「はやぶさ2」の成果である小惑星Ryuguと、OSIRIS-RExの成果である小惑星Bennuのサンプル交換を控えた7月18日、NASAの副長官・科学ミッション局長であるニコラ・フォックス博士が来日され、第26回宇宙科学セミナーで講演されました。小惑星探査に加え、MMXやArtemis計画でも進む日米の協力について、フォックス局長と藤本正樹副所長が語り合いました。
――日米の宇宙科学における協力の大きな成果として、RyuguとBennuのサンプル交換を控えています。どのような意義があるのでしょうか?
ニコラ・フォックス:生命の探求において、年月を経た小惑星は本当に素晴らしい場所です。「はやぶさ2」と、そしてOSIRIS-RExが持ち帰ってきたサンプルにとても興奮しています。昨年9月24日にユタ州の砂漠に見事にソフトランディングし、サンプルの入ったカプセルが開かれました。ベンヌから当初の予想よりもはるかに大量のサンプルを持ち帰ったことをとても誇りに思っています。そしてサンプルはこの8月にJAXAへ届けられ、素晴らしいコラボレーションが始まります。BennuとRyuguはよく似た軌道をたどってきた近い年齢の小惑星であり、おそらく非常に似ていると思われます。ふたつは非常に異なるタイプの小惑星ですから、私たちが協力することで科学の成果を最大限に引き出すことができる素晴らしい例になると思います。2つのサンプルを同じタイミングでそれぞれが調査するというのは非常に興味深いことです。BennuとRyuguの比較研究が実現すれば、異なる種類のサンプルを扱えるだけでなく、さまざまな専門を持つ科学者たちが観察することで、成果を最大化することができます。すべての情報を世界中で共有し、さらに多くのものを得るというオープンソース科学モデルにとても合っていますね。本当にエキサイティングな発見があるに違いないと考えています。NASAとJAXAのパートナーシップに本当に感謝しています。
――異なる小惑星のサンプルではありますが、どちらも宇宙からフレッシュな状態で届いたものであり、隕石コレクションでは達成できない成果が得られるという共通性がありますね。
ニコラ・フォックス:まったく手付かずのサンプルを取得したわけですからね。このサンプルは太陽系が形成されたときそのままであり、どちらの小惑星も非常に古いので最初期の太陽系がどのようなものであったのか知ることができました。サンプルリターンでなければ達成し得ない小惑星の差異を発見することはとても興味深いですね。そして、本当に奥深く詳細を知ることができるのです。ISASに私たちのサンプルをお届けできることをとても嬉しく思います。私もジョンソン宇宙センターで「はやぶさ2」のサンプルを見ることができました。こっそりOSIRIS-RExのサンプルも見てきたのですが、とても鮮明なものが含まれています。すべてが本当に素晴らしいですね。
――ご自身の目でご覧になって、ふたつのサンプルはよく似ていると思われますか?
ニコラ・フォックス:私の......人間の目では小さな粒々のように見えるので「よく似ている」と思ってしまいます。ですが、質量分析計の目で見れば、まったく異なって見えるでしょう。
――これまで、日本では国内のミッションだけに関心が集中してしまう傾向がありました。ですが、OSIRIS-RExミッションと協力したことで国際協力への関心を新たに呼び込むことができた例になったのではないかと思います。
ニコラ・フォックス: JAXAがサンプル交換だけでなく、OSIRIS-RExミッション全体において非常に大きな役割を果たしたことも素晴らしかったですね。サンプルのカプセルを放出したOSIRIS-RExはOSIRIS-APEXと名前を変え、小惑星Apophisの探査機になりました。探査機は0.5 AUという非常に太陽に接近する――私の大好きなParker Solar Probeほどではありませんが――探査機自身の設計を超えるフライバイを無事に終えて、小惑星Apophisにランデブーする軌道に向かっています。Apophisは2029年2月に地球に最接近し、OSIRIS-APEXもその直後にフライバイするのです。JAXA、ESAと共に最接近の直前にランデブーするミッションを検討しています。フライバイによって小惑星の見え方がどのように変化するか、また生命の探求においても、非常に重要な成果が得られるでしょう。生命の探求とは、生命を永続させる材料や構成要素の探求でもあるのです。
――こうした協力体制は火星衛星探査計画(MMX)でも続きますね。
ニコラ・フォックス:MMXもまた素晴らしい機会になるでしょう。MMXミッションにガンマ線中性子線分光計「MEGANE」を提供することで、MMXでなければ到達できない領域で本当に希望する観測を行うことができます。MEGANEによる観測、火星衛星の周辺での観測、そして持ち帰るサンプルが恩恵をもたらすでしょう。私たちが協力することでさらに実り多い成果を得られるという新たな実証でますね。
――多くの若手の科学者たちが論文を書いていますが、MEGANEによってリモートセンシングの観測だけでもすでに焦点になっている火星衛星の起源がわかる可能性が高いと思いますし、その結論にたどり着くにはどのような運用が必要かということを定量的に分析しています。若い科学者たちがよりミッション指向になってきているのですね。火星衛星の起源がわかっていれば、しっかり準備を整えて戻って来るサンプルを待ち受けることができるでしょう。
ニコラ・フォックス:そうですね。自分が何を探しているの把握するということだけでなく、リモートセンシングによる観測は、容器一杯のサンプルと同様にとても興味深いものになるでしょう。もちろんリモートセンシングとサンプル採取で可能になることには違いがありますが、結論を導き出すことができるでしょう。ただし表面からさらに地下に分け入って過去を解き明かしたいと思うのであれば、サンプルはとても重要になります。
――そして米国提供のサンプル採取装置がある。これは本当にありがたいです。
ニコラ・フォックス:ニューマチック採取機構「P-SMP」とMEGANEはどちらも日本にすでに到着していて準備ができていますね。
――Artemis計画における月面のコラボレーションを推進する科学、つまり科学を原動力にすることの重要性は、いくら強調してもし足りないほどだと思います。これについてご意見をいただければと思います。
ニコラ・フォックス:Artemis計画とMoon to Marsイニシアチブには、インスピレーションと国家の姿勢、科学という3つの柱があります。とはいえそのすべてを推進しているのは科学であり、客観的な科学こそが最も重要な柱なのです。私たちが探検するのは、自分をとりまく世界についてもっと知りたいからです。太陽系があり、月のことをもっと多く知りたい。私たちがこれまで知らなかった知識を追求することこそ科学なのです。
2022年のArtemis 1の実施により、私たちは月に再び到達する新たな手段を手にしました。Artemis計画には、当初から科学目標を盛り込むことは非常に重要だと考えて、これからのミッションでは、それぞれ最大限に科学を盛り込むことができるよう検討を重ねています。Artemis 1では、Orion宇宙船に生物科学と物理科学のペイロードが搭載されていました。宇宙飛行士が生活するのと同じ微小重力、放射線環境に酵母や菌類、種子を持ち込んだのです。さまざまな異なる条件を設定し、微小重力と高放射線環境での生命の持続可能性で適応性を観察しています。Artemis 2でも同様に宇宙で取り組みたい科学実験があります。Artemis 2では実際にOrion宇宙船にクルーが搭乗するわけですから、宇宙飛行士の唾液を調査してヒトの免疫システムがどのように変化するかを調べる絶好の機会です。Artemis3は、アポロ計画以来初めて宇宙飛行士が月面に降り立つことになります。地質学チームは宇宙飛行士と協力し、どのサンプルをどのエリアから採取するのが最も興味深いかを協議しています。Clementineミッションによって月に水があると強く考える場所だからです。月の南極地域には水氷があと長く考えられており、宇宙飛行士の目標となります。宇宙飛行士が月に降りるときに持って行く道具の選定も行いましたし、月面に展開する観測機器も準備しています。生物科学と物理科学のペイロードがあり、再び月面に滞在した場合にイースト菌が月面の大気中でどのように振るまい、適応するのかを調査します。この大気とは、将来に宇宙飛行士が長期間にわたって滞在する場合の生活環境になるのです。Artemisミッションだけでなく、Commercial Lunar Payload Services(CLPS)プログラムも利用してできるだけ早く月面に科学機器を送り込む必要があるのです。CLPSの観測装置にはJAXAも参加されていますね。そしてArtemis3の月面観測装置にもJAXAが参加している。こうした取り組みのすべては私たちの求める科学を推進するもので、本当に素晴らしいコラボレーションなのです。
――コラボレーションに際して、私たちJAXAとNASAの間で隔週のミーティングを設定しました。もともとは、有人与圧ローバの科学について議論する場だったのですが、対話を通じて、みなさんはArtemis 3まで成果の上にArtemis7に向けた検討を進めているのだということに気づきました。そこでミーティングの方向性をArtemis計画の科学に関するものに組み替えたのです。Artemis 3から始まってArtemis 7まで探査を重ねていくのは良い計画のあり方ですよね。Artemis 3・4で実施することがArtemis計画全体をより良い形にしていくことになるのだと思います。
ニコラ・フォックス:JAXAのArtemis計画への貢献は非常に大きいのですが、中でも有人与圧ローバは最大の貢献です。有人与圧ローバは、宇宙飛行士がその中でシャツですごせる環境を提供するというとてもエキサイティングなコンセプトです。そこで採取したサンプルをすべて実地に検討して、地球に持ち帰るに値する完璧なものを選ぶことができます。有人与圧ローバがあるからこそ、科学的にベストのもの持ち帰ることができるのですね。
――ただ、CLPSの中でVIPERミッションの中止は衝撃的でした。やむを得ない決断ということは理解していますが、他のミッションの目標の一部を復活するなど貢献できることはありますか?
ニコラ・フォックス:まさしく非常に難しい決断でした。予算の制約とコスト増の問題から、VIPERミッションを継続しないと決断しました。VIPERはコストとスケジュールが超過し、2024年中には着陸機が完成しないという事態に陥りました。今後のことを決断するにあたっては、コストと他の手段の模索を考慮する必要があります。そして、着陸ミッションを延期した場合には、他の多くのCLPSミッションへの負の影響、CLPSミッションの遅延や中止の可能性もあったのです。VIPERを中止したとしても、私たちは月へ定期的にCLPS着陸機が降り立つ機会を維持しています。CLPSで素晴らしい科学的成果が待っています。打上げを控えているLunar Trailblazerと、Firefly AerospaceのBlue Ghost Mission 1、どちらも素晴らしい科学的成果が期待できます。2024後半に打上げを控えているのがFirefly Aerospaceの「Blue Ghost1」です。着陸脚のひとつに取り付けられたドリルは、を着地後に展開してレゴリスを掘ることを目標にしています。着陸がレゴリスに実際にどのような影響を与えるのか、月面のプルームの変化や相互作用を調べるという有望な実験も計画しています。その後にはIntuitive Machinesの2回目の打上げも待っています。前回よりも少し大型になり、月周回機のLuna Trailbrazerと多様な素晴らしいミッション機器を持っていきます。水や揮発性物質が存在する可能性のある領域を探査するミッションです。私たちは、多様なプログラムで確実に科学的成果を最大限に引き出したいのです。
VIPERは素晴らしいミッションで、大きな成果を挙げたでしょう。しかしながら、ミッション期間はわずか2ヶ月半ほどしかありません。これは、ローバーは日陰で活動できるようには設計されておらず、日光を必要とするためです。VIPERの側面には巨大なソーラーパネルが付いているため、打上げウインドウが非常に短く、月南極域に到達するには、ローバーに電力を供給し続けるのに十分な日照条件である11月ごろに打ち上げる必要があります。これを逃すと次の機会は2月です。多額の費用がかかるにもかかわらず、短期間のミッションだったのです。そこで、VIPERに搭載されているテクノロジーを他のCLPS着陸機に搭載することを検討しています。私たちの目標は、毎年2回のCLPS着陸機を確実にすることなのです。
月は依然として、私たちの活動の大きな焦点であり続けています。私たちはCLPSポートフォリオを活発化し、月面科学のペースを保つことを選択したのです。日本との協力もこれから議論していけるとよいですね。
Photo 第26回宇宙科学セミナー
ニコラ・フォックス局長講演
NASA SCIENCE AND EXPLORATION