2025年6月20日(金)、真夏日を思わせる強い日差しに包まれる中、ドイツ連邦共和国のフランク=ヴァルター・シュタインマイヤー大統領の来日にあわせて、大阪・関西万博会場にて、ドイツのナショナルデー特別イベントとして宇宙開発・科学・探査における日独協力をテーマにした対話イベント「地球、その先へ ― 宇宙における日独協力」が開催されました。会場のEXPOナショナルデーホールには一般の方を含め多数の来場者が集まり、熱気あふれる雰囲気となりました。DLR(ドイツ航空宇宙センター)が主催し、ベルリン日独センター(JDZB)とJAXA(宇宙航空研究開発機構)が協力した本イベントには、ドイツ連邦共和国のフランク=ヴァルター・シュタインマイヤー大統領やドロテー・ベア連邦研究・技術・宇宙大臣、古賀友一郎内閣府副大臣、JAXAの山川宏理事長と、DLR(ドイツ航空宇宙センター)のアンケ・カイザー=ピッツアーラ長官をはじめ、宇宙飛行士や産学官の代表が一堂に会しました。イベントでは「未来への鍵としての宇宙」をテーマに掲げ、持続可能性・気候保護・通信・モビリティの新たなアプローチに焦点を当てた活発な議論が行われ、30年以上にわたる日独宇宙協力の成果と、今後の連携拡大の可能性を広く発信する場となりました。

シュタインマイヤー大統領の歓迎挨拶で開幕

冒頭では、ドイツのシュタインマイヤー大統領がステージに登場し、「宇宙探査は人類の持続可能な生存と生活のための技術革新に直結しており、日本との戦略的協力はその基盤である」と述べました。さらに、今回のイベントが「地球と宇宙をつなぐ次世代への扉」になることを期待すると語りました。

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シュタインマイヤー大統領が来場者に向けて歓迎のスピーチを行った。

ISSから届いた大西宇宙飛行士のメッセージ

シュタインマイヤー大統領の挨拶に続いて、国際宇宙ステーション(ISS)からのサプライズがスクリーンに映し出されました。現在ISS船長を務めているJAXAの大西卓哉宇宙飛行士によるビデオメッセージです。画面には宇宙船内からマイクを手にした大西飛行士の姿が映り、「きぼう」日本実験棟からの活動の様子を伝え、「互いを尊重し合い、信頼しあうことが、国際協力を進めていく上で非常に大切なことである」と語りました。

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国際宇宙ステーションからビデオメッセージを届けた大西卓哉宇宙飛行士。無重力環境で漂うように映る姿に、会場からも驚きと歓声が上がりました。

ドイツ宇宙担当大臣のメッセージ

続いてステージに迎えられたのは、ドイツ連邦政府で宇宙開発を担当するドロテー・ベア大臣です。ベア大臣はスピーチの中で、「ISSは人類の知の結晶であり、日独両国の協力がそれを支えてきた」と強調。加えて、「平和的宇宙協力に関する共同声明」の延長署名を日本政府と近く行うことを発表し、政府レベルでも宇宙に関する国際連携が進展していることを明らかにしました。

宇宙機関トップ同士の議論

プログラムの中盤では、日独それぞれの宇宙機関トップがステージ上で顔を揃えました。山川宏理事長と、DLR(ドイツ航空宇宙センター)のアンケ・カイザー=ピッツアーラ長官です。DLR作成のMMXに関する紹介映像が流れた後、山川理事長とピッツアーラ長官は、現在進行中の共同プロジェクトや今後の協力ビジョンについて意見交換を行いました。ピッツアーラ長官は、「日本はDLRにとって太平洋地域における最重要戦略パートナー」であると明言し、東北大学との共同実験や月面模擬施設「ルナホール」での日独共同検証の事例を紹介し、日本との協力関係について「共通の価値観を持つパートナー同士が手を携えることで、新たなイノベーション創出が期待できる」と述べ、今後のさらなる連携を示しました。また、山川理事長は「JAXAは日本政府、産業界、学界を国際的に結びつけるハブ機関であり、DLRとは30年以上にわたって協力を続けてきた」と述べ、特に探査・ISSにおけるドローン運用・再使用型ロケット(CALLISTO)など多岐にわたる協力事例を紹介しました。短い対談時間ではありましたが、その中で日独両国の宇宙政策の方向性や国際協力の重要性が端的に示され、聴衆も熱心に耳を傾けていました。

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ステージ上で対談する山川宏理事長(右)とDLRのアンケ・カイザー=ピツァラ長官(中央)。背後の画面にはMMXと火星の衛星フォボス。限られた時間ではありましたが、両氏のやり取りから日独のパートナーシップの強固さと、今後の協力への熱意が感じられました。

MMXミッションと小型ローバー「IDEFIX」の紹介

本イベントの中核となったのは、JAXAの火星衛星探査ミッション「MMX」と、DLRとCNES(フランス国立宇宙研究センター)が共同開発した小型ローバー「IDEFIX(イデフィックス)」の紹介でした。
JAXA/ISASの川勝康弘・MMXプロジェクトマネージャーは、MMXが2026年打上げ、2027年の火星圏到達、2031年のサンプル地球帰還を目指しており、フォボス着陸およびサンプルリターンにより、太陽系初期の物質移動や火星衛星の起源解明が期待されていると説明。IDEFIXについて、DLR宇宙担当理事のアンケ・パゲルス=ケルプ博士は、「1分間に1cmという低速で慎重に移動し、フォボスの地形・温度・表面組成を測定しながら、安全な着陸候補地を選定する」と述べ、パンデミック下での国際共同開発の成果を強調しました。川勝プロジェクトマネージャーは「現在、ローバーはMMX探査機に統合済みでシステム試験段階にある。今後は運用・データ解析や帰還したサンプルをどう分析・管理するかについても、すでにDLRとの間で議論を始めています。将来的には、フォボス由来のサンプルをヨーロッパにおいても解析・キュレーションできる可能性について協議を進めています。」と述べました。

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MMX探査計画の小型ローバー「 IDEFIX」について説明するDLRのアンケ・パゲルス=カープ博士(左)とJAXAの川勝康弘PM(右)。背後のスクリーンにはMMX探査機と火星・フォボスのイメージが映し出され、ローバーの機能や目的を解説しました。

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ステージ上に展示された小型ローバー「IDEFIX」の実物大モデル。IDEFIXは重量約25kgほどの小さな探査車ですが、低重力下のフォボス表面で安定して移動・探査を行える特別な設計が施されています。世界初となる火星衛星上での車輪型ローバー走行に向け、開発チームは何度もシミュレーションや試験を重ね、この日も模型を前に技術的な工夫点が紹介されました。

ドイツ人宇宙飛行士によるトークセッション

プログラム後半では、欧州宇宙機関(ESA)のドイツ人宇宙飛行士であるマティアス・マウラー氏が登壇しました。登壇に先立ち、マウラー氏がかつてISS長期滞在ミッションで携わった「Cosmic Kiss(コズミック・キス)」の紹介映像が流れ、宇宙から見た美しい地球の映像やミッション中の生活の様子が映し出されました。マウラー氏は青い宇宙飛行士スーツに身を包んで現れると、まず自身のISS滞在(Cosmic Kissミッション)について振り返りました。「私は宇宙から地球を見て、我々の星がいかにかけがえのない存在かを実感しました」と語るとともに、「異なる国のクルーが力を合わせることで、人類は未知の世界に挑戦し続けられる」と国際協力の大切さにも触れ、聴衆は熱心に頷きながら耳を傾けていました。

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ドイツ人宇宙飛行士のマティアス・マウラー氏が、自身の宇宙ミッションについて来場者に語る様子。

マウラー氏のトークの後半では、会場の観客とのQ&Aセッション(質疑応答)が行われました。子ども連れの来場者から「無重力ではどんな感覚ですか?」など次々と質問が寄せられ、マウラー氏は自身の経験を踏まえて丁寧に答えていました。観客との活発な対話により会場は和やかな空気に包まれ、日独宇宙対話イベントのタイトル通り、国境を超えた宇宙をめぐる対話が実現しました。

宇宙産業代表者による意見交換

イベント終盤では、宇宙産業界からの代表者によるミニトークセッションも行われました。ドイツの大手宇宙企業であるエアバス社からルネ・オーバーマン氏(取締役会会長)、同じくドイツの衛星メーカーOHB社からマルクス・メラー氏(経営委員会メンバー)がステージに登壇しました。両氏はそれぞれの立場から現在の宇宙ビジネス動向や日欧協力の展望について語り、官民連携の重要性を強調しました。オーバーマン氏は「宇宙への挑戦にはリスクも伴うが、その成果は地球上の生活を飛躍的に向上させる可能性がある」と述べ、官民が協力してイノベーションを追求する意義を説明しました。メラー氏は日本市場やパートナーとの協業について触れ、「共に課題に取り組むことで新たなソリューションが生まれる」と国際共同プロジェクトへの期待を示しました。短時間ながら専門家同士の対話によって商業宇宙開発の最前線が垣間見られ、会場の関心も高まったようでした。

閉会の挨拶と記念撮影

全てのプログラム終了後、モデレーターが再び登壇し、イベントの締めくくりとして「本日の対話を通じて、宇宙が未来社会にもたらす可能性を皆で共有できました。このような貴重な機会を共に創り上げてくださった全ての方々に感謝します」と述べ、登壇者と聴衆に謝意を表しました。
そして最後に、本日の主な登壇者全員がステージに招かれ記念撮影が行われました。シュタインマイヤー大統領やベア大臣、カイザー=ピッツアーラ長官、山川理事長、川勝プロマネ、カープ博士、マウラー宇宙飛行士、産業界代表ら錚々たる顔ぶれが一堂に並び、笑顔で写真に収まる様子に大きな拍手が送られました。こうして大阪・関西万博のドイツ・ナショナルデーを飾る日独宇宙対話イベントは盛況のうちに幕を閉じました。

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川勝プロマネ(左)、マウラー宇宙飛行士(中央)、パゲルス=カープ理事(右)

編集後記

真夏を思わせるような、とても暑い日でしたが、このイベントの前には、父親がドイツ人、母親が日本人でドイツ出身のピアニスト、アリス=紗良・オットによるベートーヴェン・ピアノソナタ《月光》の演奏等も行われ、科学・技術・文化の三位一体で描く日独協力の現在地を、まさに"体感"できる一日となりました。

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(2025/07/02)