IKAROSの推進系には、新規開発された気液平衡スラスタと呼ばれるシステムを採用しました。気液平衡スラスタとは、推進薬として液化ガスを使用し、液体状態でタンクに貯蔵して推進薬自身の蒸気のみを抽出し、コールドガスとして噴射することで推力を得るスラスタです。従来の推進系としては、コールドガススラスタやホットガススラスタなどがあります。気液平衡スラスタは、高圧気蓄器を用いたコールドガススラスタに比べるとエネルギー密度効率に優れており、また燃焼器を必要とするホットガススラスタよりもシステムが簡素になることが特徴です。

気液平衡スラスタの推進薬には液化ガスであればどんなものでも使用することができますが、IKAROSでは推進薬として代替フロンの一種であるHFC-134aを採用しました。HFC-134aは無毒・不燃性であるため取り扱い性が良く、ダストブロワーやカーエアコンの冷媒など、身の回りの商品にも使用されています(ただし、温暖化係数が高いため将来的には使用が禁止される予定です)。このように取り扱い性の良い推進薬の特性は小型宇宙機に適しています。

IKAROSの推進系は、約20kgの推進剤が充塡された推進薬タンク一つと、主系(A系)4本、従系(B系)4本の計8本のスラスタから構成されています。これらのスラスタの中から目的に応じて噴射を行う組み合わせを適切に選択することによって、スピンレート調整やスピン軸の方向制御を行います(図1, 2)。

図1 推進系機能系統図

図1 推進系機能系統図

図2 スラスタ配置図

図2 スラスタ配置図

推進薬を液状で噴射してしまうと、効率が悪化して推進薬を早期に使い果たしてしまうことになるため、無重力環境下においても確実に推進薬の気液分離を行い、気体のみを噴射することが重要となります。そのためIKAROS推進薬タンク内部には発泡金属という多孔質状の金属が充塡されており、液体推進薬が保持されています。その上部にはメッシュがあり、液体と気体を分離する役目を果たしています(図3, 4)。さらに、補助的な機能として、飛び出してしまった液体を平板の表面張力を用いて捕獲するベーン(羽根)や、タンク内に温度勾配を設けて気化を促進するためのヒータを有しています。

図3 タンク内部構造と気液分離概要

図3 タンク内部構造と気液分離概要

図4 タンクに敷き詰められた発泡金属

図4 タンクに敷き詰められた発泡金属

IKAROS推進系は打上げ後、クリティカルフェーズにおける初期機能確認を行い、運用期間中にはスピンレート調整、スピン軸方向制御を継続的に行ってきました。2011年12月には液体推進薬がすべて気化したことが確認され、新規開発された本推進系の消費推進薬効率がほぼ100%であると確定させることができました(図5)。これにより運用期間中、常に気液分離が正常に行われていたことが証明されるとともに、推力の妥当性が確認されたことと合わせて、IKAROS推進系で採用した気液平衡推進系の気液分離機能が軌道上で実証されました。

図5 パルスカウント推進薬積算結果。2010年8月に推進薬の消費量が増大したのは、姿勢制御の試行錯誤のため。

図5 パルスカウント推進薬積算結果。2010年8月に推進薬の消費量が増大したのは、姿勢制御の試行錯誤のため。

(やまもと・たかゆき)