IKAROSは、機体全体をスピンさせることで姿勢安定とセイルの形状維持を実現している。セイルは180m2、厚み7.5μmという大面積・超柔軟構造物であり、このセイルを太陽に対して適時に適切な方向に向けてやることが、ソーラーセイル船にとって本質的に重要である。その一方、IKAROSはH-IIAロケット初の深宇宙相乗りミッションであり、JAXAの探査機としては異例の低コスト・短期開発が強いられた。そこで、IKAROSの姿勢系システムは、この束縛を好機と捉えて多くの工夫を採用した。例を三つ挙げよう。

第一に、気液平衡スラスタ、液晶デバイスなど新規技術の積極的な採用。特に、液晶デバイスをソーラーセイル技術へ採用した意義は非常に大きい。無燃料推進システムのソーラーセイルが、この液晶デバイスにより、無燃料姿勢制御システムとしての機能も得たことになる。まさに、オールフォトンのソーラーセイルシステムへつながる技術といえよう。

第二に、通信電波をフル活用した計測手法。実はIKAROSには、姿勢決定のためのセンサとしては太陽センサを一つしか搭載していない。通常これでは探査機が宇宙空間でどの方向を向いているかを決めるには次元が足りないのだが、IKAROSから送信される電波のドップラー計測を地上で行うことで補っている。こんなことをする理由はコスト節約のためだったのだが、ソーラーセイルの性能を計測するためには、もともと精密なドップラー計測の仕立てが不可欠だったため、このような一石二鳥の創意工夫ができたといえる。期せずして原理上の最小構成の姿勢決定システムをつくり上げたことは、副産物的ながら、技術のどんな高みにも挑むIKAROSならではの成果だ。

第三に、大面積・柔軟膜面を持つ機体を自在に操る姿勢制御ロジック。柔軟構造物は、宇宙技術では対処が最も難しいものの一つである。それは、大きな構造物の挙動を地上で実験的に確認することができないからである。IKAROSの開発でも、膜面挙動の把握のために計算技術を重視した。国内の構造・計算技術の研究者が集まり、我々の過去の多種多様な実験結果を踏まえて、膜面挙動計算技術を磨いていったのである。その成果が、IKAROSの気液平衡スラスタを使った姿勢制御ロジックに「Flexラムライン制御」という名前で盛り込まれ、液晶デバイスでセイルそのものの向きを直接制御する手法の実現につながったのである。

次に、IKAROSの誘導航法技術について紹介しよう。IKAROSは打上げから3週間後の2010年6月9日、見事セイルの完全展開に成功した。ドップラー信号を見ていた私たちがその瞬間目の当たりにしたのは、明確な"加速"であった(図1)。計測された加速度は、事前の予想通りの3.6×10-6m/s2。これほどきれいに設計通りの加速が見えると、設計当事者でも身震いがする。まさに、世界初のソーラーセイル船実現の瞬間に立ち会っていることを実感するデータであった。

図1 光圧加速が確認された瞬間の2wayドップラーデータ

図1 光圧加速が確認された瞬間の2wayドップラーデータ

その後の6ヶ月間の航行で見えてきたのは、探査機の複雑な姿勢運動であった。その原因は、セイルの細かいシワにある。セイル一面の微細なシワの凹凸で太陽光の反射の仕方が有意に変わるのである。ソーラーセイル機においては、軌道制御イコール姿勢制御である。IKAROSをできるだけ長く運用するためにも、また将来のソーラーセイル技術のためにも、できるだけ効率よく、思った方向にセイルを向ける手法を習得する必要があった。プロジェクトメンバー総出で試行錯誤すること1ヶ月、ついにシワの影響を読み、それに逆らわずうまく受け流して帆の向きを制御する手法が編み出された。その手法は、その後「Generalized Spinning Sail Model」という名で理論化されることになる。この手法で帆の向きを制御したところ、当初約半年分として搭載していた姿勢制御燃料を3倍以上長持ちさせることができた。また、姿勢運動からセイルのシワの状態を逆推定する手法も編み出され(図2)、ここに、ソーラーセイルの材料・構造・姿勢制御・航法誘導システムを統合した体系が、IKAROSを通じて出来上がったのである。まさに工学実証ミッション冥利に尽きる作業であった。

図2 IKAROSの姿勢挙動データからセイル形状を推定した結果と実画像の比較

図2 IKAROSの姿勢挙動データからセイル形状を推定した結果と実画像の比較

IKAROSは、2010年12月8日に金星をフライバイした。ソーラーセイルによる軌道制御の結果、同じロケットで打ち上がった「あかつき」とは反対側の、金星の夜側、距離8万kmの点を通過させることができた。その後も、1年当たり130m/sの光圧加速をし続けている(図3)。太陽と帆がある限り、IKAROSの加速は続く。行き着く限り、光圧加速の記録を更新し続けてほしいものだ。

図3 IKAROSの太陽光圧加速実績と金星フライバイ時の画像

図3 IKAROSの太陽光圧加速実績と金星フライバイ時の画像

(つだ・ゆういち)