4月末~5月初めにかけて、藤本所長が米国カリフォルニア州ロサンゼルスの関係機関を訪問しました。
【JPL】
NASAの研究所の一つであるジェット推進研究所(Jet Propulsion Laboratory/JPL)は、米国西海岸カリフォルニア州にあり、ロサンゼルス空港からハリウッド等を左手にしながらドジャーズスタジアムのあるダウンタウンを北西に抜けた約1時間程度の距離のパサデナ地区に山を背にして位置しています。職員はカリフォルニア工科大学に属しつつ、NASAの研究を実施しているというユニークな研究所です。
JPLの活動は無人宇宙探査を中心とし、もう少しで50年となるVoyagerをはじめ、最近では火星探査ローバーPerseveranceや木星探査機Europa Clipper、近い将来にはNancy Grace Roman、Space Telescope等が挙げられます。また、深宇宙探査には欠かせないDeep Space Networkも運用しています。
https://www.nasa.gov/jpl/
https://www.jpl.nasa.gov/about/maps/images/map_LAX_to_JPL.jpg
左:会議場にある模型前。
右:会議の様子。
◎Mars Yardにて
JPLのMars Yardは66 x 36 mの面積(ISAS探査実験棟2棟分以上)に石と砂が広がり、惑星探査ローバーの各種試験に用いられています。Mars 2020 Rover "Perseverance"(パーサヴィアランス)の地上テストベッド(VSTB : Vehicle System Test Bed)でありフルスケールのエンジニアリングモデル(EM)"Optimism"(オプティミズム、Operational Perseverance Twin for Integration of Mechanisms and Instruments Sent to Mars)が建屋内で維持管理されています。「忍耐や持続」を意味するPerseveranceに対して、「楽観主義」を意味するOptimismというネーミングからは、火星探査の厳しさと楽しさを経験し尽くすJPLのポジティブな精神を感じます。当日は、現在Perseveranceプロジェクトマネージャーを務められているArt Thompsonさんに解説を頂きつつOptimismのデモを拝見しました。
デモでは、OptimismがPerseveranceと同様の毎秒数センチメートルで前進。Perseveranceは太陽電池ではなく110Wの出力を持つ原子力電池MMRTG(Multi-Mission Radio Thermal Generator)を電源としていますが、小さいながらも安定した電力で着実に這うように走行する様子を体感できました(なお、Optimism自体にはMMRTGは搭載されておらず、外部電源により模擬されています)。先代の火星ローバーとして2012年に火星へ到達したMars Science Laboratory(MSL)Curiosity(キュリオシティー)からの改良点として、ホイールが挙げられます。Curiosityホイールで2013年頃より観測された損傷(穴や裂け目)への対応として、直径を大きく幅を小さく、厚みを増加、トレッドをシェブロン型から緩やかなS字へ変更して本数を2倍に(写真)。結果として質量や走破性能を犠牲にせずに耐久性を向上させられたそうです。
Perseveranceは2mのロボットアーム手先のドリルでサンプルを採取し、43本の試験管型サンプルチューブへ一つずつ密封して「お腹」に格納します。これまで30本以上のチューブへ採取・密封を完了したとのことです。順調に見えて採取運用は一筋縄ではいかず、対象の岩が固くドリルがスタックしたことや、逆に多く採取しすぎて密封できずに泣く泣く中身を捨てたトラブル話をシェア頂きました。工学と理学が密にコミュニケーションを取り、一体となって喜怒哀楽を共にしている運用の様子が垣間見えました。
◎衛星運用施設にて
JPLのSpace Flight Operations Facility(SFOF)は各フライトミッションとDSN(Deep Space Network、深宇宙通信用地上局群)の運用管制が行われる施設で、メインの管制室とプロジェクト用の運用室から構成されます。最近ではEuropa Clipperの打上げで大々的に中継されていました。見学当日はDSNの全面定期点検によって宇宙機運用は見られませんでしたが、逆にDSNの直径70mおよび34mアンテナの合計14基を次々に切り替えて点検を進める様子を見学できる非常に珍しい機会でした。管制室の真ん中には碑「The Center of the Universe」があり、毎年ここ「宇宙の中心」でプロポーズされる方がいるそうです。なお、SFOFは米国の史跡National Register of Historic Placesに指定されています。
また、JPLの管制室には"Lucky Peanuts"という伝統があります。Ranger 1~6の連続失敗後、1964年のRanger 7ミッション(月探査)で管制室の極度の緊張を和らげるためにピーナツを配布した結果、ミッションは大成功。ピーナツが「データに裏付けられた幸運の象徴」として伝統が誕生し、Perseverance火星ローバーの着陸運用にも受け継がれています。はやぶさ2の運用で「だるま」や「スナック乙姫」を経験した筆者として、深く共感したところです。写真の他にもたくさんのボトルが置いてあり、筆者も頂きましたが塩味が効いてフレッシュな美味しいピーナッツでした。ちなみに、ボトルは常に満たされているものの、誰が補充しているのか分からないとのこと。。。
左:地上局がある国(アメリカ、オーストラリア、スペイン)の旗
右:ここが宇宙の中心だそうです。"dare mighty thing"はJPLのキャッチフレーズ。
◎研究室にて
今回見学したセクション347はロボティクス・モビリティに関する研究を行っている部署です。およそ190名が、将来の月探査ミッションや火星探査ミッション、さらに極限環境の探査ロボットまで、様々なロボットの研究開発を担っています。
月・火星よりさらに先の未知環境では、どのようなロボットを送り込むのが正解なのかも分からない、まさに人類未踏の領域です。訪れたラボでは、「冗長なアクチュエータ」、つまり余分な関節を沢山持った蛇型ロボットによるモビリティの研究を行っています。このロボットは事前に想定していた移動方法では対応できない環境に直面した時、冗長性を活用することで、ソフトウェアの書き換えや自律的な学習によって環境に適応することを目指し、研究が進められていました。
小型蛇ロボットの動作デモの様子
◎ High Bay 1 in JPL's Spacecraft Assembly Facility (衛星組み立て施設)
JPLには宇宙機を組立てられるクリーンルームが整っています。ここでローバーを含む数々の探査機が組み立てられてきました。訪問時には、ちょうどNEO Surveyorが作業中で、クリーンウェアを来た作業者たちが慎重に機器にカバーをかけている様子が見られました。NEO Surveyorは、中間赤外線観測ミッションで、小惑星や彗星を観測・カタログ化する予定です。また、同クリーンルームには、ASTHROSという観測ミッション機器が「同居」していました。ASTHROSは宇宙までは行きませんが、大気で吸収されてしまう遠赤外線を観測するため、気球で40km程度まで持ち上げたのちに星の形成や進化に関する観測を行う予定です。
クリーンルームの壁には、かつてこの場所で組み立てられた宇宙機のミッションパッチが掲げられており、その歴史の重みを感じるとともに、ここから数々の伝説が生まれたのだという深い感慨に包まれました。
左:NEO Surveyorの作業中の様子
右:ASTHROSの主鏡
【HBR】
所長とHoneybee Robotics 代表のKris Zacny氏とは、MMXの立ち上げ以来の付き合いだそうです。今ではBlue Origin に買収されて(そうであっても、その企業文化へのリスペクトから半独立的な運営をしているらしい)従業員数百名のサイズに成長しましたが、知り合った頃は、ガレージに若手20名程を突っ込み、他ではできないことをやってみせる雰囲気がバリバリな宇宙探査ヴェンチャーだったそうです。今回の訪問は、山火事へのお見舞いと、月面着陸に成功したBlue Ghostに搭載されたPlanet-Vacが完璧に動作したことへのお祝いのためでした。
https://youtu.be/oLJu_XmteWI?si=_6xx-83DtjUv17VH
お祝いは、実は、所長自分自身に対するものだったそうです。と言うのは、Planet-VacはMMXのP-samplerと基本的に同じものだからとのこと。所長の感想は次の通りです。
「十数年前にP-sampler相談のために訪問した最初の日、Krisは「このマシンはサンプル吸込口が完全に接地していなくても動作する」と何度も説明した。そんなに大事なことなのかな?と当時は思ってしまった。Blue Ghostが月面着陸した際、Planet-Vacの取り付けられていた着陸脚は少し浮いていたのだが、Planet-Vacはしっかりと月面レゴリスを取り込んだ。Kris, 流石です。
流石と言えば、その最初の訪問で同行した研究所の若手メンバーが、帰国のためにLAX空港に向かう途中で立ち寄ったIn-And-Out店内にて「移籍したい」と思わず呟いてしまったほどの、魅力的な宇宙ギークである。「大富豪が巨大な個人資金を宇宙探査に入れる時代に仕事ができる幸せ」を語るKrisの社長さんとしての顔を見ながら、たしかにこいつは探査だけで会社を成長させたんだよな、としみじみ思った。
夜は、ISASの元インターナショナルトップヤングフェローで今はJPLに所属しEuropa Clipperの役職につくStefanoと合流し、宇宙ギークな時を過ごした。」
なお、約1か月後の6月初旬、MMXのProject Meeting参加のためKris氏が来日。所長室を訪ね、友好を再び温めました。
【まとめ】
LA滞在中には在ロサンゼルス日本国総領事館も表敬訪問。今回のLA滞在中には、NASA長官候補の議会指名プロセスの進展や米国ホワイトハウスによるFY2026(2025年10月~2026年9月)の「Skinny Budget」(=政権の最初の年に通例作成される予算案骨子)の公表がなされる等、最新かつ激動の米国の様子を肌で感じつつ帰途につきました。
ダウンタウンのビル群 / Pasadena市内 / ロサンゼルス(LAX)空港
(2025/06/04)