2010年、探査機「はやぶさ」が小惑星イトカワから微粒子を回収し、地球に持ち帰りました。現在は「はやぶさ2」が小惑星リュウグウへ向かいつつあります。小惑星探査・試料の採集は今世紀の惑星探査の主役となるでしょう。小惑星は、惑星にまで成長できないまま、太陽系初期の40億年以上の昔から、そのままの状態で取り残された天体です。小惑星の歴史を理解することで、惑星形成につながる太陽系初期の進化史を明らかにできると期待されています。

さて、小惑星から持ち帰った試料から、どのようなことが分かるのでしょうか。イトカワの微粒子の分析の大きな成果のひとつは、地上に降ってくる隕石が小惑星の物質に由来することをはっきりと証明したことです。これは一方で、隕石を研究することで、小惑星の歴史のおおよそは描くことができるということです。しかし、隕石では分からない情報があります。それは天体表面で起きた現象です。隕石のほとんどは天体の内部の岩石が砕かれて地上に降ってきたものであり、天体表面での出来事について多くを語りません。そのため、小惑星のサンプルは、天体表面で起きる具体的な物質科学的変化を知る手がかりになります。

このような観点から、私は、イトカワ微粒子の特徴の中でも、特に表面の模様に注目しました。微粒子表面は、宇宙空間にさらされていた界面であり、その模様は、イトカワの表層で起きた現象の詳細が保存されていると予想できます。さらにはイトカワがたどった進化史の記録が刻まれていることも期待しました。本稿では微粒子の表面模様を観察した研究成果について解説します。

微粒子は数十µmの大きさです。まず、粒子を直径5µmのファイバーに固定しました。その後、X線CTと走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて、微粒子表面の微細模様を観察しました。X線CTを用いると、微粒子の外径や鉱物の3次元分布を非破壊で観察できます。一方で、SEMを使うと、ミクロンからナノメートルの世界の様子を見ることができます。

SEMによる観察の結果、微粒子表面には、ナノメートルスケールの微細な模様が折り重なっていることが分かりました。そして表面模様のパターンは、4種類に大別できることが分かりました(図1)。

図1 イトカワの進化史の概要と、微粒子の表面模様の電子顕微鏡写真

図1 イトカワの進化史の概要と、微粒子の表面模様の電子顕微鏡写真

最も多く見られたパターンは破断面です(図1-B)。これは平行な階段模様で構成されます。この模様は、イトカワ形成後、レゴリス粒子が天体衝突による破砕で生成したことを示しています。

次に、太陽風に長時間さらされたために形成したブリスターと呼ばれる模様が多く見られました(図1-D)。太陽風が長時間、微粒子表面に当たると、太陽風の主成分である水素イオンやヘリウムイオンが鉱物表面に入り込み、表面内部で泡構造をつくります。1000年程度のタイムスケールで、この泡構造が結晶表面まで膨らむと、ブリスターとして観察されます。太陽風の照射で小惑星の色が変わる現象は宇宙風化と呼ばれています。ブリスターの存在は、微粒子が宇宙風化を受けた証拠と言えます。

また、ブリスターは微粒子表面の表にも裏にも不均一に分布していたのです。これはレゴリスがイトカワ表面を流動した結果、太陽風が微粒子のさまざまな面に当たったことを示しています。イトカワ表面では宇宙風化と若返りの歴史を繰り返しているのです。

さらに、レゴリス流動によって微粒子が動いた証拠として、粒子同士のこすれ合いで摩耗したと思われる模様がありました(図1-C)。表面の模様が消えかけています。

このようなレゴリスの流動は、イトカワが惑星の近くを通過した際に受ける潮汐力やイトカワの自転速度の変化、粒子の静電浮遊などが原動力だと考えています。

そして、さらにはイトカワ母天体の熱変成に由来する模様が見つかりました。これは幾何学的な同心円状の階段模様として見えます(図1-A)。この模様は、岩石の隙間にさまざまな成分を溶かした熱水やガスが入り込み、それが高温で結晶化したときに形成します。ところが、イトカワ程度の大きさの天体では幾何学模様が形成するほど高温にはなりません。小さいので内部から加熱されても表面からの冷却が勝るからです。これまでの研究から、イトカワは現在よりも40倍程度の大きさの母天体が一度壊れ、その破片から形成した天体だと考えられています。熱変成や天体衝突でイトカワ母天体が加熱され、幾何学模様が形成したと考えると、微粒子の観察結果を説明できます。すなわち、イトカワ微粒子の表面には、40億年以上も昔に遡る、イトカワ母天体の記憶が残っていたことになります。

このように、微粒子の表面模様には、天体表面の出来事のみでなく、40億年以上昔から現在に至るまでのイトカワの進化史が刻まれていることが初めて分かりました。

この成果によって、表面模様を分析する有効性が示されました。この分析方法の最大の利点は、貴重な微粒子を壊すことなく、数十億年から現在で天体の進化を調べることができることです。試料を破壊してしまう分析の前に、表面模様を分析し、その結果を研究者が共有すれば、その後の別の手法で行う分析や研究にも役立つと考えています。イトカワ微粒子の分析はもちろん、今後のサンプルリターンミッションでも、試料のナノメートルスケールの模様を詳しく調べることで、惑星の形成に至る太陽系の進化について深く理解できると期待しています。