はやぶさ探査機は小惑星25143イトカワからLL 4-6コンドライト(石質隕石のうち、コンドルールという球粒状構造を持ち比較的金属鉄の量が少ない種類の隕石)に似た極小の粒子を2000個以上持って帰ってきました。その中の三つの粒子についてアルゴン(Ar)同位体を用いた40Ar/39Ar(以後Ar/Ar)年代測定*を、アメリカのRutgers大学にある希ガスラボで行いました。得られたイトカワ粒子の年代は約13.5億年±2.5億年(図1)を示しています。この結果は、小惑星イトカワを構成する粒子から約14億年前になんらかのインパクトによる加熱でArが完全に脱ガスされたことを示しています。

図1 イトカワサンプルの段階加熱40Ar/39Ar年代スペクトラム。

図1 イトカワサンプルの段階加熱40Ar/39Ar年代スペクトラム。試料加熱用レーザー出力を段階的に増加(1Wから35W)して、各加熱段階で放出される39Arと40Ar量の比から年代を計算する。すべての加熱段階で同様な年代13.5億年が得られることは、この試料を構成するAr保持力が異なる鉱物が全て同じ年代を持つことを示す。

これはApollo時代に月から持ち帰られた試料以来、月以外のサンプルリターン物質の初めての放射性年代の報告です。特に、このAr/Ar年代測定は、重量が2µg(1µgは100万分の1g)という極小量の試料について得られた結果であり、次の三つの理由で重要な意味があります。(1)イトカワの粒子は化学的および鉱物学的にLLコンドライトと似ています。しかし、我々が報告したAr/Ar年代は約14億年であり、多くのLLコンドライトの年代(75%以上のLLコンドライトは30億年以上)と比べて著しく若いことです。これはイトカワの母天体が、地球に飛来している普通のLLコンドライトと異なり、形成年代が若いLLコンドライトである可能性を示しています。(2)「はやぶさ」によるとイトカワはRubble Pile(母天体が衝突によって破壊されたのち、再度集積したもの)状の天体です。約14億年のAr/Ar年代はこの大規模インパクトが起こった時代を示しており、イトカワはその後に破片が集積した天体であると考えられます。これは太陽系でのRubble pile天体の生成が46億年前の太陽系形成以来、32億年以上続いてきたことを意味しています。(3)Ar/Ar年代測定は段階加熱測定が必要なので、ある程度の試料量が必要です。今回の測定は2µgという微量の試料について得られた結果であり、今後のサンプルリターン探査(「はやぶさ2」、OSIRIS REx 等)で得られるマイクログラムサイズの試料に対しても、Rutgers大学では正確なデータを得ることができることを示しています。

もしインパクトが原因でイトカワ粒子のAr-clockが完全にリセット**されているとしたら、Ar/Ar年代からイトカワの4つの進化シナリオが考えられます(図2)。シナリオ1:イトカワの母天体に約14億年前にインパクトが起こってAr-clockはリセットされたが、母天体は破壊されず、その後のインパクトで母天体が壊れてイトカワがRubble pile状天体となった。この場合、イトカワは14億年より若くなる。シナリオ2:約14億年前のインパクトでイトカワ母天体が壊れて、すぐにRubble pile状イトカワ天体が形成された。小惑星の力学モデル計算によれば、このような天体はインパクト後1日程度で作られる。シナリオ3:イトカワができた後に起こったインパクトによって、Rubble pile中の粒子のAr-clockがリセットされたが、Rubble pileは壊れなかった。しかし、現在のイトカワの空隙率が40%に達していることを考えると、Ar-clockのリセットを起こす程度のインパクトであったら、イトカワ自体が壊れる可能性の方が高い。シナリオ4:イトカワの上に、イトカワとは関係のない約14億年の年代を持つ他のLLコンドライト物質が捕獲されていて、偶然にも「はやぶさ」が持ち帰った。このシナリオは可能性としてはほとんどありえない。

図2 Ar/Ar年代から見たイトカワの4つの進化シナリオ。

図2 Ar/Ar年代から見たイトカワの4つの進化シナリオ。

結果としては、我々は2あるいは1がイトカワ生成のシナリオと考えています。もちろん、さらに多くのイトカワ粒子の年代測定が必要ですが、我々の得たAr/Ar年代測定の結果はクレーターカウンティングからの年齢0.75-10億年とも矛盾していません。最近オーストラリアのグループが別の二つの試料について、38-46億年と23億年という、我々が得た14億年より古いAr/Ar年代を報告しています。このような結果も踏まえて、イトカワRubble Pile の生成シナリオについて今後より深い議論がなされるでしょう。

 

* Ar/Ar年代測定は、岩石・鉱物の中に含まれるカリウム(K)の同位体である39Kの一部を中性子照射によって変換した39Arと、40Kからの放射壊変起源の40Arの量を質量分析法で測定し、39Arから推定したK量と40Ar量の比に基づいて鉱物の年代を求める方法です。

**Arは揮発性の高い元素なので、衝突などの加熱が生じやすいイベントにより岩石の中などの閉鎖系から抜けやすい性質があります。Ar-clockのリセットとは、閉鎖系からArが抜けて、放射壊変起源のArがゼロになって、年代測定のカウントがリセットされることです。