アイスランド大学キャンパス内にある快適な会議場でIMEWG2024が開催された。IMEWGとは、火星探査に関する情報共有を世界の宇宙機関で行う会議である。JAXAからは、臼井、狩谷、藤本が参加した。
会議には宇宙新興国も含めた多数の国からの参加があり「火星探査はみんながやりたいこと」ということがよくわかる。欧米が進めてきた火星サンプルリターン(MSR)に参加しない(させてもらえない)日本が、その条件下で自身の強みを生かすことを考え抜いた結果として、小型ではあるが特長のある将来火星着陸探査計画を立ち上げて「第二の道」を示しつつある。それに対し、MSRへの参加を想定してきた国々における停滞感(思考停止?)といったものが感じられた、と言ってしまうのはひとりよがりに過ぎるのだろうか?実際、小型機による火星探査の機会も確保して火星探査を民主的に進める枠組みを構築しよう、という議論もあった。このアイディアの起源も、日本における、悔しさをバネにしつつ、火星だけに拘ることはしない一方で、火星のチャンスが見えたらすぐに動くという活動の成果にあるように思えるが、それも思い入れが過ぎるだろうか?
ここで、あらためて書いておこう。ISASでは、世界の多くが火星探査をやりたいと思っていることから、小型火星着陸ミッションを効率的に実施できるプラットフォームを構築し、宇宙新興国も含めてやりたいと思っているひとができるようにしたいと思っている。つまり、火星着陸探査における「第二の道」を立ち上げようとしているのだ。
会議の初日には地元向けのアウトリーチ・イベントもあり、JAXAから登壇する機会も与えられた。勢いのある話し方となるのは当然で、結果として笑いも取れた。笑ってくれたひとの中には、イヴェントに参加していたアイスランドの大統領も含まれていた(聴衆の右端)。
IMEWGでは、その主催者の研究施設を参加者が視察するということが行われてきている(2023年に東京で開催した際には、JAXA筑波・相模原の見学会があった)。アイスランド宇宙機関がどうしたかと言えば、アイスランドが世界の火星探査コミュニティに提供できるのは火星アナログだ、とばかりに荒野へのツアーとなった。その乗り物が、ちょうどJAXAが開発を担当する月探査のための有人与圧ロ―ヴァと同程度のサイズ。与圧ロ―ヴァの月面での走破性ということを意識しながら、荒れた道を走る車中で揺られることとなった。
溶岩チューブ(英:Lava tube、日本語では溶岩洞や溶岩トンネルとも呼ばれる)は、火山活動で流れる溶岩が表面から冷えて固まる際、内部の溶岩が流れ続けて形成されるトンネル状の地形である。溶岩の供給が止まると内部が空洞になり、結果として長い地下トンネルが残り洞窟を形成する。火山の多い日本にも溶岩チューブは認められ、例えば観光地にもなっている富士山麓の鳴沢氷穴が有名である。溶岩チューブは周囲の環境から隔離されているため年間を通して内部が低温に保たれるという特徴があり、冷蔵庫の無い時代には氷温庫として使用されていた。
時代は下り、現代では月の溶岩チューブの利用が検討されている。月の溶岩チューブは、温度が一定であるという特徴に加え、大気や強い磁場を持たない月においては、太陽風や銀河宇宙線といった高エネルギー粒子を遮蔽することが期待され、有人月探査における基地としての可能性を秘めている。今回のアイスランド野外巡検では、月や火星の溶岩チューブのアナログ(模式)地形をめぐり、その可能性を実際に体験することなった。
いくつかの班に分かれて丁寧な見学となってので、十分にあった時間を使ってチューブ入口付近の地上を歩き回ったところ、チューブの天井が崩落して縦穴(skylight)となっている場所を発見。月面では、ここを経由してロボットをチューブに送り込むなんて構想があることを思い出しつつ、うーん、簡単ではないぞー。
火星アナログの1つとしての氷河地形も訪れた。地球と同様、火星には大気があり、過去(約40億年前)には降雨・降雪もあった火星では、河川や海が形成したとされる地形・地質体が存在する。そして火星の水は、近過去(地質学的には"昨日")においても氷として存在し、現在は氷河地形として観測されている(火星の地形に関しては、「火星の歩き方(光文社新書、臼井寛裕・野口里奈・庄司大悟)著」に詳しい)。日本人には液体の水である河川が作るV字形をなす険しい渓谷に慣れ親しんでいるが、固体の氷のからなる氷河が作る渓谷はU字形を成し、堆積環境も河川とは異なる。火星の氷河や氷床は、その底面が圧力により融解することで液体の水が発生するため、地形・地質のみならず、火星の生命環境としても着目されている。しかし、氷河地形は一般的に高地に存在し、また急峻な崖を伴うため、これまで着陸探査が行われてこなかった。日本がこれまで培ってきた着陸技術(例えばSLIMの斜面着陸や、現在検討が進むインフレータブルエアロシェルを用いた大気突入技術など)を用いれば、果たして火星の氷河地形探査を可能にするのだろうか?そんな野心と期待を胸に我々は火星アナログ地形に向かった。
まず我々は、氷河地形の前に、氷河そのものに向かった。大した装備もない我々がアクセスできる氷河の突端は氷河の崩壊部分に相当し、無数のクレパスが発達していた。ガイドからは「一カ所にかたまり、勝手に遠くに行かないこと」と注意があった。約10度程度で傾斜自体はそこまでではないのだろうが、空の向こうまで続く氷河は圧巻であった。
氷河を後にした我々は、氷河および氷河地形を遠方から観察すべく車での移動を続けた。そして、U字形をなす氷河谷を遠方に観察できる地点で車を止め氷河より運ばれたと思われる堆積物が広がる平原を散策した。液体の水である河川により運ばれた堆積物と異なり、氷河堆積物は角ばった岩石が多く、またその大きさもまちまちであった。こんな複雑な非整地にどうやって着陸し、どうやってロ―ヴァは走破するのか?氷河地形は、着陸のみならず、着陸後の移動においても我々に困難な挑戦を強いることを実感した。
アイスランドは、北米プレートとユーラシアプレートの境界でマグマが噴くことで生まれた島である。そのプレート境界が一望できる場所にも立ち寄り、大地のダイナミズムを感じる機会もあった。この場所の少し南側では水蒸気が噴き出す場所があり、そこには地熱発電所が置かれている。アイスランドにおいては地熱エネルギーの活用ということが進んでいる。
2日目の野外巡検でクタクタになった我々は(注:参加者の多くは野外に慣れていない研究者だった)、3日目の朝の会議の開始時間を遅らせることとなる。移動のバスの中で、主催者から会議時間を遅らせる旨の連絡があった際には、火星着陸が成功した時のJPLのミッションコントロール室のような拍手と喝采に包まれた。
3日目・4日目は、今年からの新たな試みとして、IMEWGに参加する宇宙機関の外から、探査インフラの構築を目指す宇宙関連企業や、低コストでの火星探査を目指す大学関係者らを招き、火星探査の将来像を議論した。将来像の一つとして人工知能(AI)の活用も議論された。「AIはあくまでも手段であり、その利用自体を目的とすべき議論ではなく,具体的な目的を設定して議論すべき」や、「AIの判断を人間がどこまで信じ切れるか」などの意見が挙げられた。同時に、「JAXAとしてAIにどのようにコミットしていくのか」、「圧倒的に先行するであろう非宇宙関連目的でのAI開発を宇宙開発に取り込める体制はできているのか」など、JAXAそして日本の宇宙関連業界における課題を認識するに至った。
最終日の5日目は、IMEWG加盟の宇宙機関からの話題提供に戻り、JAXAからは火星衛星探査計画MMXの紹介。このミッションそのものの魅力だけでなく、初日のプレゼンと合わせて、これがJAXA火星探査の第一歩であるということがより深く伝わったのではないだろうか。
アイスランドの人口は40万弱。首都レイキャビックで最も目を引く建物は大聖堂。首都の真ん中の湖畔には、避暑地の別荘街といった趣で住宅が並んでいる。長い冬の夜を過ごす生活の中ではアートが盛んになるのだろうなと思わせる街角の景色も。
アイスランドの物価は高い。現地物価が高くともそれに応じて旅費が増額されることはないので、自衛手段を行使することになる。日本で言えば12月ぐらいの気温の夕方、大聖堂前広場にあった野外のテーブルで会議の印象を復習しつつ食べるホットドッグ。フライドオニオンと甘めのケチャップが印象に残る。
レイキャビックには宇宙イチ美味しいホットドッグがあるとの情報もあったので、こちらには自衛ではなく攻めの姿勢で早速行ってみることにした。こぢんまりとしたスタンドの前に立ち、注文。トッピングはもちろん『全部のせ(EVERYTHING)』、貰えるものは全て貰っておくのが良い。価格は日本円にして750円ほどで、ハンバーガーのセットが4000円ほどすることを思えばなかなか良心的。ものの十秒程度で噂のホットドッグが提供された。パッと見はごく普通だが、ひと口頬張ってみればラム肉の香りとピクルス・生のオニオンの爽やかさ、甘めのフライドオニオンとケチャップ、謎の茶色いソースの旨み。サクッと一本平らげてしまった。聞くところによれば90年近く営業している老舗で、店名は「町一番のホットドッグ」との意らしく、クリントン米大統領も来たことがある。噂に違わぬ美味しさであった。なお深夜2時ごろまでやっているので、締めの一本として食べる人が居るとか居ないとか。