した観測データを地上へ伝送する一連の観測運用を実施しました。その結果、衛星システムおよび観測装置が軌道上で所定の性能を発揮し、定常的な天文観測を実施できることを確認しました(図3)。
図3:VERTECSで取得した観測画像の例。(a)はくちょう座ループ。超新星爆発により広がったガスがフィラメント構造を形成している様子がわかる。点源として映る星だけでなく、淡く広がった放射に対しても測光観測が可能であることが示された。(b)うしかい座(Bootes)領域。宇宙背景放射の観測には、その手前にある太陽系内もしくは銀河系内の放射が暗い領域が適するが、本領域はその代表例の1つである。今後の定常観測でもこのような天域の観測を繰り返す。(クレジット:VERTECSチーム)
またVERTECSには科学観測に用いる前述の装置の他に、副カメラを搭載しています。図4は、相模原局と通信中にこの副カメラで撮影した地球の画像です。この画像から、衛星が安定した姿勢で地上局との通信を実施できていることが確認されました。
図4:VERTECSの副カメラを用いて取得した地球の画像。相模原局との通信中に撮影したものである。(クレジット:VERTECSチーム)
今回のVERTECSの打ち上げ・運用は、日本の光赤外天文学コミュニティにとって赤外線天文衛星「あかり」(2006年打ち上げ、2011年運用停止)以来初となるスペース天文観測データの提供の場となります。超小型衛星とはいえ、同じ宇宙望遠鏡。「あかり」での経験から学ぶことも多く、「あかり」の開発運用時期以降に研究を始めた学生や若手スタッフにとっては、構想を形にして打ち上げ・科学運用までもっていくことの困難さと大切さの両方を身に沁みて感じる経験となりました。
今後の定常観測では、VERTECSの主目的である宇宙可視光背景放射の観測を本格的に進め、その未知の放射源の制約を通じて宇宙における星や銀河の形成史の解明を目指します。赤外線で同じく全天の撮像観測を行った「あかり」のデータと照合することで多波長の情報に基づく議論が可能となることから、科学成果創出の観点でも「あかり」との相乗効果が期待されます。また開発・運用からデータ解析に至るまで、学生を含む幅広い年代の研究人材が活躍していることから、今後の天文衛星開発への足がかりとなるべく、この先1年間のノミナル運用期間を遂行していきます。
