2010年12月の金星フライバイを経て後期運用に入ったIKAROSには、新たなミッションが与えられました。その一つが、「セイル膜面の挙動・形状の変化を積極的に引き出して展張状態の力学モデルを構築する」というものでした。

IKAROSには、ヨットで言う帆を張るためのマストがありません。代わりに、回転することによって遠心力でペラペラの薄膜セイルをピンと張っています。もし、ここから回転を遅く、あるいは止めてしまえば、どうなるでしょうか? 重力のない宇宙空間では、そのままの形状を維持しそうな気がしますが、「太陽光圧」による力があります。非常に小さく、日常ではまず感じることはないのですが、場合によっては数百秒でIKAROSのセイルは大きくたわんで姿勢が乱れてしまうのでは、と予想されていました。

しかし実際、どこまで回転を遅くしてよいのだろうか。それを調べるのが、「低スピンレート運用」です。遠心力を小さくしてセイルのたわんだ状態を調べることで、セイルの運動についてより深く知見を得るというのが目的です。

2011年6月から、低スピンレート運用が開始され、セイル展開完了後1rpm(毎分1回転)以上を維持してきた回転速度を徐々に下げながら、モニタカメラによる膜面の撮影を行いました。その結果、0.055rpmにおいても、太陽光圧に対しセイルがほとんどたわまないことが確認されました。このことから、事前に予想していたよりも、セイルが柔らかくないように振る舞うことが分かってきました。

図1 セイル形状の事前シミュレーション予想(左)と軌道上で得られたモニタカメラ画像(右)。セイルが大きくたわむと予想されたのに対し、ほとんどたわまないことが確認された。

図1 セイル形状の事前シミュレーション予想(左)と軌道上で得られたモニタカメラ画像(右)。セイルが大きくたわむと予想されたのに対し、ほとんどたわまないことが確認された。

実は、この低スピンレート運用の裏には、もう一つある重要な期待が込められていました。スピン衛星の姿勢の制御は、主に2種類に分けられます。回転軸方向の制御と、回転速度の制御です。IKAROSにおいて、前者は、太陽光圧をうまく利用することで自動的に姿勢を維持する安定な状態を確立していました。一方で、後者は、ガスジェットのスラスタ噴射によって行っていました。これはつまり、燃料がなくなると回転速度が制御できなくなることを意味します。悪いことに、太陽光圧による「風車効果」によって、回転速度は常に減少する状態でした。燃料が枯渇したらIKAROSの回転は止まってしまい、太陽光圧でたわんだIKAROSのセイルは、その機能を果たさなくなるでしょう。さらに、たわんだセイルが探査機本体に絡み付き、探査機として死んでしまってもおかしくありません。これは、真綿で首を絞められるように迎えるIKAROSの危機でした。

しかし、これを回避する逆転の芽がありました。風車効果は、風車のような形になったセイルに太陽光圧が作用することで起こると考えられていました。もしうまくセイルの形状を変化させることができれば、燃料なしでも回転速度を制御できるのではないかと考えていたのです。低スピンレート運用では、スピンの回転速度に対する風車効果の影響を調べ、セイルの形状との関係を整理することができました。その結果、セイルの形状を変えることはできませんでしたが、スピンを反時計回りから時計回りに持っていけば、風車効果がそのまま維持され、回転速度を増す側に働くことが予想されたのです。つまり、回転が止まるという危機を回避できるのです。

この結果を受け、挑戦的なミッションとして「逆スピン運用」が計画されました。これは、一時的にIKAROSの回転を止めることになるため、大きなリスクを伴っていました。しかし、低スピンレート運用で得たデータからセイルの剛性を見直した上でシミュレーションを重ねた結果、残り少ない燃料を使いスラスタを噴射させ短時間で回転方向を逆転させれば、安全に逆スピン状態に移行できると判断しました。

2011年10月18日、緊張の中で逆スピン運用が実行されました。初期スピンレート0.15rpmの状態から、約20分間スラスタを断続的に噴射させ、マイナス0.25rpmを目指して一気に回転速度を変えていきます。この間、懸念された姿勢の乱れなどによる通信途絶や電力喪失もなく、見事、目標通りの逆スピン状態に移行することができました。この状態で、予想通り風車効果が回転速度を増す側に働き、ある程度速くなったところで落ち着くようになりました。IKAROSの回転が止まってしまう危機を脱することができたのです。このおかげで、その後に続く冬眠運用までIKAROSの運用を継続できるようになりました。

これらの運用結果は、将来のソーラー電力セイル計画にも反映されようとしています。見直したセイルの力学モデルを活用することで、将来計画では、最低スピンレートをより低く設定できるようになりました。通信アンテナやカメラなどの観測機器は特定の方向を向いている必要があるため、スピンをキャンセルするデスパン機構などの仕組みが必要となりますが、スピンレートを小さくすることで、この負担を軽減することができます。また、風車効果をうまく操り、ガスジェットの燃料を使わずにスピンレートを制御する方法についても研究が進んでいます。

低スピンレート運用、逆スピン運用ともにリスクの高い運用でしたが、将来に向け非常に重要なデータを得ることに成功しました。ミニマムサクセス、フルサクセスを着実に達成し、後期運用においてさらに挑戦的な運用が可能であったIKAROSだからこそ、このような望外の結果を得ることができたのだと思います。

(しらさわ・ようじ)